人デナシ
楪(ゆずりは)
1.ユーティス牢獄
「暴れんじゃねぇ!」
朝四時。まだ瞼が重いこの時間に、一人の囚人が鉄格子をガタガタと揺らして叫んでいる。
「俺はここにだけは来たくなかった!嫌だ!元の牢獄へ返してくれ!!そこで無期懲役で良いだろ!?」
喚き散らす男の声は広い牢獄内によく響き、俺は耳を軽く押さえながら文句を言う。
「久しぶりにうるさい奴が来たな…。お前そう言うけどさ、ここに送られたって事はそんだけヤバい事したんだろ?しょうがねぇよ」
男はぐっと歯を食いしばり、悔しそうに目を背けた。俺は両手を腰に当てながら説教じみた文句を続ける。
「大体、無期懲役ならどこでも変わらないだろ。前の牢獄はそんなに待遇が良かったのか?」
「あわよくば減刑を期待してるんじゃないか?」
声のした方を振り向くと、同僚のオスカーが書類を片手に歩いて来た。
「減刑〜?いや、無理だろ」
「…ユーティス牢獄に…入った奴は、無期懲役か死刑しかないと聞いたんだ。そんなのごめんだ、せめて無期懲役でもここ以外の場所ならまだ」
「エドワード・パブロ。金品目当てに貴族一家十人を殺害、うち八人の臓器を違法に売買、盗んだ金品も換金し海外へ逃亡、逃亡先で逮捕…。こりゃ無理だろ、本当に」
オスカーの持って来た書類を読み、俺はため息を漏らした。金目当ての残虐すぎる犯行。しかも相手は貴族、よくやってのけたもんだ。
エドワードは舌打ちをし、独房の隅に座り込む。やっと大人しくなった。
「恨むなら自分の欲深さを恨めよ」
そう吐き捨てると、俺は静かになった廊下を歩き出した。オスカーも横に並んで歩きながら、収容されている囚人のリストをパラパラと眺めている。
「何か探してんのか?」
「いや…最近凶悪犯罪者が増えたと思ってな。物騒な世の中になった」
「なーにジジイみたいな事言ってんだ、昔から物騒だろ」
オスカーは頷き小さく笑うと、看守室の扉を開ける。すると中から最年少の看守、リックが慌てふためく声が飛び出して来た。
「わああっレオンさんっオスカーさん!そこ!行きましたぁ!」
俺とオスカーがきょとんとしていると、床からカサカサと嫌な音がする。
…嫌な予感を感じつつ、床に目を向けた。
「うおおおお!!うわっ!オスカー!頼む!」
「何で俺が…リック、殺虫剤を」
「そ、それが見つからないんですよぉ!」
奴から離れたいがために自分でも驚く高さのジャンプをした俺はリックの後ろに隠れ、オスカーに親指を立てた。オスカーはそんな俺を睨みながら奴と対峙する。
「オスカーさんならきっと…これでっ!」
リックがオスカーに新聞を投げ渡す。オスカーがそれを受け取ろうとした瞬間、奴は突然飛び上がり煽るようにオスカーの頭上をぐるぐると回り始めた。
「あっあいつバカにしてやがる!」
「オスカーさん!舐められてますよー!」
「ハァ…もう面倒になってきた…」
オスカーが苛立ちながら空中の奴と睨み合っていると、看守室の扉が勢いよく開いた。
「どけ」
開いた扉の向こうから低い声が聞こえ、オスカーが思わず扉から、奴から離れると…そこに銀色の光が一筋、サッと空を切った。
リックと俺、オスカーはおそるおそる床に目を向ける。するとそこには、無残な奴の死骸が転がっていた。
「…おぉ…助かった…」
顔を上げると、剣を鞘に収める俺の妹…ユリアの不機嫌そうな顔があった。
「害虫一匹で喚くな、女子か」
「だ、だってユリアさん、こんなに大きいんですよ!」
リックが死骸を指差しながら言う。ユリアは死骸を見つめ、呆れたようにため息をついた。
「…結局は虫だ」
「しかもこいつ、オスカーをバカにしたんだぜ」
「は?」
イラつきがMAXになったのか、短気で恐ろしいユリアは俺をゴミを見るような目で睨む。
「ふざけてる暇があったら兄貴を探せ」
「は?え?あ、兄貴?」
こいつ、妹とは名ばかりで俺の兄貴のギル…つまりユリアの兄でもあるギルは兄貴呼ばわりするクセに、もう一人の兄である俺の事は「レオン」と呼び捨てる。「お前」とか言われる事もある。気が強すぎる…。
俺も兄としての威厳を保つため、ゴホンと咳払いをしてから両手を後ろに組んで言う。
「兄貴に何か用か。代わりに副!所!長!の!俺が聞いてやってもいい」
「兄貴に用がある」
「つまり俺に用がある」
「チッ」
ユリアは舌打ちをすると、剣を鞘から抜いた。嘘だろ!?
「お前!何す…」
突然の事に驚き、思わず俺も自分の剣に手を掛けた。だが、ユリアの切っ先は俺には向かわず…さっき倒したばかりの害虫の死骸をぷすり、と刺した。
「…?」
こっちを睨むユリアは、そのままその体液滴る大きな死骸を…俺の眼前に突き付けた。
「うわあああおわおまお前やめろ!!馬鹿!人でなし!」
「シャーロット"所長"は…どこだ」
リックがひぃ、と声にならない悲鳴を上げ、オスカーはやれやれと言うように眉間を押さえて頭を振っている。
俺は横に移動し逃げようとしたが、ユリアも同じように移動してくるため下手に動いたら奴の死骸が…ぶ、ぶつかる。
この看守室はデスクだらけのため、走って逃げるのも難しい。
「…シャーロット所長は」
「あーーークソ!!今日はリナさんが来てて兄貴は俺達に構ってる暇はねーよ!!」
ユリアの動きがピタ、と止まる。奴の死骸をそのままゴミ箱に剣を叩き落とすと、時計を見ながら俺のデスクにあるティッシュで剣を拭いた。やめろ。
「リナさんはいつ来た」
「さっき来たばっかだよ…だから今はまだ兄貴も手はあかねぇだろ。んで、お前は何の用なんだよ」
ゴミ箱を覗き「うぇ〜…」と苦い顔をするリックがいたが、ユリアは俺に顔を向けたまま死骸の体液を拭いたティッシュを適当に丸めて、ゴミ箱方面に投げたためそれがリックの頭に乗り、リックの悲鳴が聞こえた。オスカーはそれを見て吹き出し、ドSのユリアは無視。
「この間入って来た死刑囚がうるさい。早く死刑にしてしまえないかと」
「はぁ!?お前ほんと怖いな…」
「飯を投げつけて来たり、備品を壊して投げつけて来たりする。何より精神的に参っているようで、いっそ楽にしてやるべきだとヴァイスも言っていた」
ヴァイスは医務員だ。囚人の体調管理や俺達の体調管理までしてくれる。
「ここは牢獄だぞ、楽にしてやるのは違う気がするが」
オスカーが悩ましげに口を開いた。確かに、ここに来たからには命を、又は一生をかけて償わなければいけない程重い罪を背負って貰わねばならない。だが無期懲役でなく死刑囚、おまけにこちらに攻撃を仕掛けてくるなら考え物だ。
「うーん…でも死刑囚だろ?防ぐようには出来てるが自殺なんかされるよりは…」
ここに来てユリアの話す奴のように暴れる奴は沢山いる。あまりに酷い奴には麻酔を打って眠らせたり、鎮静剤を打ったりするが、ユリアがこう相談して来たという事はそうした薬がすぐに覚めてしまう奴か、効きにくい奴なんだろう。あまり強い薬を打ってもそれで死んでしまう事もあるから、そういう奴には下手な事は出来ない。
「一応兄貴に確認取ろうぜ。そいつは誰だ?」
「アダム・ディラン。強姦殺人罪で死刑囚」
「…よし、ユリアとリックは兄貴を探して、話せそうなら話して来てくれ。俺とオスカーは奴の元へ」
「ああ」
「分かった」
「了解です!」
リックはユリアにぶつぶつ文句を言いながら二人で看守室を出た。廊下からユリアの舌打ちが聞こえた後、リックの文句は静かになった。
「さて、俺達も行くぞ。新人ならあそこだろ」
「そうだな」
俺とオスカーも部屋を出ると、早歩きで新人囚人のいる部屋へと向かった。
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