17.囚人解放事件

アレスを連れて帰って来たユリアは、アレスを自分の部屋で待たせると俺の元へ戻って来た。


「政府の奴らには連絡は行ってないみたいだな」

「ああ…。もしかしたらあいつら、政府にまだ連絡して無かったのかもな」


変に甘い奴らだ。だがいずれ全て暴かれる、じっとしているのは自殺行為。


「日替わりの監視員がみんな帰った後だったのは運が良かったな。…さて、よっこらしょっ」


俺は牢獄内に響くようにスピーカーを設定し、マイクに向かう。


「聞け、囚人諸君。ユーティス牢獄は今日で終わりだ。今からお前達全員を解放してやる。ああ、俺とユリアには歯向かっても無駄だぞ。黙って出てけ。そうじゃない奴はみんな殺す」


放送室にいるから分からないが、今頃囚人達はざわついているだろう。ユリアは腕を組んでぼーっと立っている。

「言っとくがこれは罠とかじゃ無いからな。俺達は政府に恨みがある。これは政府への復讐なんだ。…それでも信じられない奴は別に逃げなくても良い。だが牢は全て解放する」


スピーカーを切ると、俺とユリアは二人で牢を回り鍵を開けて行った。やはり歯向かって来る囚人も何人かいたが、俺達は迷わず斬り捨て、撃ち殺した。

そうしているうちに、俺達に反抗する奴らはいなくなっていった。


「…なぁ、レオン…どうしたんだよ」

エドワードは牢を開けても呆然と突っ立ったまま、俺を不思議そうに見つめた。

「放送の通りだよ」

「急すぎるだろ!まさかさっきの人造人間云々は…」

「お前がまだ囚人でいたいなら、好きにしろ。さよならだ」

「というか、お前ら二人だけか?後三人はいただろ?」


質問を続けるエドワードに、ユリアが剣の切っ先を突きつけた。


「うるさい。死にたきゃ殺してやる」

「…はぁ〜。何なんだよお前ら。変な奴らだな。…まぁ良い、じゃあな。お言葉に甘えて自由にならせて貰うよ!」


エドワードは開け放たれたユーティス牢獄の出口へと駆けて行く。他の囚人達も次々と出て行き、最後の牢を開け終わった後。

俺とユリアはアレスを牢獄から連れ出し、丘の上からアルセーヌの街を見下ろした。


さすが世界最悪の囚人達だ。火事になっているのか赤く燃える建物、どこからか聞こえる爆発音、夜なのに明るく賑やかな街になっていた。


「……ぼ…く…た…ち…。…ど……こ…い…く…の……」


アレスが涙目になりながらユリアの腕にしがみつく。ユリアはアレスを抱きしめながら、「ごめんな」と小さく語りかけた。


「混乱に乗じて逃げる。生き延びるためだ。もう二度と、あいつらに見つからないために」

「…お…ね…ちゃ…ん……た…ち…は……?」


俺とユリアは黙り込んだ。やがてユリアが口を開こうとしたところで、俺がアレスの肩を掴む。


「!」

「ヴァイスは…オスカーとリックも、ちゃんと逃げた。お前を俺とユリアに託して、逃げた。…時間が、余裕が…無かったんだ」


かなり苦しい言い訳だが、仕方ない。…真実を伝えれば、アレスは一人になってしまうかもしれない。

ならもう一生隠し通す。アレスのため…と、ユリアのためだ。


「……あ…え…な……い…?」

「……ああ」


ユリアが悲しそうに俯いた。こいつは優しいから、あいつらの事は許せなくても責任は感じているんだろう。


悪いのは俺だ。人でなしは俺だ。

罪悪感は…少しはあるが、今は何より怒りが強い。

だから俺はせめて、こいつらを守りたい。俺の命にかえても。


「アレス、怖くないよ。私達がお前を守る。…行くぞレオン」


ユリアはアレスの手を握り、もう片方の手で鞘に手を掛けた。


「…ああ。行くか」


さらばだユーティス牢獄。もう二度と戻らない。


もう俺達は看守じゃない。




「ユーティス牢獄に収容されていた囚人達が…アルセーヌの街にいるですって!?」


信じられない。何かがあった。

オスカーとは電話が切れてしまったきり連絡がつかず、ヴァイスやリックとも連絡が通じない。恐らく今牢獄には誰もいないか…拘束、殺害、何かの理由で電話に出られないのか。


「オスカー達が裏切ったの…?まさか、リミッターがあるしレオンとユリアが何かしたとは…」

「リナさん!街の防犯カメラに…シャーロットのレオンとユリア…それから…ヴァイスらしき人物が!」


部下から渡されたモニターを覗き込むと、そこには…レオンとユリア、それからヴァイスに良く似た少女が映っていた。


「これは…ヴァイスじゃないわ。きっと彼女の弟のアレスね。でも何故この三人が…!?」


三人はコソコソと急ぎ足で、まるで逃げているようだ。どうして外に…囚人達を捕まえようとしているようには見えないし、アレスは何故一緒に?どうして…?


「…真実を知られた…のかしら…」




『オスカー、ギルが進化したのよ。このままではレオンとユリアもいつ進化するか…』


ユーティス牢獄の庭で、オスカーと話した記憶が蘇る。


『仮に進化したら…どうするんですか』

『決まってるじゃない、手がつけられなくなったら処分よ』


オスカーは顔を真っ青にして、珍しく私に反論した。


『…リナさん!もう止めましょう、彼らに罪は無い…もうこんな、…作り物だとか…止めて…あいつらは!人間だ…!』

『貴方何言ってるの?』


観察対象に情が湧いたか。

甘ちゃんなリック、観察対象に恋するヴァイス。

この子達…何なのよ…!


『もう何年この生活をしてるの?』

『だから!もう』

『オスカー、私は貴方の切り刻まれた顔を再建してあげたわね』


オスカーは何かを言いたそうにしていたが、私の言葉にピタリと固まった。

『また切り刻んで元の顔に戻る?』


もちろん脅しだ。でも…返って来たのは予想外の返答だった。


『…こんな事になるなら…俺の顔なんか…好きにしろ…!』


カッとなった私は声を荒げていた。


『オスカー!しっかりしなさい!ただでさえ今は危ないのよ!ギルの件で…もう!馬鹿!』


『リナさんっ…!兄貴の件ならオスカーを責めないで下さい!』


声に驚いて振り向くと、レオンがこちらに近寄って来ていた。思わず冷や汗が出る。


『あっ…勘違いだったらすみません。でも、オスカーの顔色が悪いもんで気になって…』


…何、こいつ。

気が利くのね。人間じみてるわ。


気持ち悪い。


『違うわよ、オスカーが珍しく書類を間違って作っていたから注意していたの。でも言いすぎたかしら…長々とごめんね、オスカー』


作り笑顔で微笑む。オスカーはハッとしてレオンに話しかけた。


『レオン、心配しすぎだ。大丈夫だよ、俺が悪かったんだ』


レオンは納得したのか、安心したように苦笑いをした。

『俺こそ、早とちりして悪かった。リナさんもすみません』

『いいえ、良いのよ。じゃあ、頑張ってね副所長さん。今政府もギルの捜索に全力を尽くしているわ。早く良い知らせを届けられるようにしないとね』


自分で言いながら反吐が出る。

私は去り際にオスカーに目配せをした。


『余計な事は考えないのよ』


オスカーは辛そうに目を逸らす。私は二人に背を向けながら舌打ちをした。




「…そうだわ、策がある」


私は部下に指示を出す。そう、まだ手遅れじゃない。


囚人達が解放されるなんて緊急事態だ。最悪の場合として考えられていた、シャーロット兄妹に真実を知られたと考えて良い。


更に、レオンとユリアがいて…オスカー達がいないなら。

あいつらが「進化」したとして…


「…一応この目で確かめるべきね」


「リナさん!用意出来ました!」


銃を携帯し、アルセーヌへ向かう。


「さぁ、あなたも一緒に行くのよ」


レオン、ユリア、さようなら。



もうお前達に用は無い。

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