2.いつもの日常
俺とオスカーが新人囚人の一時的な独房の前に着くと、そのアダム・ディランの目の前では医務員のヴァイスがため息をついていた。
「アンタ、アルビノだろ。綺麗だなぁ、死ぬ前に一発やらせてくれよ」
アダムのそんな言葉にヴァイスは、腕を組んで眉を釣り上げた。
「ふざけないでくれる?貴方みたいな犯罪者、本当はこうして同じ空気すら吸いたくないのよ。はぁ…ユリアの言う通り早く死刑にしたい…」
俺とオスカーはヴァイスの隣に立つと、ヴァイスはやっと来たと言わんばかりの笑顔でアダムを指差した。
「この変態下衆野郎を早く死刑にしてしまいたいの。罪状は確認したでしょう?さっきから監視中の私に変態発言ばっかりよ、最悪よ」
「落ち着け。まだ所長の許可が下りてないんだ」
オスカーがヴァイスをなだめているのを横目に、俺はアダムを見つめた。
「俺達に失言ばっかしても死期を早めてるだけだぞ?お前そんなに死にたいのか?」
「あ?何だこのクソガキ、俺はそこの白い嬢ちゃんと話したいんだ」
ヴァイスは柵を蹴ると、「もう私は監視役じゃなくて良いわね」と手を振り、スタスタと足早にこの場を去って行った。
「ああっ嬢ちゃん〜…チッ」
「大体よく死刑囚のクセにやれるとか考えられるよな…」
「うるせぇクソガキ!」
そう叫ぶとアダムは、ベッドの上にある枕をこちら側に投げつけて来た。もちろんばふっと柵に当たって終わりだが、独房内の足元をよく見てみると物が散乱している。とはいえ独房なのでそんなに物は持ち込めず、ビリビリになった布団の切れ端や割れた皿の破片、そんなゴミと化した物しかないが。
独房の外である俺達の足元も見てみると、こっちにも皿の破片が散らばっている。そんなに割れる素材じゃないはずだが…なるほど、これは危ねぇな。
「これだけ鋭利な物がありながら、自殺行為はしていない…。こちらに対する敵意が大きそうだな」
オスカーが俺に耳打ちして来た。俺も頷きつつ、突然アダムが投げて来た皿の破片をオスカーとお互い離れながら避ける。
「危ねぇな!鎮静剤効かねぇのか!?」
ヴァイスが去り際に渡して来た報告書を見ると、鎮静剤:効果ほぼ無し とある。麻酔も同様。その側にヴァイスの字で「特異体質か何かなのかも」と書いてある。参ったな…
「後で怒られても困るし、こいつの側にいちゃ危険だし。俺達も所長を探しに行くか」
「そうだな」
わあわあと喚き散らすアダムを放置し、俺とオスカーも所長、つまり兄貴探しに参加する事にした。
無人になった廊下に、パリンパリンとアダムが皿の破片を投げつける音が響いていた。
庭に出てみると、政府のユーティス牢獄管理担当、リナさんと所長であり兄貴のギルが話し込んでいた。
「そう、特に事件も無さそうで良かったわ。貴方や他の子達も元気そうで」
「本当、レオン達には助けられてますよ。若いのに働き者だ」
「…所長…!」
俺が遠慮がちに兄貴を呼ぶと、こちらに背を向けていた兄貴とリナさんが振り返った。
「お取り込み中失礼します。死刑執行の許可を申請したいのですが」
オスカーが兄貴にそう話しかけると、不思議そうな顔をした兄貴は首を傾げた。
「何かあった?」
「最近入って来た新人の死刑囚、アダム・ディランがこちらへの敵意が強いようで…工夫したのか皿の破片やら何やら独房に溜め込み、こちらへ投げて来たり、後はヴァイスに卑猥な発言をしたり散々です。おまけにヴァイス曰く鎮静剤や麻酔の類が効かず、特異体質かと」
兄貴の隣で話を聞いていたリナさんが、珍しそうな物を見る顔でこちらを見た。
「特異体質?あら…でも厄介ね。死刑囚ならすぐに執行してしまっても良さそうだけれど」
兄貴はうーんと唸りつつ、やがて頷くと穏やかな笑顔になった。
「良いよ、死刑執行して。万が一上から何か言われても理由があるし、リナさんも同意してくれたからね」
「まあ、ふふ。仕方ないわね。何か言われたら守ってあげるわ」
俺とオスカーは顔を見合わせ、お互いホッと息を吐いた。兄貴とリナさんに礼を言うと、遅れて庭に来たユリアとリックに死刑執行の許可を得た事を話す。
するとユリアはやっとかとため息をつき、すぐに踵を返してアダムの独房へ向かう。…放っておいたら独房の中で殺しかねないので、俺達も急いで後を追った。
アダムの死刑執行後、看守室で一息ついていた俺達は雑談を交わしていた。
「ユリアさんは本当にクールですよね。よく見ますけどね、「最期に何か言いたい事はあるか」って処刑前に聞く処刑人…。無言でスパッといっちゃうんだもの」
関心しているのか呆れているのか、いまいち分からない話し方をするリック。だがユリアは剣を磨きながら、「最期に何か言わせる必要があるのか?」と本気で疑問符を浮かべている。まぁこいつはこういう奴だ。
「リック、こいつには血も涙も無いんだよ。そんな情けは無駄無駄、全然無いって」
なぁユリア、と本人の顔を見ると、ムカついたのか足を踏まれた。踵で。
「いてぇな!何だよ!」
「リックはともかくお前に言われると腹が立つ。黙れ」
「はぁ?黙れだと?お前なぁ!」
「ちょっとちょっと、二人とも落ち着きなさい!」
ヴァイスが立ち上がった俺とユリアの間に入り、両手を広げて仲裁する。すると、看守室の扉が開いた。所長…兄貴が入って来る。
兄貴は俺とユリアの声を聞いていたのか、穏やかな笑顔を浮かべた。
「元気で何より」
「兄貴!ユリアがまた俺を舐めてんだよ!」
「お前が舐められるような奴だからだろ」
「はぁ!!?」
「あはは、二人とも元気なのは良いけど皆に迷惑をかけちゃ駄目だよ。ヴァイス、オスカー、リック、いつもありがとうね」
ユリアが舌打ちをして椅子に腰掛けた。俺もユリアから椅子を離し、奴の蹴りが届かないようにして腰掛ける。
ヴァイス達三人は顔を見合わせ、小さく笑いながら兄貴の方を向いた。
「仕事ですから、気にしませんよ」
「もう慣れました」
「僕も慣れました!それに、レオンさんとユリアさんは頼れるし一緒にいると楽しくって好きです!」
無邪気な笑顔のリックの頭を、俺はわしゃわしゃと撫でた。
「可愛い奴だなお前!俺リックを弟にしてぇよ〜」
「僕がレオンさんの弟…楽しそうです!」
いつの間にか居眠りを始めるユリアと、「それも良いかもね」と穏やかに笑う兄貴。
このユーティス牢獄は、世界最悪の犯罪者が収容される牢獄と言われている。
だが、俺はそんな環境の中でもこんなに楽しい、家族みたいな仲間達がいるこの空間が好きだ。
そんな事をのんきに考えていた俺は、その時自分に向けられていた視線には気付いていなかった。
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