15.牢獄らしく、溢れる罪

「そう…私はやっぱりアレスには敵わない…のね…」



『殺してないわ。男娼として売ったの』



ヴァイスはユリアの怒りを買い、頭を強く殴られて床に倒れ込んだ。

ヴァイスもユリアに銃弾を放ったが、それはユリアの長髪の先端をを多少吹き飛ばしてしまう程度だった。ヴァイスが狙いを外したのか、あるいは狙えなかったのか…ユリアが避けたのか、それは分からない。


ユリアは倒れたヴァイスの胸ぐらを掴み、意識が薄れ始めたらしき奴から銃を奪い、こめかみに突きつけながら口を開く。


「アレスはどこにいる」

「…言うと思う…?」


ヴァイスの腕に銃弾が放たれた。もちろん抵抗する力も無いヴァイスは微かに呻いて腕を押さえている。


「次は足だ。言え、アレスはどこだ」


ああなるほど、仕返しのつもりか。

ヴァイスは不敵に笑うと、何かを呟いて目を閉じた。


「…死んだらしい」


ユリアの冷めた声。ヴァイスを離し振り返ったユリアの表情は、どこか悲しげだった。


「…ヴァイスさん…」


俺の背後にいたリックが呟く。怯えたその顔は涙を流したまま、ヴァイスの方を見て固まっていた。


「…次は…僕ですか…」


そう言いながら俺を見上げるリックに、俺は無言で向き直る。ユリアがこちらに寄って来たので、手を差し出し銃を受け取った。


「……」


駄目だ、殺せない。


リックは一番素直で可愛い奴だった。もちろん怒りはあるがそれでもこいつだけは、こいつだけは殺したく無い。

怒りと情とで銃口を向けたまま葛藤していると、リックは諦めたように目を閉じ、壁に背を預けた。


「…ごめんなさい。…今更信じて貰えないでしょうけど、僕はギルさんと…貴方達二人共、本当の家族みたいで…一緒にいて楽しかったです」




ユーティス牢獄に勤め始めたばかりの頃。

僕はこのシャーロット三兄妹の観察という仕事を、酷いと思いつつ怖かった。

人造人間なんてもちろん会った事も見た事も無い、未知の世界すぎて…。


でもいざ一緒に過ごしてみると、彼らはとても優しい人達だった。


所長という肩書きのせいか一番怖いイメージがあったギルさんは、穏やかでいつも笑顔で。

末っ子のユリアさんは女の子だけど、かっこよくて強くて。

真ん中のレオンさんは、僕に対して本当のお兄ちゃんみたいに仲良くしてくれて。


三人共大好きだったけど、特にレオンさんとは一番よく一緒にいたし、話したし、僕は観察なんて忘れて純粋に楽しかった。


だからリナさんに定期的に観察経過の報告をする時、僕は報告するのが苦手でよく怒られた。


『リック、貴方あれらを何だと思ってるの?人間らしいのは分かるわ、出来が良いからね。でもあれは「出来の良い人造人間」よ。私達とあれらは対等じゃないの』


正直、僕はリナさんが苦手だった。

僕やオスカーさん、ヴァイスさんよりは長く一緒に過ごして無いとはいえ、あまりにも影でのレオンさん達への扱いが、言い方が酷いと思って…。


『あんまり情が湧くようなら貴方は排除するわよ』


レオンさん達と過ごしていて辛いのに、楽しくて、それにオスカーさんとヴァイスさんだけに責任を押しつけたく無くて…僕はそうリナさんから言われる度に、ごめんなさい。以後気をつけます。と謝った。


オスカーさんとヴァイスさんには反対されていたけど、その度に僕一人で本当の事を告白してしまおうか何度も何度も考えた。

でも、告白したところで何になるのか。僕達観察者側の心が少し楽になるだけだ。レオンさん達は…きっとショックを受けるだろう。


アレス君が羨ましかった。

恐らく彼はヴァイスさんからも何も知らされていないみたいだし、僕達みたいに観察者の義務も無いから。純粋な気持ちでレオンさんやユリアさんと接する事が出来ただろうし、アレス君を見てリナさんに謝った時の事をやっぱり排除して貰おうかな…とまで考えてしまった。



ごめんなさい。

ごめんなさいギルさん、ごめんなさいユリアさん、ごめんなさいレオンさん。


僕達観察者はいつか、罰を受けるだろう。


臆病な僕は、自分の罪を理解してるつもりだ。…でも、やっぱり怖い。


いつか、僕は罰を受けて、もしかしたら…



「…リック」

レオンさんがしゃがんで目線を合わせて来た。悲しそうな顔。

「やっぱりお前は殺したく無い。なぁ、他にも俺達の知らない事があるなら教えて…」


ジャキッ!


レオンさんが僕の頭に手を伸ばした。

それは僕を殺そうというわけでは無い。分かってた、分かってるはずなのに…。


僕の脳裏によぎったのは、オスカーさんが殺された時の…レオンさんの、あの冷たい眼差し。オスカーさんの息絶えた瞬間。

シャーロット三兄妹の真実を知る全ての人が危惧していた「もしも」の事態。


僕はレオンさんに銃を向けていた。


「……」


「…あ、…違う…ごめんなさい…これは…」


「…それがお前の答えか」



レオンさんが僕の頭に伸ばしていた手は、僕の首を絞めていた。




「……ユリア」


リックを殺した後、レオンは私に思い出したように言った。


「お前、前に言ったよな。いつか俺が誤って牢を開けてしまって、囚人が逃げ出して大惨事だ、って。あれ、冗談だろうけど…冗談にしなくて良い気がする」


「…ああ。言ったが…。…理由は?」

「復讐」


レオンと私は部屋を出ると、お互いの武器の一つである剣を取りに行く。


「政府への一番の復讐を考えたら、それかってな」

「…その前に、アレスを助けに行きたい。あいつは無実だ、傷つけたく無い」

「お前…あいつの居場所分かるのか?」

「分かる。…死ぬ直前、ヴァイスが言った」


簡単に武装を、と剣を手に取ったが…今の私にもレオンにも、もうこれは必要無いかもしれない、と思った。


それでも、兄貴が仕込んでくれた剣術を忘れたく無くて身につける。

「…そうか」

「だから、アレスをここに連れて来るから…それまで待っててくれないか。必ず戻る」


レオンは頷くと私の目を真っ直ぐに見つめる。


「絶対戻って来いよ」

「ああ」



アレス、必ず助ける。


ヴァイスを殺めた手でその弟のアレスを救う、…アレスを助けられたら、後はもう私は…許されないだろう。

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