16.アルセーヌの牢獄

『アルセーヌ…ユーゴ区十六番地の…黒い建物…アレスは…そこよ』


ヴァイスが最期に言った情報を頼りに、私は暗くなったアルセーヌの街を駆けていた。

オスカー達に私とレオンが拘束されたのは夕方頃…あれからどれだけ時間が経ったか分からないが、街の家々には明かりが灯り、外出している者は少ないようだ。夕飯時だろうか。


ユーゴ区十六番地に着き、黒い建物を探す。

小型のライトで辺りを照らし、薄暗い道を歩いて進んで行く。かなり焦っていたらしく、私の額には汗が滲んでいた。


「…これか?」


ユーゴ区は狭いが、それでも十六番地という情報が無ければ探すのに苦労しただろう。

形は民家だが、民家では不自然なくらい闇に溶け込む建物を見つけた。


扉に近寄り、耳を澄ます。中からは男の声がする。売人か…二人はいるようだ。


今の私に男二人くらいどうって事は無い。

私は扉を蹴破り、剣を抜いた。


「ひっ!?け…剣?」

「女!?お嬢ちゃん何者だぁ?」


怯える男と挑発的な男。怯える男は私の突き出した剣を不思議そうに見ている。

銃も持って来たが、正直私は銃より剣の方が扱いやすいのだ。レオンやあいつらには驚かれたが。


「ここにアルビノの少年がいるはずだ。渡せ」

「はぁ?知らねぇよそんな奴」

「いるはずだ。髪の長い、赤い目をした少年が」

「いねぇよ!警察呼ぶぞ!?」


部屋を見回す。ここは受付か?男達の背後に扉が見える。まずはあそこに行くしかないか。


「探すからもう良い、どけ」

恐らくしらばっくれているであろう男を斬り殺す。血が辺りに広がり、隣にいた怯えきった男にもシャワーのように降りかかった。


「うわああああっ!!お前ら、逃げ」


うるさく喚くこの男も胸を貫いた。そのまま体を蹴り、剣を抜く。男は血の海に横たわり動かなくなった。


男の叫びを聞いてか、扉の向こうから何人かが駆けて来る足音が聞こえる。構わず勢いよく扉を蹴破り、近くにアレスがいない事を確認すると…私は再び剣を振るった。




「アレス!!」


建物の奥へ進んで行くと、皮肉にもユーティス牢獄の牢のように、柵の代わりに扉が廊下の両端に設置された場所に辿り着いた。


やはり鍵がかかっていたため、何度目かの扉を蹴破り部屋に入る。最初の部屋にはまだ幼い少年が、驚いたのか体をビクッと震わせてこちらを見つめた。


「お姉ちゃん…誰?血まみれだよ…!?」

「…ここに売られた…友達を、助けに来た。これは…売人と戦っていたからな」

「おじさん達を倒して扉を壊しちゃうなんて…強いんだね」

「ここは何なんだ」


少年に近づくと、彼は鎖で繋がれていた。どう考えても好きでこんな場所にいるはずはないと、鎖を切ってやる。


「ありがとう…!ここは…親に売られた子や、孤児が拾われて…売られるところだよ。男の子ばっかりだけど」


少年の体には痣がある。目の下にはクマもあり、酷い扱いを受けて来たのが一目で分かった。

「嫌な場所だ。ここに白く長い髪に赤い目の…お前より少し年上くらいの少年がいるはずなんだが」


少年は廊下に顔を出しキョロキョロすると、私が入って来た方向の先を指差した。


「アルビノ、って呼ばれてた子なら奥にいると思う。珍しい容姿の子とか、特別な子は奥にいるんだ。…お姉ちゃん、お願いがあるんだけど…他の子もみんな鎖で繋がれてると思うから、それだけでも僕にしてくれたみたいに壊してあげて欲しいんだ」


少年に言われた通り、一部屋ずつ扉を壊して入り、中にいた少年達の鎖を切って回った。


中にはもうほとんど動けない少年もいて、いかにここが残酷なのか思い知らされていた。

罪の無い少年達が何故、牢獄のような場所に閉じ込められなければいけないのか。怒りを覚えながら、奥へ進んで行く。


最後に部屋を一つ残し、これまでアレスが見つからなかった事を考えればここにいるはずだ。

もし、ヴァイスが嘘をついていたとしたら…またふりだしに戻る…か。


残った部屋の扉を壊すと、部屋の隅にうずくまる者がいた。白い長髪、白い手足、扉を壊した音に驚きバッと上げたその顔は、間違いなくアレスだった。


「アレス!!!」

「…ユ、リ…」


私を見るなりぶわっと涙を溢れさせ、私が鎖を切ろうと近寄ると勢いよく抱きついてきた。


「アレス…」

「お…ねえ、ちゃ…が…。ぼ…く…と、お…ねえ…ちゃ…と、ユ…リ…ア…で、…お…で…か…け…って…こ…こ…に」


ヴァイスはアレスを騙してここに連れて来たのか。怒りに手が震えた。

アレスはぼろぼろと泣きながら、私に力いっぱい抱きついている。


「うぇ…ユ…リ…ア…」

「…アレス、怖かったな。もう大丈夫だ、私はお前を助けに来たんだ」

「…うわあああああん!!!」


アレスは泣き叫んだ。何事かと先程助けた少年達がこちらを見ている。私はアレスの鎖を切りながら、少年達に声を掛けた。


「お前ら、余裕があるなら逃げ…」


いや、待てよ、

私はこれからアレスをユーティス牢獄まで連れて行く。それはユーティス牢獄のある丘の下の、アルセーヌの街に囚人達を逃がすから。


でもそうしたら、ここにいる他の少年達はどうなる?


「……」

「…お姉ちゃん?」


一番最初に助けた少年が、心配そうに私を見つめている。私は口をつぐんだ。


さすがにここにいる十数人の少年達を守れるほどの余裕は…私には無い。恐らく、レオンにも。

だが、あの政府にこいつらが保護されるのも考えたくはない。


「…悪い。私にはお前達全員を助ける事は…出来ない」

血まみれになった上着を脱ぎ捨てながら、アレスの手を握って立ち上がる。少年達は悲しげな顔をしたが、一番最初に助けた少年は頷いた。


「うん、ありがとう。大丈夫だよ、お姉ちゃんが助けてくれたから。僕達頑張れるよ」


その声は震えている。

アレスの手を引いて歩きながら、私はこの少年に誰かの面影を重ねていたらしい。


「…リック」

「え?」

「…いや…何でも無い」


何故リックを思い出したか分からない。

ふと、アレスの手を握る自分の手が…血で真っ赤に染まっているのに気づいた私は、ハンカチでアレスと自分の手を拭いた。


「さ、行こうアレス。…私とレオンしか、お前の仲間はいないが…」

「…?」


「お姉ちゃんは?他の二人は?」


アレスは不安そうに首を傾げただけだったが、そんな問いかけが聞こえた気がした。


「…とにかく今は着いて来てくれ。…ユーティス牢獄は人手不足なんだ」


人ならざる作り物を永遠に働かせなきゃいけないくらいのな。




今思えば、ユーティス牢獄は世界最悪の牢獄であるはずなのに。

俺は新聞でも他の情報誌なんかでも、ユーティス牢獄を目にした事は無い。


いくら牢獄とはいえ、「世界最悪」なんて付いてるくらいなら少しは世間の話題になってもおかしくは無いはずだ。


リミッターが外れたせいか、今まで「都合良く考えられていた」であろう事が、次々と疑問として湧き上がって来る。


そもそも囚人達は俺達の事を分かっていたのか?


「…なぁエドワード、俺が人造人間である事を知ってたか?」


エドワードはきょとんとし、周りの囚人もざわついた。しばらくすると、エドワードは笑い出す。

「あっはははは!!何だよレオン、人造人間?何かの漫画か?」

「…お前らはどう思う?」


他の囚人達を見回すと、奴らも冗談と受け取ったようでゲラゲラ笑っている。


「なんってぇ変わった冗談だ!」

「何かに影響受けたんだろ!」

「何だそれ、看守達の間で流行ってんのか?!」


…そういえば、囚人達にはリミッターが効かないらしかったな。まぁ効けば仕事にならないが。

反応からして知らなそうだし、仮に知っていたとしたら俺に反抗しては来ない気がする。


「俺はウケないなぁ、俺達三兄妹以外の看守の間では流行ってたらしいんだよ」

「へぇ!俺は好きだぜその冗談!ハハハ!っていうかお前もウケないとか言いながら笑ってんじゃねぇか!」


エドワードに指摘され、自分の頬を触る。なるほど、確かに俺は…無意識に笑っていた。

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