3.悲劇の始まり
その日、俺はいつものように牢獄の見回りをしていた。
ユーティス牢獄の施設の警備は最高レベルで、看守の数は「世界最悪の牢獄」である割に少ない。主に所長ギル、副所長である俺レオン、ユリア、ヴァイス、オスカー、リックがトップでありメインで、他は数人日替わりの監視要員くらいしかいないのだ。
兄貴曰く「施設のセキュリティそのものが凄いからね。人の手の及ぶところじゃないんだよ」との事だ。…恥ずかしながら幼少期の記憶が曖昧な俺は、昔から自分の家系シャーロット家がそんな高レベルなセキュリティを備えた牢獄を造れる程凄い家だとは分かっていなかった。
親は早くに死んでしまい、今は兄貴、俺、ユリアの三人兄妹しか残っていない。そんな状態でこんな物騒な牢獄の管理をしろだなんて酷な話だが、頭脳明晰な兄貴は所長としてこのユーティス牢獄をしっかりまとめ上げて来た。考えたくはないがいつか兄貴にもしもの事があれば、次にそれをこなさなきゃいけないのは俺だろう。うわ…不安しかない。
まぁひとまず今は、信頼出来る憧れの兄貴について行く。兄貴は俺とユリアに剣術まで仕込んでくれた。期待には応えたい。
兄貴は完璧で正しい、俺は兄貴がいる限り兄貴の背中を見て学び続ける…!
この時の俺は、…こう言っちゃなんだが…兄貴をかなり買いかぶっていた…のかもしれない。
完璧な人間なんていない。そんな事を考えもせず、崇拝にも近い思いで兄貴に憧れを抱いていたのか。
兄貴はその日の夜、力加減を誤り、囚人を殺してしまった。
「…兄貴…」
知らせを聞いた俺が駆けつけると、医務室にはベッドに横たわる男の囚人、そいつを診察するヴァイス、悩ましげな表情をした兄貴がいた。
「レオン…。ごめんね」
「ごめんねって…」
「…駄目ね。死んでるわ」
しゃがんで囚人を診ていたヴァイスが立ち上がり、首を振る。よく見るとその囚人の首元には、人の手で絞められたような痕があった。
「ああ…やっぱりか。この囚人が暴れたから少し静かにして貰おうと、首を掴んだんだ。気絶させるどころか落ち着くかな、くらいに思ってたんだけど、俺が首を掴んだ瞬間に彼は意識を失ってしまった」
自分の手を見つめながら、兄貴はそう話した。…そんな、まさか兄貴が?そんなミスを?
「うーん…彼は無期懲役だから…。さすがにリナさんに伝えても揉み消しては貰えなそうですよ。まさか貴方がそこまで…」
…何だ?ヴァイスの額に冷や汗を見た気がした。確かに驚くのは分かるが、看守のクセに少しビビりなリックならまだしも、ヴァイスのこんな姿は初めて見たような…気がする。
「…ごめんね、ヴァイス。これは完全に俺のミスだ。リナさんが視察に来て発覚よりは、こちらから向こうに知らせるべきだね。血まみれな牢獄とはいえ、殺してはいけない者を殺してしまうというのはいけないね」
もう夜だから明日、報告に行って来るよ。と兄貴は所長室に戻って行った。ヴァイスは死んだ囚人を死体袋にしまいながら、ぼーっと立っていた俺を睨む。
「な、何だよ。ああ、すまん驚いてぼけっとしてた、そいつ運ぶんだろ?手伝う」
「所長のような事をしてはダメよ」
ヴァイスは鋭い視線をそのままに、俺の言葉を遮ってそう言った。
いつもの穏やかなこいつとは違う空気に、少しビクッと肩が震える。
「そりゃ気をつけるさ、でも俺の力は兄貴どころかユリアにも敵うか分かんねぇくらいだぜ」
「そういう事じゃないのよ!!」
ヴァイスは俺の胸ぐらを掴んだ。ますます豹変ぶりに驚いていると、ヴァイスはハッとして手を離した。診察用の椅子に座り、両手で頭を抱える。
「…もし…また…死人が出たら………が…」
ヴァイスはぶつぶつと何かを呟き、しばらくして顔を上げた。すると少し疲れたような、それでもいつもの穏やかな表情に戻っていた。
「…ごめんなさい。驚きすぎてしまったわ。悪い事をしたわね」
俺は今になってやっと体に電源が入ったような気分になり、首を振りながら医務室の出口に向かって歩く。
「気にすんなよ、仕方ねぇよ。俺も驚いたし。また明日な、おやすみ」
パタン、と扉を閉め、少し早歩きで自室に向かう。ユーティス牢獄には備え付けのような住処があり、俺と兄貴、ユリアのシャーロット家三人はここで暮らしている。
…にしても…あのヴァイスの豹変ぶりは、何だ?
あいつが厳しい態度を取るのは囚人相手にくらいだ。…よほど驚いたにしても、俺の中では兄貴のした事を忘れかけるくらいだった。
「…まぁ疲れもたまるよな、こんな仕事じゃ」
殺してはいけない囚人を誤って殺してしまった。それも、ユーティス牢獄所長がだ。
ヴァイスにとっても俺にとっても、オスカー達にとっても悩みの種が出来てしまった。
明日兄貴が報告に行って、処分があるならどうなるのか。…死刑とかは…無い…よな…?
考えれば考えるほど不安になるが、ひとまず明日になってからだ。
…まるで、いや、身内が殺人をしてしまうというのは…こんなにも落ち着かないものか。
ユリアなんか死刑の執行人なんだけどな。…死刑と無期懲役の罪の重さって、違いがいまいち分からないな。
「…ああもう…心臓に悪い…!」
正直ユリア以外の奴らがどうなろうが知らないが、シャーロット家が出した不祥事なんて親族であるユリアに火花が散らないか不安になる。
「ユリアが辛い思いをするじゃない…どうしてくれるのよ、あの馬鹿!」
死体袋を蹴る。こいつが暴れたりするから、死んだりするから……いや、それでもやっぱりいけないのはあいつ。
「…ギル・シャーロット…。所長でありながらなんて事を…」
明日、ユリアがこの事を知ったら悲しむだろう。憧れの兄が、わざとではないとはいえ人殺しだ。
「ユリア…大丈夫よ、私が慰めてあげるわ…」
デスクの引き出しを開く。奥に手を突っ込むと、愛しい私のユリアの写真を出す。
ユリア…綺麗な子。でもかっこよくて、王子様みたいで…でも、やっぱり貴女は女の子…
こんなに魅力的で、こんなに美しくて、こんなに…こんなに素晴らしい子、他にいる?
「愛してるわユリア…」
写真の中のユリアの唇にそっとキスをする。本物のユリアにこうする事が出来たなら、どんなに良いか…。
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