第20話 パトカー


・・・だめだ。こんなところで倒れてしまうなんて。




いつか本で読んだ。

悲観的な考えでいると、本当に悲劇を呼び寄せてしまうって。




英司のように明るくいなきゃ。




もし私が今ここから思考を変える努力をすれば、この状況が何かの間違いだったという新たな真実が生まれるかもしれない。




そう。だいたいあの元気な英司が亡くなるなんて考えられない。




まだ結婚前に、

「昨日はこの真冬に髪を乾かさず布団もかけず、うたた寝したまま朝を迎えたんだよ」と話していたっけ。


「それでよく風邪ひかなかったね」と言うと、「俺、丈夫が取り柄だから」と笑っていた。





そうだ。どうして私は咄嗟に信じたりしたんだろう。あの英司が亡くなっただなんて。




きっと、英司が考えついたサプライズなんだ。


英司はそういう風に私を心配させたり驚かせた後、おどけて「嘘だよ」と言ってはホッとさせる悪趣味なところがあったもの。





でも今、話している電話の人は誰?ずいぶん手がこんでる。



そう思いながらも、私の精神は少しずつ落ち着きを取り戻してきた。





「我々がご自宅まですぐ迎えに行きますから、そこで少し待っててもらえますか?」




声の主が訪れるまで、


(『我々』って?まだ人がいるの?)




英司が手をかけすぎなことに違和感を持った。



(いったい、どうやってその人たちと知り合ったんだろう?)

と、その答えばかり探し求めた。





英司は人なつこくて誰とでもすぐに友達になるので、ご近所の40代のご夫婦にも可愛がって頂いていた。


私も招かれて一緒に食事をしたこともある。

そういう人たちが、他にもまだいたんだ・・・。





そう言えば冗談好きの英司は出かけるふりをした後、すぐにドアを開けて戻って来て私を驚かせたことがあった。



今日も休日出勤だなんて騙して、また私をかつごうとしてるんだろう。




もう悪い冗談だけは2度とやめてほしいことを伝えなきゃ・・・。






そのとき、ピンポンとインターフォンが鳴ると同時に、ドアをドンドン叩く音がした。




「沢田さん!大丈夫ですか?」という声。




そろそろとドアを開けると、私の顔を見て心から安堵の表情とため息をもらす、優しそうな男性が2人。


不思議と警官の格好だということは、全く頭に入ってこなかった。




「良かった、あなたまで死んじゃったら旦那さん浮かばれないからね。若いんだから旦那さんの分まで頑張って長く生きなきゃだめだよ」




返事に困った。


もうお芝居って分かってるんだけど、あまりにも必死な演技だから、「もう気付いてます」って言うのも申し訳ない気がした。





とにかく、早く英司に会いたいと思った。




「あの・・英司はどこにいますか?」

人前で「主人」と呼ぶことすら思考から飛んでいた。





何だか色々と考えがまとまらず、自分でも(今日の私、おかしいな)と思った。





「ご主人ね、ここから数百メートルほどの場所で電信柱に頭を強打したんです。

現在、そこで身体をよく調べている段階で、まだ警察署の霊安室には運べていない状態なんです。

とにかく事故現場まで向かうので、車に乗って下さい。大丈夫ですか?」





玄関の扉が開いたときに視界に入ってきたのは、家の前に停められていたパトカー。





もしかして・・・これはサプライズじゃないの?やっぱり現実なの?





パトカーという物体に寒気がして、今まで出したこともない悲鳴をあげそうになる。

口に手を当て、それを必死の思いでにおさえた。






ひとりの刑事さんに支えられながら階段を降り、パトカーに乗った。




流れる全ての景色は色を失っていた。



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