第2話 ガーディアン
ランス王国、王都スピア。
聖樹から湧き出る清流がサラサラと水路を巡り、小川のせせらぎにも似た音色が近くを通る人々に安らぎを与える。水路を覗くと、底にキラキラとした光が見える事から小魚もいる様だ。
その水路を巡る清流は人々だけではなく、街を彩る植物にも恩恵を与える。水路脇の植え込みには四季を彩る花々が咲き誇っている。
その様な手入れの行き届いた緑と、水が奏でる音色が美しい王都の中心地区に王立ガーディアン学園は建てられている。その園舎を見ると、森林の国に相応しく緑に覆われている。水路を流れる清流で反射された日差しが当たると、まるでエメラルドを散りばめた様にも見える事から、通称エメラルドガーデンとも呼ばれる。
「おはようございます、ダニーさん!」
「おお、おはよう、レイ。今日からか?」
「はい! お世話になります!」
一陣の風が街路樹を揺らし、レイの銀色に輝くショートヘアを優しく靡かせる。少し冷たい春の風も、ここまで走って来たレイの火照った体には心地よく感じられる。
汗が引いた所で、学園の正門の守衛ダニーへと礼儀正しく挨拶をするレイ。その顔は、これからの希望に満ち溢れている。挨拶を返すダニーの表情も、自然と笑顔だ。その優しい眼差しも子供を見守る親の様である。
それと言うのも、このダニーという守衛。実は、レイの父親であるアデルの親友でもある。なので、レイの事は幼い頃より知っている。優しく見守る眼差しも頷けるというものだ。
歳はアデルと同じで四十三歳。髪の毛が薄くなった事もあるが、その見た目が犯罪者もかくやという顔付きのせいで、未だに独身である。ガーディアンランクはBランク。一人で五百人の兵士と同等の
ちなみにだが、ガーディアンランクは冒険者ランクとは違う。どちらも実力主義ではあるのだが、ガーディアンの方が戦いに関してはより専門家だ。故に『
一方の冒険者はと言うと、実力も必要だが、高ランクに上がる為にはダンジョンの踏破や、遺跡の発掘調査の完遂、それに希少なマジックアイテムなどを納める必要がある。つまり、運の要素も絡んでくるのだ。
だがそれによって一攫千金も狙える為、ガーディアンよりも冒険者の方が若者には人気がある。こちらもガーディアンと同様、専門組織が存在している。冒険者協同組合という組織だ。
その組織は、登録している冒険者に仕事の斡旋や仲介などを取り仕切り、ランク分けも行っている。俗に言う、”冒険者ギルド”がこれに当たる。
話が逸れたが、冒険者は少しの力と運さえ良ければ誰にでもなれるが、ガーディアンは実力が無ければなる事は出来ない。
それなのに何故レイが入学出来たのかと言うと、園長も務めている父親のアデルのランクがSランクという最高ランクだという事と、母親のレイラが元Aランクだからである。その二人の血を引いているのだから、将来性は抜群。それを考慮された上で入学試験を免除されたのだ。
「怪我には気を付けろよ!」
「分かってますって、ダニーさん! 頑張って来まーす!」
ダニーと別れ正門を潜ると、新入生であるレイは、まずは教室へと向かう。それと言うのも、説明を聞く為だ。そこでは、学園のルールや、ガーディアンの心構えなどが説明される。
意気揚々と園舎へと向かうレイだが、教室は全部で三つしか無いので迷うことも無い。鼻歌まじりでも辿り着ける。実際にそんな事をする者はいないが、レイの気分はご機嫌だ。鼻歌も歌いたくなる。
園舎へ入り、気分良く教室へ向かって廊下を歩いていると、ふと中庭が目に入った。採光の為大きな窓となっているから、気にしなくても自然と目に入る。
その中庭を見てみると……そこでは既に訓練をしている者達が居た。学園の中庭に居るという事は、ガーディアン候補生達だろう。
ガーディアン候補生達は、それぞれの得意とする武器や、魔法を唱える触媒ともなる杖を持ち、一心不乱に”型”の動きをしたり、標的となる人型へと向かって魔法を放っている。中には模擬戦を行っている者もいる様だ。互いに向かい合い、剣を構えて牽制し合っている。
その候補生達の様子にレイが見惚れていると、その中の一人がレイに気付いて手を振って来た。その人物は軽鎧に身を包んだ剣士に見えるが、どうやら女性だ。胸の膨らみがある軽鎧の形状から、その事が確認出来る。
「お〜い! レーイっ! 今日から入学なんだね!」
「あっ! メグ!? やっぱりメグだったんだ! やっほぉーっ! あたしも今日からお世話になりに来たよ〜!」
メグと呼ばれた剣士は、軽鎧をガチャガチャと鳴らしながら走って園舎へと入り、レイの元へとやって来た。その際、剣は腰に帯びた鞘へと仕舞っている。園舎に入るのだ。戦う訳でもないので仕舞うのは当然だろう。……もっとも、何者かの襲撃などがあるならば、その時は例外として認められるが。
ともあれ、軽く肩で息をしながらメグは、レイを満面の笑みで抱き締める。仄かに香る汗の匂いが、レイの鼻腔をくすぐる。懐かしい匂いだ。
久しぶりのメグとの再開。柔らかい黒のレザーコートのレイには、軽鎧がくい込んで少し痛みを感じる。それでも、痛みより喜びの方が勝った。嬉しそうなレイの表情を見るとそれが分かる。
レイを
「ご、ごめん……! 嬉しくて鎧着てる事忘れてた……」
「ううん、大丈夫! しっかし、久しぶりだよね。一年ぶり? もう立派なガーディアンじゃない!」
「私なんて、まだまだだよ! 一年掛けて、ようやくFランクだよ? まだ十兵力の力しかないもん」
レイとメグとは幼なじみである。家が近所である事から、良く家庭ごっこをして遊んでいた。それが十歳を超えた頃からレイの父親のアデルの影響を受け、ガーディアンごっこに変わる。その頃から二人は将来について漠然と考える様になり、一年ほど前に一つ年上であるメグが夢を叶える為にガーディアン学園に入学を果たした。その際、アデルの口添えがあった事は言うまでもない。
それはともかく……メグの言う兵力とは、ガーディアンの実力を表す単位である。多少個人差はあるが、各ランクのだいたいの実力は以下の通りである。
・Fランク:一〇兵力
・Eランク:五〇兵力
・Dランク:一〇〇兵力
・Cランク:二五〇兵力
・Bランク:五〇〇兵力
・Aランク:一〇〇〇兵力
・Sランク:一〇〇〇〇兵力
・兵力=兵士一人分
つまり、メグは一見すると華奢な少女に見えるが、兵士十人に匹敵する強さを持っている事になる。どこにそんな力があるのかと思うだろうが、それがガーディアンだ。強くなければ、魔物から人々や街を護る事など到底出来ない。
以下に、メグのステータスを参考の為に記しておく。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
メグ・ベスワ(女性)十六歳
種族:【人間】
HP:89
MP:56
力:35(+10)
知:25
魔:18
防:37(+10)
運:15
スキル:コードNo.1『フレイムソード』
特殊装備:ガーディアンの証 力と防御を僅かに上昇させる
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
以上がメグのステータスであるが、一般兵士のHPやMPを除いた数値の平均値が5程度しかない事を考えると、恐ろしく強い事が分かる筈だ。それでもガーディアンとしては駆け出しである。
「そんな事無いよ、メグ! さっき見てたけど、剣が燃えて、切って、ぶわぁ〜ってなって……とにかく凄いじゃない!」
「レイだってすぐに出来るようになるよ? コードを教えてくれるから」
「コード……?」
「そ! コード! 授業で教えてくれるコードをステータスに書き込むの。そしたらすぐに使えるんだから! ……使いこなすには訓練が必要だけどね」
コードという聞き慣れない言葉にレイは首を傾げるが、それを含めて授業で教えてくれるだろうと納得した。
「……何一人でうんうん頷いてるの? そんな事よりレイ。早くしないと遅れるよ? 初日から遅刻じゃ、園長でもあるお父さんに笑われるよ?」
「あっ! ごめん、ありがと、教えてくれて! それじゃ、あたし行くね!」
「うん、レイも頑張ってね!」
メグに教えてくれた事を感謝しつつ、教室へと少し急ぐ。一度振り返るとメグが手を振っていたので、軽く手を振り返す。しかし急がないと本当に遅刻するので、更に歩く速度を上げる。父親のコネで入学出来たのに、初日から遅刻してる様じゃアデルの顔に泥を塗る事になる。それはレイとしても避けたい。
ともあれ、遅刻する事なくレイは教室へ入る。教室の入口は扉が無く、とても開放的な造りをしていた。開けてある窓から、爽やかな春の香りが室内を吹き抜ける。
(あたしが最後かな? 新入生がみんな揃ってるみたいだし、こういうのは最初が肝心よね……!)
「は、初めまして! あたしはレイ。『レイ・シーン』って言います! よろしくお願いします!」
教室の入口の所で元気良く自己紹介をしたレイだが、他の新入生の反応は冷たい。いや、冷たく見えるのだろう。何故ならば、既に講師がそこには居たからだ。時間には間に合ったが、気分的には遅刻だ。
「君で最後だ。早く席に着けっ!」
「は、はい……!」
(メグに会えたのは嬉しいけど、これじゃ遅刻したみたい……。恥ずかしいよ〜!)
首まで赤くしながら空いてる席へと向かう。みんなの視線が少し痛く感じた。
そそくさと空いてる席へと向かうが、空いてた席は一番後ろ。小さな体をより小さくしながら席まで歩く。
レイが席に着いた所で、講師からの挨拶と説明が始まった。
「えー。俺が君らを見ることになった『ベイル』だ! よろしくな? それで、ここに居る二十名が今年のガーディアン候補生となるが、全員揃って進級出来るように頑張りたまえ! あーそれと、この教室はほとんど使わん。使うのはスキルコードを教える時だけだ。それ以外は中庭の訓練場及び、王都外での実戦だから覚悟しとけよ? 後は、そうだな……コードの書き込み方を教えとくか。それが分からんとスキルも使えんからな」
ベイルと名乗った講師は淡々と説明する。
そのベイルだが、歳は二十八歳。独身。長身から細く見られるが、しっかりとした筋肉がある。顔付きは中性的で、女性からはモテそうだ。ランクはDランク。百兵力の実力の持ち主だ。講師としても頼りがいがある。
そのベイルの説明の中で幾つか重要な事があったが、レイは右から左へと聞き流していた。未だに恥ずかしがっていたのである。もっとも、他の候補生は既にレイからベイルの説明の方に集中しているから、頭にはレイの事など既に無い。
「――と、言う訳で、コードの書き込み方を教える。まずは、それぞれステータスを開いてみろ。そしたら、『アクセス』と魔力を込めて唱えるんだ。それでコードを書き込む準備はオッケーだ。次にコードを書き込む訳だが……既にステータスにスキル名とコードがある奴は居るか?」
レイが気付かぬ間にいつの間にかスキルの説明が始まっていたが、何とかレイは立ち直った。いつまでも恥ずかしがっていたら、立派なガーディアンにはなれない。色々覚悟はした筈だ。
ともあれ、改めて周りを見てみると、他の候補生達はステータスを開いている所だった。慌ててレイもステータスを開いて、『アクセス』と唱える。すると、それと同時に頭の中に無機質な声が響いた。
――『アクセス』ヲ確認シマシタ。条件ヲ満タシタノデ、一段階目ヲ解放シマス――
(な、何!? 何なの……今の声? えっ!? 何これ!)
声は直ぐに聞こえなくなったが、ステータス値が上昇すると共に、今までに無かった筈のスキルがそこには映し出されていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
レイ・シーン(女性)十五歳
種族:【???】
HP:12+54→66
MP:5+61→66
力:1+5→6
知:1+5→6
魔:1+5→6
防:1+5→6
運:1
スキル:コードNo.66『召喚』new
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
(……召喚? 召喚ってなんだろ……? ステータス値も上がってるし、何なんだろ、いったい……。でも、聞いてみれば分かるよね)
「ベイルさん、質問です。ん? ベイル先生、質問です! ……ベイル教諭、しつも――」
「ベイルさん、でいい! ……で、なんだ?」
「これ……あたしのステータスに今まで無かったスキルが出てたんですけど、召喚って何ですか?」
「召喚……だと!?」
ベイルは目を見開いて驚く。召喚などと言うレアスキル持ちが、まさか新入生に居るとは思わなかったからだ。ベイルの言葉に、他の候補生もざわめき出す。全員の表情は、明らかに信じられないといった顔だ。
しかし、それには訳がある。レアスキルと言えば聞こえは良いが、実際に召喚のスキルは嫌われるからだ。何故ならば、それは魔物を使役する事に起因する。
そもそもガーディアンとは、魔物から街や人々を守る為に魔物を専門に討伐する者達だ。それ故、討伐対象である魔物を使役する事など到底考えられない。冒険者として活動するのであれば、決してその限りではないが。
ともあれ、レイは召喚スキル持ち。その事に対してベイルを初め、他の候補生達は嫌悪の眼差しをレイに向けるのだった……
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