7.純粋な眼差し
久しぶりの街は、賑やかで何だか癒される気がする。
ユーティス牢獄の鬱々とした空気の中で生きている私には、駆ける子供のはしゃぐ声さえ楽しげな音楽に聞こえた。
もちろんヴァイスに出会ってしまったら…と考えたら怖かったが、事情が事情だし別にヴァイスの家に向かうわけでもない。というか私はヴァイスの家すらどこにあるか知らないのだ。
「……」
ヴァイスに告白された時から、考えた。どうしたら前の友達のような関係に戻れるのか。
あんな事をされてもまだ、私は何も知らなかった頃、ヴァイスと仲良くしていた時が楽しかったのを忘れられない。
でも…友達、仲間、それ以外の関係にはなりたくない。私は恋なんてした事もないから人を好きになる気持ちはよく分からないが、…恋というのは、愛というのは、あんなにも人を変えてしまうのか?
食料品の売っている店に入りながら、そんな事を悶々と考えていた。レオンにも心配をかけてしまった。兄貴が行方不明という今、副所長のあいつには余計な心配をかけたくないのに。
…ヴァイスと仲直り…というか、互いを…尊重し合えたなら、せめて避けずにはいられるんじゃないか…。仕事仲間なんだ、いつまでも気まずいままはやっぱり嫌だ。
品物を探していると、背後に何かがぶつかって来た。子供か?にしては衝撃が大きい。…まさか、
恐る恐る背後を振り向くと、そこには見慣れた白い髪があった。
「…!」
少し小柄で白い肌、赤い目。特徴的な容姿。
そうそういる事はない、アルビノと呼ばれる容姿。
「…ヴァ……。…?」
…ん?
よくよく顔を見ていると、ヴァイスとは少し雰囲気が違う気がした。髪もヴァイスより長い。…そういえば、あいつは前に弟がいると言っていたか。…いや、この子はどう見ても少女だ。妹もいたのか?
…考えすぎか…たまたまアルビノの少女に遭遇しただけかもしれない。
少女は両手で菓子らしき物を抱えていて、急いでいたのか勢い余って私にぶつかってしまったらしい。はしゃいで駆けるには少し歳上な気がするが、こちらをじーっと見つめられ、怖がらせてしまったのかと気になった。
「ごめんな、大丈夫か?」
目線を合わせ声を掛けてみると、少女はハッとして口をパクパクさせている。
「……め…」
「?」
さらにじーっと見つめられ、どう反応すべきか悩んでいると、彼女の後ろから誰かが走って来た。
「アレス!ごめんなさ…」
こちらに駆けて来た人物はヴァイスだった。私を見るなり驚いたらしく、目を見開いたまま立ち止まる。
「…ユリア…」
「…ユ…リ…?」
アレスと呼ばれた少女は、やはりヴァイスの妹だったようだ。私は結局ヴァイスに出会ってしまい気まずくなり、「じゃあな」と素早くその場を去ろうとした。
「待って!ユリア、ごめんなさい、この子は私の弟のアレスなの。何か迷惑をかけたかしら?」
私は振り返り、「大丈夫だ」と手を振った。
…弟?
「弟?!」
「そうよ」
思わず驚き、再び近寄る。するとアレスは何故か嬉しそうにしていて、私の手を握って来た。
「妹だと思った…」
「弟よ。でも可愛いから、女の子みたいにしちゃったわ」
さらっとすごい事を言うヴァイスにハッとする。まずい。アレスがいて、人目があるとはいえ一番避けたい事態だ。
「すまない、買い出しの途中なんだ。またな」
再び去ろうとしたが、アレスに手を握られていた。その純粋な眼差しに悩んだ私は、アレスの頭を撫でてそっと手を離した。
「ごめんな、私は急いでるんだ。またな、アレス」
「……」
アレスはぽかんとした表情のまま、離れて行く私に手を振った。ヴァイスはどこか寂しそうな表情をしていたが、ひとまず今は早く牢獄に帰らなければ。
「おっせぇ!!!心配しただろうが!!!」
買い物を終え牢獄に帰ると、レオンに開口一番そう怒られた。朝は騒がしかった牢獄も昼過ぎの今はだいぶ落ち着いたようで、看守室にはレオン、オスカー、リックの三人が疲れた顔で座っていた。
「お前、……」
二人きりではない事に遠慮しているのか、レオンが話しにくそうにしている。きっと私がヴァイスに会ったのではと気にしているのだろう。
「…街で偶然ヴァイスに会った。弟もいた」
そう言った途端、レオンの顔が真っ青になった。隠す気があるのか無いのか分からない。
「へぇー!」
「買い物にと店に入ったら、向こうも弟と買い物に来てたみたいだ。大した会話も何もする暇は無かったけどな」
今度はホッと安堵のため息を吐いた。やっぱり隠す気が無いのか?
私のこの遠回しな伝え方は、もう大丈夫だと言う私なりの答えだった。ヴァイスの弟、アレスを見て思った。弟が可愛いから女の子みたいに、というのは変わってはいるが、きっとヴァイスなりの家族愛なんだろう。
少ししか会わなかったが、アレスといるヴァイスを見て何だか安心してしまった。いつもの、私の友達であるあのヴァイスだったから。
とはいえ、警戒心が完全に消えたわけではない。明日はきっとまだ…私を好きなヴァイスのままだ。
でも、話せば分かる、そんな気がしている。
「話せば分かる?どうしたんだよ」
呼ばれたレオンの部屋で、私は疑問符にあふれたレオンに不思議がられた。
「今日会ったヴァイスは…何というか、元のヴァイスだったんだ。弟にも優しかったし、もしまだ和解のチャンスがあるなら…」
レオンはジトーっと私を見つめ、唸りながら首を傾げる。
「…おすすめしたくねぇな」
「…避け続けるよりは、いっそ腹を割って話した方が楽じゃないかと思ったんだが…」
レオンはしばらく黙り込んだ後、「じゃあ」と提案をして来た。
「明日は医務室で話せよ。万が一に備えて、俺はマスターキーを持ってこっそり廊下にいる。何かあったら助けるから」
それなら安心だ。
こういう時頼りになるのは、やっぱり何だかんだこいつが兄だからか。
「…助かる。ありがとう」
明日にはこの気まずさを解決したい。
そう思いながら、私はアレスのその白い手からは想像のつかない温かさを思い出していた。
「まさか、ユリアに会えるなんて」
偶然だったけどこれはきっと運命…
「アレスのおかげね」
「…ユ…リ…ア…」
アレスは今日買ったお菓子を食べながら、ユリアの名前を呟いた。私の言った言葉をよく繰り返して覚えるこの子は、まるで可愛いインコのよう。
「ユリア。私の大好きな人よ。綺麗だったでしょ?」
アレスの髪をときながら、今日のユリアを思い出す。私をきょとんと見つめるユリアの可愛い事。
「…と…も…」
「そうよ、友達…友達ね。そうなんだけど、いつかは…それ以上の関係になりたいわね」
私の中ではもうユリアは友達じゃない。
愛する人、恋人?そうね、恋人だわ。
アレスにはまだ難しいものね。
「いつか、私とユリアが友達以上になれたら…。お祝いしてね」
アレスは不思議そうな顔をしてたけど、「お祝い」を誕生日か何かのイベントだと認識したのか楽しそうに笑った。
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