第17話 夫との出逢い


英司との出会いは大学3年の冬休み。運転免許の教習所だった。




瀬戸ちゃんが免許を取って、その運転する姿に憧れたのがきっかけで通うようになった。





私は単独行動が苦にならない・・というより人といると気を遣って、家に帰るとどっと疲れてしまうほうなので、「大勢で行動を共にする」という経験は少なかった。





でも人なつこい英司は反対の性分。

いつもワイワイと大学の同級生なんだろうか、仲間と一緒だった。

教習所のすぐ近くに大学があったから、きっとそこに通う子たちなんだろうなぁ・・と察しがついた。





ある日、技能講習のキャンセル待ちをしていると、珍しくひとりでいる英司に声をかけられた。



「ねえ、いつもひとりじゃない?」

屈託のない笑顔を向けられドキッとする。



私は自分から人に話しかけられる性格じゃない。 だから初対面の人間を相手に声をかけられる人なんて、それだけで尊敬してしまう。




声を発するでもなくただ頷いた。





「俺と同じ大学生?」



「うん・・・3年生」




「えっ!!マジで?俺よりひとつ上なんだ」


目が飛び出しそうに驚いてる顔が可愛いと思った。



表情がくるくる変わる、愛嬌がある人だなって思わず好意を持った。




「俺は〇〇大の2年。みんなに『えーじ』って呼ばれてるからそう呼んでよ」





英司は飲み終えた紙カップを手にしていて、そのままの位置から、わりと遠目のゴミ箱に見事命中して入れた。

そして私のほうをくるっと振り向くと、再びにこっと笑って「またねー」と言った。





そして、背の高い後ろ姿でスタスタ数歩あるき、また振り返ると言った。



「良かったら免許の最終試験、待ち合わせして一緒に受けに行かない?」




県内とは言え、試験場はこの町から離れていて、気軽に出かけられるような距離ではなかった。




そんな場所に突然誘われるなんて、からかわれてるのかもしれない・・と思わず警戒した。




ただその後、彼が「2人で行こうよ」って言ったわけじゃないことにも気付く。




いつもひとりでいる暗そうな私に、自分の仲間たちの中に入れてあげようと思われただけかな、と思う。





でも何となく英司は最後の一言は覚悟を持って言ってくれたような気もした。




もしかして、からかうわけでもなく本気で誘ってくれたのかな。






その日、 私は新しい恋に落ちた。


ふわふわした雲に乗っているみたい。 足取り軽やかに帰宅した。




普通にしてるつもりでも、どこかソワソワしてるのが自分でも分かる。


鋭い妹にすぐ指摘された。


「ねえ、お姉ちゃん。何か落ち着きなくない?」


下を向いても笑みがもれてしまう。

完全に怪しまれる。





「りぃちゃん、来て」

妹を部屋に呼び寄せ一部始終を話してみた。




りぃちゃんの反応はこうだった。

「うーん、それ突然すぎない?ちょっと怪しいかも」



「え、そう?・・・そっか。やっぱりからかわれてるよね」



「ニュアンスまでは分からないから、微妙なとこだけど・・どうなんだろうね」






そうだよね、りぃちゃんのような美人ならいざ知らず、あんな今どき風の格好いい子が、私なんて相手に真剣に声をかけてくるなんてことないか・・・。





膨らみかけていた気持ちは、すっかりしぼんでしまった。

咲き誇る桜が固いつぼみに逆戻りしてしまったように。






数日後の格別に寒い日だった。


教習所の廊下の窓から雪が舞う様子を見ていた。




するとトントンと後ろから肩を叩かれた。振り返るまでもなく相手は英司だって分かった。




ここには英司しか知り合いもいなかったし、背の高い雰囲気が伝わってきたから。





振り向きもしてないのに英司はお構いなしに話してくる。


「学科の勉強、進んでる?」



そっと振り返ると彼を見上げ、「まだあんまり・・。あの・・それじゃあ」と言うと、「え、ちょっと待ってよ」と、彼は私の腕をつかむ。



どうしていいのか分からなくて、無言のままの私に英司は言葉を続けた。


「はっきり言っていい?」





(いったい何を言われるんだろう。

この子たちのグループに何かした覚えもないけど、知らない間に失礼な態度でもとってしまったのかな)




自己肯定感の低い私は、面と向かって「言いたいことがある」なんて言われたら悪い想像しかできなかったのだ。




不安な気持ちで言葉を待つ。





英司は言った。


「一目惚れしたんだ」



すぐには理解できなかった。

でも次の瞬間やっぱりからかわれてると思った。




私は別に何も迷惑なんてかけてないし、悪いこともしてないじゃない、なのにこんな風にからかわれる対象にされるなんてあんまりだと思った。




「聞いてる?」



「・・からかってる?」



「からかってなんかないって!!」



英司はよく通る声質で、それは驚くほどの大声だった。



びっくりして思わず顔を上げると、怒り顔の英司と目が合った。




「本当だって。ひでーよ、せっかく1ヶ月間、何て告白しようか迷ってやっと言ったのに」




その顔を見て、この人に嘘はないって思えた。





正直に聞いた。


「学校生活やアルバイト先で私の人となりをじっくり知ってくれてから好きになってもらえるならまだ分かるけど、私、会話もかわしたことのない男の子から好かれるようなタイプじゃないと思うんだけど・・。


存在感がなくて、これまで告白なんてされたことも1度もなかったし」




「そんなことないよ、今までそうだったなら俺ラッキーだね。

名前は鈴木さんだよね。鈴木さんさ、色が白いよね。俺、自分が黒いから白い子が好きなんだ」




子供のころから、周囲の大人たちに何度か「色白は七難隠すからいいわね」と言われた経験はあった。

けれども、日々「七難のない容姿」の妹を目にして育った私にとって、それが褒め言葉だという認識はまるでなかった。




「あと、もうひとつあった。俺、自分の話を丁寧に聞いてくれそうな雰囲気を持ってる人がいいんだ。とにかく鈴木さんのことすっげータイプだから」



英司はそこまで一気に話すと、やっと一息ついた後、意を決したように言った。


「・・・下の名前聞いていい?」




「うん。詩穂だよ」

素直に応じることができた。





私の方こそ、あの初めて英司が声をかけてきてくれた日、その光輝くような笑顔を向けられた瞬間に一目惚れしたんだよ。





「連絡先も聞いていい?」




私は再び素直に頷いた。





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