8.和解と疑問

「どういう事か説明して貰えるかしら」


怒ったリナさんは、空の独房の柵を指でトントン、とつつく。


「ここにいた囚人がギルのミスで死んだですって?」

「…ごめんなさい、報告が遅れてしまって…」


俺はここ数日の兄貴の行方不明、ユリアとヴァイスの事などで完全に忘れていたのだ。


そもそも兄貴が政府に出向く原因になった事…囚人を誤って殺してしまった事をリナさんが牢獄に訪問しに来て初めて伝えるという、一番避けたかったはずの事態になってしまった。


気まずそうに謝るヴァイスの隣で同じように謝っていたが、リナさんはため息をついて壁にもたれかけた。

「ギルはこれを伝える為に政府に行こうとしてたのね。…ただでさえ忙しいのに、参ったわね…」


兄貴はまだ見つからないらしい。見つからないどころか、手掛かりすら見つからないという。


「この囚人に家族を殺された遺族はどう思うかしら。遺族は彼に一生をかけて罪を償って欲しいと言っていたのよ」

「……」

「まぁでも…彼を殺したのは貴方達ではないし、責めても仕方ないわね。ますますギルを見つけないといけなくなったわ」


兄貴が無事見つかったら、やはり何か罰を受けなければいけないのか。…間違いなくそうだろう。

もちろん無事でいて欲しいが、見つかったら見つかったで責められる…。仕方ないとはいえ、複雑な気分だった。


「今後このような事態が二度と起きないようにね」

リナさんの鋭い視線が、俺とヴァイスを突き刺すように見つめる。俺には力が入りすぎて殺してしまうなんて出来そうもないが、気を付けなければならない。




「ヴァイス」


一人医務室に向かうヴァイスに声を掛ける。昨日普通に話せたばかりのはずだが、何故か妙に緊張してしまう。


「…ユリア」

「話がある。聞いてくれるか」


ヴァイスからは見えない壁際にいるレオン。大丈夫、大丈夫だ、今日は何かあっても助けが来ない事は無い。


「良いわよ」


二人で医務室に入り、しばらくお互い黙り込む。…駄目だ、落ち着かなければ。今日ちゃんと話して、モヤモヤを解消すると決めたんだ。


「…あれから考えた。考えたんだが、…私は…やっぱり、お前を愛する事は出来ない」

「…そう」

「だが、…自分勝手かもしれないが…。これからも仕事をしていく以上、こうして気まずいままなのは嫌なんだ。だから、…わ、私は…。こ、恋人関係では無く、…前みたいに友達でいたいんだ…」





あまり良い趣味ではないだろうが、耳をすますと二人の会話が聞こえて来る。

ユリアの言いたい事は分かるが、これはヴァイスにとっては複雑な気持ちになるだろう。


一度フラれた相手と、愛し合えはしないが相手からは側にいたいと言われる。

側にいるだけで良い者なら魅力的な提案だろうが、恐らくヴァイスはそういうタイプじゃない。


ユリアは馬鹿じゃないし根は優しいんだが、こうして相手の気持ちを考えられるほど空気を読めるタイプでは無い。悪気が無い分改善が難しいところだ。


沈黙が続いている。二人がどんな顔をしているか分からない。

いつでも医務室に入れるよう、マスターキーを握りしめながら俺も静かに沈黙を守っていた。


「……分かったわ。ごめんねユリア、これからも友達でいてくれる…?」


…意外とあっさりだな。

怪しい。そんな気がして、ユリアの返答に耳を傾ける。


「…ああ。こっちこそよろしくな」


えええええ!!!!!!

お前!本当にそれで良いのかよ!!?

お人好しすぎる!あのゴリラが!お人好し!


思わず部屋に飛び込もうかとすら考えた時に、俺はとんでもなくアホなミスをした。


カキンッ!!


足元に何かが落ちた。コインが落ちたような、鋭い音が廊下中に響いた。


「うっ…わっ…」


動揺しすぎたのか、手にあったはずのマスターキーが…床に落ちている。


「何の音?」

「さぁ…何か聞こえたか?」

「……」

「…何だよ、ちょっ、待て」


医務室の扉が勢いよく開かれる。鍵を拾い上げたがしゃがんだ状態で固まっていた俺に、ヴァイスからの鋭い視線が突き刺さる。


「……こ、硬貨を落としちまって」

「……そういう事」


ヴァイスは全てを理解したらしく、ユリアと俺を交互に見ながら苛立たしげに床を蹴った。


「ユリア…レオンがいなかったら、貴女は私と二人では話してくれないのね」


悲しいのか怒っているのか、両方か、ヴァイスはそう言うと腕を組み目を閉じた。


「…すまない。…でも、お前が友達に戻ってくれるって言ってくれたから…もう良いんだ」

「ヴァイス」


こうなったら俺からもはっきり言ってやる。

「俺はお前がユリアにした事は許さない。二人きりで話してくれない?当たり前だろ、お前が怖いに決まってるだろ」


立ち上がり、本音を語り出した俺をヴァイスは横目で見つめている。


「だけどな、ユリアはゴリラだがお人好しで甘ちゃんなところがある。だからお前とまた「友達として」いたいって言ってる。…だから、しょうがねぇからこういう形で話させて貰った。もしまたお前がユリアを怖がらせるような事をしたら、俺は副所長権限でお前をユーティス牢獄から追放する」


ユリアがもどかしそうに何か言いたそうにしていたが、ヴァイスを見て黙っていた。

「俺は本気だぞ。分かったな?」


ヴァイスはため息を吐き、ボソッと何か呟いた。

「………のくせに…」


「あ!?」

「?」


ユリアも聞き取れなかったようで、首を傾げていた。するとヴァイスは俺に近づき、大きい声で言い放つ。


「レオンのくせにって言ったの!!」

「はぁー!!!?」


フン!と俺から顔を背けると、ヴァイスはユリアに明るく話しかける。


「良いのよ、私はユリアと仕事が出来るのが楽しくて好きなの。ねっユリア…って、そっか、貴女はまだ私が…。反省してるわ、もうあんな事しないから…」


それを聞いたユリアは安心したように小さく微笑むと、俺に珍しく素直に礼を言った。


「ありがとう、レオン。もう大丈夫だ」

「…お前がそうなら良いけど…。とにかくヴァイス!この事はオスカーやリック達は知らないはずだ。今回はこれっきりだぞ」

「分かったってば。あ、そうだわユリア、アレスが貴女を気に入ったみたいでね…」


女子トークが始まった。俺は置いてけぼり。

…まぁ良いか、…いや、今しばらくはまたこっそり待機しておくか?


「レオン、もう大丈夫だから盗み聞きはやめてよ。プライバシーの侵害よ」

「黙れ元凶!!!」


俺はそっと医務室の扉を開けたままに出来るようカチッとセットした後、わざと足音を立てながら去って行く。


あっさり、あっさりだが…。…本当に大丈夫なんだろうな。

一応ヴァイスには注意を向けておくか。


「レオンのくせにって腹立つな…」

どういう意味かは知らないが、聞けば多分怒りが湧くからもう忘れよう。



スタスタと廊下を歩いていると、窓から庭でオスカーとリナさんが二人で話しているのが見えた。珍しいな…何を話してるんだ?


リナさんは兄貴が囚人を殺してしまった件で怒っているはずだ。オスカーが責められているのではと心配になった俺は、窓から二人の様子を見ていた。



話している内容までは分からないが、よく見たらオスカーの顔色が悪そうだ。やっぱり責められているのかと間に入るか迷う。


というか、兄貴がいない今のユーティス牢獄の最高責任者は俺だ。仮に兄貴の件でオスカーを責めているとしたら、何故俺を責めない?


リナさんの厳しそうな顔、見た事の無い真っ青な顔をしたオスカー。たまらず庭への出口に走り出し、扉を開けて二人の元へ駆け寄った。



「リナさんっ…!兄貴の件ならオスカーを責めないで下さい!」


俺が声を上げながら近寄ると、二人は驚いたようで目を見開いて俺の方を見た。

「あっ…勘違いだったらすみません。でも、オスカーの顔色が悪いもんで気になって…」


リナさんは苦笑いをしながら首を振る。オスカーも不思議そうに俺を見て、ポカンとしていた。

「違うわよ、オスカーが珍しく書類を間違って作っていたから注意していたの。でも言いすぎたかしら…長々とごめんね、オスカー」


何だ、そういう事か。オスカーも苦笑いをこぼした。

「レオン、心配しすぎだ。大丈夫だよ、俺が悪かったんだ」


「俺こそ、早とちりして悪かった。リナさんもすみません」

「いいえ、良いのよ。じゃあ、頑張ってね副所長さん。今政府もギルの捜索に全力を尽くしているわ。早く良い知らせを届けられるようにしないとね」


リナさんは悩ましげに話すと、庭から出て屋内へ入って行く。…ここで俺は、何となく抱いていた不満をオスカーにこぼした。


「…何かさ、リナさん…兄貴が行方不明って事に対して、少しそっけなく無いか?」

オスカーは「そうか?」とリナさんの去った方を見るが、やがて俺に向き直り考え込むように腕を組んだ。


「…確かに、もっと真剣に取り組んで欲しくはあるな。俺に長々と説教する時間を、所長の捜索に当てて欲しい」

「だろ?……まさか…リナさん、何か黙ってたりしないよな…」


…ああ駄目だ、ヴァイスの件からか人を疑うクセが出来てしまった気がする。

オスカーはゆっくり歩き出し、「それは多分ないんじゃないか?」と話す。


「やっぱりリナさんも、所長が殺してしまった囚人の件で早く所長を見つけたがってるし…。…あまり良い理由では無いが…」


そうか、それがあったか。

俺もオスカーの隣を歩きながら、わずかに生まれた疑心暗鬼を振り払うように頭を振った。



「あああ早く元の日常に戻りてぇよ…」

「…そうだな」



この時のオスカーの表情が酷く寂しげだった事を、俺は知らなかった。

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