4.壊れ始める

「じゃあ、行って来るね」

コートを着ると、兄貴は穏やかな笑顔を向けながらそう言った。


「…気をつけてな」

俺とユリアは曇った顔をしながら、そんな兄貴を送り出す。兄貴はしばらくじーっと俺とユリアを見つめ、何がおかしいのか突然吹き出した。


「何だ。何がおかしい?」

「ははは…いやいや、ごめんね。二人とも本当に顔が似てるなぁって思ってさ。表情の曇り具合までそっくりで可愛いね」


俺とユリアは顔を見合わせ、互いに眉間にしわを寄せながら兄貴に文句を言った。


「何言ってんだよ!今そんな事で笑ってる場合じゃないだろ!!」

「冗談を言ってる余裕があるのは結構だが、早く行かないとこの場で斬るぞ」

「いやそこまで言うか!?」


「冗談じゃないんだけどなぁ」と苦笑いをしながら、兄貴は手を振り踵を返して牢獄から離れて行った。


「…兄貴、大丈夫かな」

兄貴との距離が開いてくると、急にズンと胸に心配の念が押し寄せて来た。


ユリアは短いため息を吐き、兄貴に背を向け牢獄の中に入って行く。いや無視かよ。

「お前だって心配だろ?ちょっとは気持ちに寄り添ってくれても…」

「甘えた事を言うな」


振り返ったユリアの顔は不機嫌極まりない。そのまま立ち止まって腕組みをし、こちらを睨んでいる。黙っているのに「お前も早く仕事につけ」と声が聞こえて来る気がする。というか目がそう物語っている。


「分かった分かった、今は俺が責任者だもんな。しっかりしないとな」

「お前のようなちゃらんぽらんが副所長だなんて、ユーティス牢獄は大丈夫だろうか」

「は!!?もう一度言ってみろ短気女!」


言い合いをしながら牢獄内に入る。オスカーとリックが呆れた顔をしながらこちらに寄って来て、俺とユリアをなだめ始める。ユリアはプイッと顔を背けると、自分の管理下である女囚人の棟へと去って行った。


「…ちょっと反抗期って感じで可愛いですね」

「どこがだぁ!!!」

俺はリックの頭に手刀を叩き込んだ。リックは「いたぁい!!」と涙目になりながらオスカーの後ろに隠れ、俺を睨みつける。俺はどうしてこう、年下の奴に睨まれまくるんだ…!?






見回りを終えたヴァイスが、私の姿を見つけるなり駆け寄って来た。何やら嬉しそうな笑顔で、囚人達の経過観察の結果を報告する。


「…ヴァイス、何か良い事でもあったのか?」

「え?いいえ別に何も無いわよ。…それよりユリア、所長の件は大丈夫?」


医務室に入りながら、ヴァイスは心配そうな不安そうな表情になると私にそう話しかけて来た。この時、ヴァイスは缶のペンケースを落としてしまい、私と二人で中身を拾い集めた。そのやかましい音が、医務室の扉の鍵を閉めた音を隠すものだったとは情けない事に気付かぬままでいた。


「兄貴の件は分からない。少なくとも私には、出来る事はそうありそうには思えないが…。兄貴が無実であるわけでもないし、難しいな」


レオンが上手く立ち回れるともあまり思えない。ここは私達が動くよりも、兄貴自身に任せた方が良い気がする。


「…ユリア…そう悲しい顔をしないで」


ふと気がつくと、ヴァイスが私の顔を見つめ、手を握ってきた。少し不思議に思いつつ、ヴァイスが何か言いたそうにしていたのでそのまま黙っていた。


「私は貴女の味方よ、何があっても貴女を守るわ、貴女が辛い時は私が支えになる、だから私を頼って」


そう言い終えるとヴァイスは、そのまま私の手首を強く引いて私の唇に口づけをした。


「!!?」


驚きのあまり体が固まり、振りほどきたくても振りほどけない。ヴァイスはそのまま私を抱きしめると、さらに舌を入れて私の口内を掻き回す。それでもまだ動けずにいると、やがてヴァイスは口を離し、にっこりと笑って私の髪を撫でる。


やっと動けるようになった私は、ヴァイスから逃げるように距離を取った。そしてしばらく押し黙ってしまっていたが、口を開くと壁を叩きながら声を上げる。


「おい!どういうつもりだ!?お前、私、私を何だと…」

混乱のあまりちゃんと言葉が紡げない。ヴァイスはそんな私を見て、楽しそうに笑った。


「何がおかしいんだ!?」

「ユリア、意外だわ。可愛い。そうよね、こういうのは初めてよね。ねえユリア、私貴女の事が大好きよ。もっと色んな事を教えてあげるわ」


そう言いながら近づいて来るヴァイスから逃げようとしたが、医務室の扉は開かない。鍵が閉まっていた。気付くと鍵を開けたがその瞬間ヴァイスに腕を掴まれ、背後から抱きしめられる。するとまた私の体は固まってしまい、ヴァイスの手はそのまま私の胸に触れた。


「おいっ…」

「ねえ、ユリアは私の事好き?」


後ろを向くと、ヴァイスの赤い目がいつもより強く、鋭く輝いているように見えた。ヴァイスにされるがままになりながら、私は必死にその手から逃れようとありったけの声を上げて叫んだ。


「やめろ、やめてくれ、私にこういう趣味はない!ヴァイス!離せ!離してくれ…!」


クソ、何故私の体は動けない…!?

そして医務室の扉の鍵は再び閉められ、そのまま診察用のベッドに押し倒されてしまった。誰も来てくれない。誰か、誰か助けてくれ…兄貴、…レオン……


「ユリア…貴女が抵抗出来ないのはね、貴女の体もずっと私とこうして触れ合いたかったからよ…素直になれないのはユリアらしくて可愛いわ、大丈夫、怖くないから。きっと貴女も私の事を好きになる…」


「違う、違う、私は、私はヴァイス、お前の事は…仲間だと思ってる、恋心は抱けない」

「安心して。私に体を預けていれば良いのよ…」


ヴァイスは恍惚の笑みを浮かべ、私の口をタオルで縛った。ヴァイスは細身だ。白く細いその腕に、この私がどうして敵わないのか。…ヴァイスには、私の知らない力が、秘められていたという事なのか?



「ユリア…私の可愛いユリア。愛してるわ、好きよ、大好きよ、ほら、ひとつになりましょう…」



どうしてもヴァイスに抵抗出来ないと思い知った私は、恐らく人生で初めての涙を流し、いっそ意識を失ってしまいたいと目を閉じた。






「教えて下さい」


リナさんは眉間にしわを寄せている。俺を見つめるその視線は、いつになく鋭かった。


「何を隠しているんですか?」


しばらくの沈黙の後、彼女は銃を取り出した。


「……!」

俺も銃を取り出し、互いに突き付ける。


「…ギル…貴方、成長したわね」


ニヤリと笑ったリナさんの笑みを合図に、俺と彼女は同時に引き金を引いた。

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