第18話 寂しさ

その頃は、携帯が世に出回る数年前だった。



先に親に出て欲しくなくて、家に帰ってからの詩穂は電話のベルに耳を研ぎすませた。




そろそろ夜10時。

もうかかってくることはないかな・・とお風呂に入ろうとした9時58分。

ベルが鳴った。




英司からだった。



「もしもし。鈴木です」



「あ、詩穂ちゃん?俺」



「うん」




電話を通した英司の声は低音で、素敵で・・ドキドキした。



「そう言えば詩穂ちゃんにさ、俺の名字伝えてなかったよね(笑)」



「うん」



「俺は沢田。実家は近いけど大学のそばにひとり暮らし。なぜならうち大家族で俺の居場所も部屋もないから(笑)」



「大家族なの?」



「うん、今どき5人兄弟。信じられる?」



「そうなんだ」



「詩穂ちゃんはさ、『じゃあ寂しくないね』って言わないんだね」




「え?だって寂しい、寂しくないって家族の数と比例するわけじゃないでしょ(笑)?」




「そう!その通り!そうなんだよ。

親から真剣に話を聞いてもらえなかったり、兄弟多いからこその寂しさってずっとあったのに、しょっちゅう周りが『寂しくないね』って言うもんだから、親もそれで納得しちゃってさ。

近所にじいちゃんばあちゃんまでいたし、親戚、いとこ、友達がたくさんいても、何か俺はすぐ寂しくなるほうだな」




「うん。分かる気がする」




「・・・たぶんそういうのきっと親の育て方の問題だよな。

詩穂ちゃんは?大学ではひとりでいるわけじゃないんでしょ」




「親友はいるけど、その子がいないからって、じゃあ今日は別の子といよう、みたいなことが昔からできないの。不器用なのかな。それに、ひとりでも大丈夫なところがあって」



「つえー」



「そうかな。そんなことないよ、たぶん逆だよ。人間が束になるとそこにはその数ぶんの考えがあるから、必ず摩擦や衝突が目には見えなくても水面下では大なり小なり起きるでしょ。

そういうことを察したり、そうならないために言葉を選んだりってすることが疲れちゃうの」




「ふうん。俺はひとりでいるぐらいなら、ま、多少考えが違ってもここは合わせとくか!ってなるけどね」




「私は結構頑固なのかな。今、初めて気付いたけど(笑)」




「俺は逆にノリで生きてるとこあるよ。不器用っていうのは1度も言われたことないな、要領がいいとか調子がいいとかなら、これまでに何回もあるんだけどさ。

あ、だからって俺のこと、軽いだけのやつ!みたいに受け取らないでくれよ(笑)

でも・・何か俺ら色々正反対だね」




「うん。そうかも」





ふと、英司も寂しい家庭で育ったのかなと思った。




そのときの予感は、あなたを知るにつれ確信に変わっていくのだけど。





それこそが英司と私を繋いでいた唯一の・・・そして大きな共通点だったんだよね。






空を見上げると思うよ。

英司、そこから見てる?寂しくない?って。




花を見ると思う。

英司、綺麗だね、私の心の中にいつでも英司は住んでるから、私の目を通して見つめた花はきっと私の心に咲いて英司の目にも触れられるねって。




美味しいものを食べてもそう。

和食が大好きだった英司。

健康のためにやっぱり和食はいいね。教えてくれてありがとうって。





時が経てば亡くなった人の記憶は、日一日とだんだん薄れてゆくなんて、嘘。

少なくとも私の場合は。





もし亡くなったのが私で、残されたのが柔軟性に富む英司だったら、とっくに私のことは過去の人になっていたのかな。





毎日話す。心の中の英司に。




もう息子でもおかしくない年齢のままの英司に・・・。



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