第19話 あの日
12月の街にはクリスマスソングが流れる。
様々なお店のショーウインドーは愛らしい飾りつけであふれている。
道行く人々の表情も明るい。
英司が亡くなったあの年も、キラキラ輝くイルミネーション、陽気なサンタクロースの歌、人々さえ人形のように思えるぐらい、街中すべてがすっぽりと巨大なスノードームの中に包まれているかのような幻想の世界にあった。
クリスマスまであと5日だったあの日。
土曜日なのに、英司は休日出勤することが決まっていた。
普段通り、英司を1階まで送った。
「今日も寒いね」
「詩穂、それ昨日の朝と同じセリフだよ?
っていうか一昨日も同じこと言ってた(笑)」
「ホント?寒いの苦手だからかな。もっと語彙力増やさなきゃ(笑)」
「俺を見習ってな」
「英司はお喋りなだけでしょ(笑)?」
「じゃ、行ってくる」
「うん。気をつけてね」
「それも同じセリフ!半年間言い続けて、よく飽きないよな(笑)」
「それは意識して言ってるの。時間に余裕はあるからあんまり急がないで。特に今日は道路が滑りやすくなってるから」
「はいはい。じゃあな」
「うん」
いつものように角を曲がるまで英司の背中を見送った。
平日じゃないということを除けば、いつもと寸分変わらぬ朝の時間だった。
ひとり部屋に戻った私は、食器の洗い物を片付け、洗濯機を回し、窓を開けて掃除機をかけていた。
そのとき、携帯が鳴った。
あれ?知らない番号だ。
ちょっと、出るのはやめて様子を見てみよう。
再び鳴る。
間違い電話?
出た方がいいものか躊躇する。
でもやっぱりやめておいた。
3度目が鳴った。
何だろう。
今日英司が帰って来たら、よく知らない番号から電話があったこと、もし忘れてなければ話してみよう・・・。
3度目が切れるとすぐに家の電話が鳴った。
その音に思わずビクッとしてしまうほど、何だか嫌な予感がした。
何かあったのかもしれない。
もし何かあったとすれば、なぜか英司の身についてとしか思えなかった。
だめだめ。
私はすぐ物事を悪い方に考えてしまう癖があるんだから。
普段から英司にも言われてるじゃない。
『ほら詩穂、また不安顔になってるよ』
『ちょっとは俺を見習えよ』って。
そうだよねバカみたい。
何かあるわけなんかないのに。
そうは思っても受話器をとる手が少し震えてしまった。
「はい沢田です」
「沢田英司さんの奥さんですか?」
見知らぬ中年の男の人の声。
その声は「警察署の者」だと名乗った。
(警察?)
「いま、他にどなたかいますか?」
(ああ、何か悪いことに違いない)
「・・いえ」
「奥さん、まだ新婚さんだろうね。可哀想だけど落ち着いて聞いてもらえますか?」
このとき、あるとても不吉な予感が浮かんだ。
どうか、このろくでもない予感を打ち砕いて。
英司、『またお前、悪い想像してんの?本当ばっかじゃねーの?」って言って。
心臓がはやり胸が苦しい。
返事のできない私に、声の主は残酷な言葉を告げた。
「ご主人が、亡くなられたんです」
ごく普通の奥さんなら、まずは「信じられない」という感情が芽生えるものかもしれない・・・と想像する。
けれど根暗の私はすぐに、
(ああ・・・そうなんだ)と、すぐに受け入れがたいこの悪夢のような出来事を「現実」のこととして認識してしまった。
自分の中から、この小さな家の床に立っているという感覚が消えた。
足元が不安定でふらふらする。
頭の中身が豆腐のようにぐにゃぐにゃになって、水が染みて潰されてしまいそう。
返事を返すこともできない。
まともに立っていることもできない。
後ろ向きに倒れそうな感覚を覚えた。
咄嗟に家の床が金属でできていたらいいと願った。
頭を強く打って、そしてこのまま私を死なせて欲しい。
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