6.消えたギル
結局あれからユリアには事務仕事を任せ、俺は何食わぬ顔でいつも通りの生活を送る事にした。ユリアからヴァイスとのことを聞いた次の日、ヴァイスが呼びかけ兄貴を除いた看守トップメンバーが会議室に集合し、仕方なくユリアを連れて行く。どうやらリナさんから連絡を受けたヴァイスは、兄貴の事で何かを聞いたようだった。
「みんな集まったわね、じゃあ話すわ」
ヴァイスの穏やかな笑顔はもう信用出来ない。ユリアはリック達には気付かれぬように、でも俺の少し後ろでいつも通りの厳しい表情で立っていた。
「…所長が行方不明になっているらしいの」
…は?兄貴が?行方不明だと?
「何だそれ、どういう事だよ」
俺が続きを促すと、ヴァイスは俺の方を見ずに話を続ける。…ユリアとの事を知られていると思っているのだろうか。
「リナさんが電話してきて、仕事で所長に聞きたい事があるって言うから所長は政府に行ったはずだと言ったのよ。もちろん何の用事で行ったかは伏せてね。そうしたら、所長は政府に来ていない、リナさんは会ってすらいないって言うのよ」
兄貴が政府に行ってから二日が経った。兄貴から連絡は何も無い。政府にも着いてないと来たら、行方不明ではある。
「所長が行方不明…?でも、所長は僕達の中で一番強くて…誰かに襲われたとか、攫われたとか、そういう事ですか?」
「…考えにくいな。でも、所長が自分の意思で俺達や政府にまで連絡もしないで消えるなんて一番あり得ないだろ…。ここから政府まで二日どころか一日もかからないしな」
リックとオスカーも驚いている。俺も信じられない…ちらりとユリアに目をやると、表情は変わらないが内心驚いているんだろう。俺と目が合うとそのまま固まっていた。
「…信じられなすぎないか?」
「…ああ、貧弱なお前ならまだしも兄貴が何か襲撃を受けて行方不明だなんて、冗談としか考えられない」
俺にいつも通りの悪口絡みをするあたり、昨日よりは復活したみたいだ。良かった。
「でも、リナさんが嘘をつくなんてそれだって考えられないわよ。実際所長は帰って来ていない…。今政府の方で捜索してくれてるらしいから、私達は所長がいない間この牢獄を守らなくちゃ」
俺とユリアは顔を見合わせる。…恐らく俺達が考えている事は同じだ。
『ヴァイスが嘘をついている』…
ユリアはヴァイスの愛を受け入れず、俺はそんなヴァイスとユリアを引き離した。二人揃って恨まれてもおかしくはない。そして、兄貴を復讐の道具に使われた。
…いや、いくらユリアより力のあったヴァイスでも、さすがに兄貴には敵わない気がする。それに俺はずっとではないが、ヴァイスが仕事をしている姿を長時間確認している。兄貴を葬る時間があったようには思えない。
「兄貴…。どうすんだよ、兄貴がいなきゃ俺みたいなちゃらんぽらんがユーティス牢獄のトップだぞ?」
「そうだな、兄貴のいない牢獄がかわいそうだ。いつかお前が誤って牢を開けてしまって、囚人が逃げ出して大惨事だな」
ユリアの冗談を間に受けたリックが、「そんな事しちゃ駄目ですよレオンさん!?」と俺の肩を掴む。いや本気で俺がそんな事する奴に見えるの!?
「しねぇよ!やらかすとしたらお前だろ!」
「ぼっ僕はそんな事しません!」
オスカーが呆れながら、カレンダーを見て口を開いた。
「…心配だが、俺達が捜索に出てしまっては牢獄が駄目になる。所長を信じて帰りを待つしかない。みんなで頑張ろう」
ユリアが俺のポケットから勝手にペンを取り、昨日…ヴァイスがリナさんからの電話を受けたという日に、丸をつけた。
「…政府様ならきっと早く兄貴を見つけてくれるだろう」
ペンを俺に投げて返し、ヴァイスの方を見つめる。ヴァイスは久しぶりにユリアと目が合い嬉しいのか、にっこりと微笑んだ。
「そうね、信じましょう。…そうだ、明日は私が非番なの。明後日には戻るから、みんなよろしくね」
それすら本当か一瞬疑ったが、確かに明日はヴァイスだけ休みだった。ユリアも気楽に過ごせるだろう。
「じゃあ、リナさん…政府から何か連絡があればすぐに俺に伝えるように。頼むぞ」
兄貴、無事でいてくれ。いや、きっと無事だ。俺は信じてる。きっとユリアも、リックも、オスカーも。…ヴァイスは分からないが。
ヴァイスに捕まる前にとユリアに今日の分の事務仕事の書類を渡し、さっさと俺の部屋に引き上げる。早速カリカリ仕事を始めるユリアの背中を見て、俺よりこいつの方が副所長に向いてるような…と考えてしまった。
「兄貴の事は心配だけど、良かったな。明日はヴァイスがいないぞ」
「ああ…。…兄貴、まさか…ヴァイスに…」
「…やっぱりお前もそう考えてたか」
そう言いながら近寄ってユリアの書いていた書類を覗いてみると、思わず俺は頭を抱えた。
「いやお前真面目な顔で落書きしてんじゃねぇよ!!!」
「見ろ、お前の似顔絵だ」
「じゃがいもだろそれ!!!」
元気になってきて安心してたが仕事はちゃんとしろ!昨日の「女性看守不足だが…」とか言ってた仕事人間どこ行った!?
呆れて部屋から出ようとした俺に、机に向かい背を向けたままユリアは声を掛けた。
「…兄貴は、無事だよな」
不安そうな少し小さい声に、俺もつられたように返す。
「…無事だろ。兄貴だぞ」
「…だよな」
扉を閉め、囚人達のいる棟に向かう。無駄に広い廊下に響く俺の靴音が、いつかの兄貴の足音に聞こえるような錯覚を感じた。
ヴァイスが休みの日、こういう時に限って囚人達は騒がしかった。
器用に柵から手を伸ばし傷つけ合い喧嘩をする囚人達、死刑は嫌だ嫌だと喚き暴れる新人の囚人、兄貴の代わりに所長の仕事と俺自身の仕事も片す俺。
オスカーとリック、他の数人の看守達は囚人を抑制するので手一杯だ。俺が看守室で書類の山に囲まれていると、誰かが部屋に入って来た。ユリアだ。
「おい」
「どうしたぁ…」
だんだん呪文に見えてくる文字を書きながら、片耳でユリアの言葉を聞いていた。
「街に買い出しに行って来る」
「おー行ってらっしゃ…は!?」
驚いて顔を上げると、ユリアはよそ行きの格好に着替えている。ユーティス牢獄は丘の上にあり、その下にはアルセーヌという街がある。そこそこ栄えた街で、オスカー、リック、ヴァイスの家はアルセーヌにあるのだ。
「ヴァイスに遭遇したらどうすんだよ!」
「食料が底をつきかけてる。他に手の空いてる奴はいないらしい。それに…そこまで警戒していては、何も出来ないままだ」
俺は過保護なのか?…まぁいいか、アルセーヌは広い、人目もあるし大丈夫か。
「でも一応気を付けろよな」
「ああ」
「お前ヴァイスの前ではゴリラじゃないんだからな」
「ああ?」
「何でもない。とにかく暗くなる前には帰れよ!あと人通りの多い所を歩け。良いな?」
良いな?と小指を出した頃には、もうユリアは看守室を出ていた。一人で小指を立てる俺は看守室に孤独な空気を生み出していた。
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