14.葛藤と衝動

リナさんの言う通りだ。


シャーロット三兄妹はあまりにも人間すぎた。

人造人間だから当たり前ではあるが、人の体から産まれて来たわけではないのに。


リックとヴァイスも同意見だった。


「…僕、罪悪感湧いてきました。正直もう嫌です、全部正直に話しませんか…!?きっとレオンさん達なら分かってくれます!」


リックは涙目になりながら何度かそう提案していた。俺とヴァイスはそんなリックから目を逸らして、しばらく黙り込む。そんな日々が長く続いた。


「…オスカーさんとヴァイスさんは、嫌にならないんですか」

「…好きで黙ってるわけ無いでしょ。私だってユリアと仕事をしててすごく楽しいもの…」

「……」


どうせなら、仕事だけ機械的に繰り返すロボットのような人造人間であれば良かったのに。性格など、感情など無い、そんな存在なら…情が湧かずに済んだかもしれない。


「リナさんは酷いです。レオンさん達を作り物作り物って…彼らにはちゃんと感情があるのに!」

「リック、気持ちは分かるけれど…私達はリナさんに雇われてる身よ」

「でも…」


俺は俯いたまま、自分に言い聞かせるように呟いた。

「そうだぞリック、俺達はただ黙って仕事をしてれば良いんだ」

「オスカーさん…」


駄目だ、俺がしっかりしないと。

シャーロット三兄妹を除けばユーティス牢獄の最高権力者は俺だ。…つまり、実際の所長は俺…と言って良い。


「リック、ヴァイス、もちろん気持ちは分かる。だがあいつらは俺達とは違う。人間じゃない。シャーロット三兄妹は俺達の観察対象。…それだけは忘れるな」



あいつらといて楽しければ楽しいほど、罪悪感が襲って来る。

幸せなのか不幸なのか分からない。もしいつか、真実を知られてしまったら…俺達はあいつらに殺されるのだろうか。



その答えは今出たようだ。


「……」

「ひっ…!オスカーさんっ!!」


椅子に縛りつけていたはずのレオンは、自力で縄を引きちぎり、俺の首を掴んで壁に押しつけていた。


椅子から立ち上がったレオンに驚いて、取り押さえようとこちらも素早く動いたはずだったが。…これは、ギルが見せたという…「進化」…か…?


俺達の予想を上回る、怪力と素早さ。

生身の人間では到底敵わない力。


レオンは無言で俺を睨みつけている。息が出来ない。ああ、お前は俺を殺すんだな。仕方ないか。俺は恨まれて当然だ。


気持ち的にはもう抵抗する気は失せていたが、リック達の手前無抵抗でやられるわけにはいかない。

そう思って手を動かそうとしたが、もうそんな力すら出せなかった。


リックが泣きながらレオンにしがみついている。何か叫んでいるようだが俺には何も聞こえなかった。


やがてすぐに、リックはレオンに蹴り飛ばされてしまった。

…声も出ないが、せめて伝えたかった事を…と、口を開いた。


「…………」


それが、俺の最期。




「…悪かった、とでも言ったつもりか?」


オスカーが息絶えた後、レオンは奴から手を離した。

壁にもたれるオスカーに、蹴り飛ばされたせいか咳き込みながらリックが寄り添う。


「オスカーさんっ…オスカーさん…!!レオンさん!!」

「何だよ」


レオンは泣き叫ぶリックを見下ろした。その目は私すら今まで見た事がないくらい、冷たい。


「ユリア、お前動けないのか?」


レオンはほとんどリックを無視して、私を見ながら自分の腕を軽く振る。

「俺は自力でほどけたぞ」

「……私は…無理だな」

「そうか」


いくら力を入れても、さすがに固く結ばれた縄はほどけなかった。レオンがこれを自力でほどいた事に驚きつつ、俺がほどいてやる、と近寄って来たレオンを仕方なく待つ。


「ああ怖い。やっぱり危険だわ」


私の前にヴァイスが立ちはだかり、レオンに銃を向けた。レオンは立ち止まり、ヴァイスを睨む。リックは腰が抜けたのか、悲しみで動けないのか、オスカーの死体に寄り添ったままこちらを呆然と見ていた。


「勇気あるな。さっきのオスカーを見てなかったのか?」

「見てたわよ。あ、安心してね。ユリアは殺さないから」


いつもと変わらぬ優しい笑顔を浮かべ、私を見下ろすヴァイスに鳥肌が立つ。と同時に、腕に激痛が走った。


「っつ……!?」


ヴァイスに腕を撃たれたらしい。痛む場所から、血がしたたっていた。


「ユリアは殺さないんじゃ…」

「殺さないわよ。でも撃たないとは言ってないわ。貴方が私に近づかないと約束するなら、もう撃たない。でもそれ以上近づくなら、今度は足を撃つわ」


レオンのリミッターがもう機能しない事を悟ったヴァイスなりの抵抗らしい。

レオンは表情を変えぬまま、その場でそのまま立ち止まっている。


…最悪な事態になった。


「…ユリア…どうしてアレスなの?私じゃなくてアレスを…ねぇ、貴女もアレスを気に入ってるんでしょ?」


ヴァイスは銃を私に向けながら、怒ったような悲しむような、切羽詰まった声で語りかけて来た。


「…気に入って…というか、アレスは…弟みたいで可愛らしいというか、素直で良い子だから」

「…そう、やっぱり気に入ってたのね」


ふふふふふふ、と、ヴァイスは突然笑い出す。


「何がおかしい」

「残念だけどねユリア、アレスとはもう二度と会えないのよ!」


耳を疑った。二度と…会えない?


「どういう意味だ」


レオンがヴァイスを睨みながら口を開いた。リックも、驚いた顔をしながらヴァイスを見つめている。


「まさかお前、アレスを…殺したのか…!?」


怒りで声が震えた。ヴァイスは首を振ると、にっこりと笑う。



「殺してないわ。男娼として売ったの」



部屋の中に沈黙が訪れる。

にこにこと笑顔を浮かべるヴァイスを除いた全員が、表情を固まらせていた。


「…は」

「さすがに殺したくは無いもの。でももう顔も見たく無い、でもあの子は一人じゃ生きて行けない、それから…痛い目にあえば良い。そう考えた結果よ」


殺意が湧き始める。アレスは何もしていない、何も悪くない。


「あの子の事だから女性相手より男性の方がウケが良いと思って、そっちの方々にお譲りしたわ。アルビノだし可愛いから高く売れたわよ」


体が軽くなった。もう私を縛りつけていた物は何も無い。



ヴァイスの発砲と私がこいつに殴りかかるのは同時だった。

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