18.人デナシ

「…うっ…」

「おい、大丈夫か?」

「……ああ…」


無我夢中でアレスを助けに向かったユリアだったが、ヴァイスに撃たれていた腕の傷が痛むらしい。それに気付いたアレスは心配そうな顔をし、あたふたと俺とユリアを交互に見つめている。


「アレスも心配だってよ」

「アレス…大丈夫だ、私は…私もレオンも、普通の人間よりは丈夫なんだ」


どこか悲しげに語るユリアに、俺は自分の手を見つめる。

…普通の人間よりは丈夫…。確かにそうだろうが、それはどこまでなのか。兄貴が殺された以上、俺達も不死身では無いだろう。


実際ユリアは腕を撃たれてもこうして急いで歩けているし(痛そうだが)、アレスを助けた時に一人で売人を何人か殺したらしい。


「キャアアア!!」


どこかから悲鳴が聞こえた。俺達は思わず足を止めると、辺りを見回す。


血を流す者、殴られる者、殺される者、子供を庇う母親、泣き喚いて一人歩いている子供、死してなお金品を奪われ暴行される者、死体。


ユリアはアレスの目を手で覆った。だがアレスはカタカタと震え、泣いている。


「…すまない」


早くこの街を出よう。

俺とユリアは顔を見合わせ、互いに頷いた。


しばらく歩くと、ユリアが驚いた顔をして再び立ち止まる。その視線の先を追うと、そこには数人の少年達の死体が転がっていた。


「…!」


アレスも固まる。俺は少年達の死体を見つめながら、二人に問う。

「…知り合いか?」

「……アレスが売られた店で、アレスと同じように捕まっていた少年達だ。…逃げるのに失敗したのか」


よく見ると、少年達の側にはバッグがいくつか転がっていた。そこから数枚の硬貨がちらほら顔を覗かせたりバッグから出ていたりして、彼らが金品を強奪された末に殺された事を想像させた。


「…店の受付に置かれていたバッグだ。店から逃げる時に金を持ち出したのかもしれない」

「…み…ん…な…」


アレスが少年達の側にしゃがみ込み、少年の一人の手を握る。ぼろぼろと涙を流しながら助けを求めるように俺とユリアを見るが、俺は首を振った。


「こいつらはもう助からない。みんな死んでる。…アレス、ユリア、早く逃げるぞ」


ユリアはアレスの手を引いて立ち上がらせ、アレスもしぶしぶ少年の手を離した。


逃げるとはいえ、とりあえずアルセーヌの街を出ようというだけなのだが。

アルセーヌは広い、今はひとまず隣町に逃げるだけでも充分なはずだ。…ずっとはいられないが。



「…あ」


もう少しでアルセーヌを出られる。

そんな街角を曲がると、俺は目を疑った。


本日何度目か、また立ち止まり。ユリアもアレスの手を握ったまま立ち止まったため、アレスも驚いて固まっている。


そこにはいるはずの無い人がいた。



「…兄貴………?」



ギル・シャーロット、兄貴その人がこちらに歩いて来る。

実は生きていたのか?もしかして、オスカー達は兄貴に関しても嘘をついていた…?


でも嘘をつくメリットが分からない。

考え込んで動けずにいると、ユリアがアレスを俺の背後に立ち止まらせ、兄貴めがけて走り出した。


「兄貴!!」

「…!待てユリア、罠かも…」


二発の発砲音。


一発はユリアの頭に直撃し、もう一発は俺の胸に当たった。


撃ったのは…両手に拳銃を持った兄貴だった。


「ユリア!!!」


アレスが腰を抜かしている。ユリアは地面に倒れたまま動かなくなり、…死んだらしい事は一目で分かった。


「…おい…兄貴…」


這いずりながら兄貴を睨む。俺も殺そうとしたようだが、急所を外れていたらしい。


兄貴は無表情で、再び俺に銃口を向けた。その時、俺はよろつきつつも立ち上がり、しゃがみ込み呆然とするアレスの手を引っ張った。


「立て!逃げるぞ!」

「…ユ…リ…」

「ユリアはもう死んだ!諦めろ!」

「や…や…だ…うわあああああん!!」


糸が切れたようにアレスは泣き出した。

兄貴が近づいて来る。確実に俺を、殺すために。


兄貴の背後にはいつの間にか、リナがこちらを睨んで立っていた。


ああ…やっぱりか。

あれは兄貴じゃない。



人デナシだ。



泣いているアレスと共に走り出す。…俺の頬にも涙が伝っていた。



最後に聞こえた発砲音。その銃弾は、誰を貫いたのだろうか。







一年後


「……ここが…ユーティス牢獄跡地…」


もっと廃墟なイメージだったんだけど…。


世界最悪の牢獄なんて、跡地とはいえこんな場所に来て私は…何かを見つけられるのだろうか。



「ユーティス牢獄囚人解放事件」。

ユーティス牢獄の看守が起こしたとされる、アルセーヌの街を壊滅的なまでに追い込んだ事件。


私は隣町に住んでいたから、被害は特に受けなかった。

ただ…私の姉は、事件を起こした看守に殺されたらしい。


姉リナは、このユーティス牢獄を管理する役目を担っていた政府の人だ。

姉の部下の人曰く、看守に恨みを買っていた可能性がある…との事だった。


一年経った今もまだアルセーヌの街は完全には復興していない。

ユーティス牢獄は丘の上にある。ここから眺めた街は、やっぱりまだ不完全だ。


「…やっぱり怖いなぁ…」


姉は政府の仕事が忙しく、大学生の私はなかなか会う事は難しかった。

そんな姉の死。ユーティス牢獄は囚人解放事件以来しばらく経ってから放置されているらしく、私は少しでも姉のことを知りたくて…こうしてやって来た。


姉は研究に没頭してばかりで、家族なんて二の次で。

私はそんな姉に構われないのが、昔から寂しかった。


政府の側にあった姉の家には、人造人間とか何とか…目を疑うような書類や本ばかりで。

私は今更姉を理解するため、大学に通いながら政府にも通ったり姉の家で読書をして入り浸ったり、そんな事を繰り返しているうちに…私を見かねた政府の姉亡き後に姉が在籍していた役職に就いた人が、興味深い話を教えてくれた。本当は家族でも秘密なんだけど、と前置きをして。


『ユーティス牢獄、分かるだろ、囚人解放事件の。あれに実はリナさん、深い関わりがあるんだ』


本当に秘密だったらしく、私がそれを聞いたのは昨日の事。

ユーティス牢獄が姉の仕事に関係がある事は知っていたけど、私が知る以上に深い関わりがあるという。


家に政府の機密情報を保管するのは情報漏洩の恐れがあるため禁止されている、らしい。

更に家族にも開示出来ない情報が政府にあるから、私が知られる範囲は限られていたのだ。


…正直怖くてユーティス牢獄は避けていた。

そこまで姉さんと関わりがあるとも考えて無かったし。


「…すいませーん…なんて…誰もいないか…」


何だか恥ずかしくなって苦笑いする。

ここは世間からは恐れられ、近寄る人はまずいない。

いくら遊び盛りの子供でも、好奇心旺盛な大人でも、近寄らないだろう。



「何だお前は」



ビクッ、と心臓が跳ね上がる。

ユーティス牢獄の入口らしき場所に立っていた私は、中から声がして思わず固まった。

男性の声…みたい。



「…え、あの、誰かい…」



勢いよく扉が開かれ、私はユーティス牢獄の中に引きずり込まれた。




これが私、ルカとレオンの、最初の出会い。






「人デナシ-ルカ-」に続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

人デナシ 楪(ゆずりは) @vay3

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ