第16話 失恋



翌朝、早速瀬戸ちゃんに告げた。


「今週末のお昼、岩井くんと学食で待ち合わせすることになったよ」と。




瀬戸ちゃんは満面の笑顔と、私めがけて飛びついてくる勢いで言ってくれた。



「やったー!!ねっ、私も挨拶していいよね?」



「もちろん。瀬戸ちゃんが一緒にいてくれるなら、こんなに心強いことはないよ」






ドキドキを通り越して、胸が痛くなるほど緊張の連続だった日々が過ぎ、いよいよ週末当日。





12時より少し前に学食に着いた。

彼は、まだ来ていない。




携帯なんてない時代。

(迷ったりしてないかな?)と心配になる。





隣の瀬戸ちゃんは矢継ぎ早に質問してくる。



「ね、どんな人?丸顔?面長?色白?色黒?

何色の服を好んで着てそう?

1年前はどんな髪型だったの?

あー、詩穂の緊張感がこっちにまで伝わってきて、落ち着いていられない!」




瀬戸ちゃんがあまりにもハイテンションなので、逆に私のほうが落ち着いてきたぐらい(笑)




そこに、人だかりをかき分けるように、小柄な岩井くんが現われた。




「鈴木さん」



「うん。ここ」



「誰?鈴木さんの友達?」



「うん」



「瀬戸真弓です。よろしく!」



「元気いいねぇ」



岩井くんの瀬戸ちゃんをを見る目は、好意的まに見えた。




気難しい彼と、今までこんなにすんなりと会話が成立した人、私自身も含めて心当たりはなかった。



やっぱり瀬戸ちゃんは、人とのコミュニケーションが得意なんだなぁ。と実感した。




「何か、鈴木さんの友達としては意外だね」




間髪入れずに瀬戸ちゃんは聞く。

「何でよ、私が友達で何か文句ある(笑)?」




「いや、君のほうは全身から『私、青春してます!』ってオーラが出てるから」




瀬戸ちゃんは不服そうに言った。


「20歳で青春してたっていいじゃん。別に青春は10代だけのもの!って決まりはないでしょ?

それに詩穂だって毎日充実した生活送って、ちゃんと青春してるよね!」




少し笑って曖昧に頷く・・と同時にちくっと胸が痛んだ。



(私は青春とは縁遠そうって言われたんだよね・・・)


気持ちが暗くなる。






岩井くんは、芸術家の卵だけあって着眼点が細かく、人よりナイーブな面が多々見受けられた。




人の好き嫌いもとてもはっきりしていたし、一切の妥協を許さず、それが皮肉や毒舌となってストレートに人の痛いところを突き刺す、という場面にも何度か遭遇した。




誰にだって構わず思ったことを言うものだから、女の子受けは特に散々だった。




「あんな男だけは付き合いたくない。嫌味気質だもん」



「常に上から目線だし」



「カチンとくること言うのも日課だしね。本当嫌なやつ!」





そんな会話を聞いても、



つい両親や転校先のクラスメイトの顔色を先読みしては、無難にその場をやり過ごすことで精一杯「平然」を装ってきた臆病な私にとっては、いつでも嘘偽りのない彼の激しいまでの直球の物言いすら、本能のところで羨ましくたまらず、そして惹かれずにはいられなかったのかもしれない。




でも、この美しく黄一色にそまった銀杏並木の中で再会した瞬間、彼の目を見たときに、これもまた本能のところで、はっきり悟ってしまった。




「彼が私に惹かれることは、未来永劫、絶対にない」ということを。





紙袋を持つ手に力が入らなくなって、今にも落としてしまいそうな錯覚が起きた。




慌ててぎゅっと力を込め握りしめた。






瀬戸ちゃんと2人で岩井くんに、学食で1番安くて美味しいと評判のカレーを紹介した。


岩井くんは「これは安い!君たちの分ぐらい出させてよ」と、断る私たちに有無も言わさず!という勢いでおごってくれた。





カレーを食べながら岩井くんは、私の存在なんて透明人間かのように、瀬戸ちゃんだけを見ると言った。



「瀬戸さんって、声が大きくない?

俺の倍の声量はあるって!何かさぁ、生命力のかたまりって感じだね」




「もう!さっきから青春女とか生命力とか、色々決めつけすぎだよ。決めつけられて嬉しい人って少ないと思うよ」




瀬戸ちゃんが少し不快に思ってることが伝わってきた。

でも(詩穂の想い人なんだから・・)と、表には出さないように頑張ってくれてる。




瀬戸ちゃんを傷つけるわけには絶対にいかない。私は(ちゃんと2人の真ん中に入る役割をしなくちゃ!)と誓った。





けれどいつになく饒舌な岩井くんは、どんどん続ける。



「それにしても君たちって、2人そろって高校生にしか見えないね。女の魅力がないというか、色気がないんだよなー。


俺、絵を描く人間っていうせいもあると思うけど、偏りのないパーフェクトな女しか納得がいかないんだ。

ほどよく肉付きがよくて、かと言って下品な色気は醸し出されてないこと。

内面的には、わーわーとテンションが高すぎるのは疲れるし、かといってジメッと暗いのも無理。


君たちとは違って、何事にもバランスのいい人が好みだってこと。



ま、君らは自分を飾ったり取り繕ったりする姑息さはないから・・・つーかそれは、ただ単にそんなスキルがないのが理由なんだろうけど、自然体なとこはいいんじゃない?


あ、当たり前だけどそれはあくまでも恋愛対象としてじゃなく、友人としてね」





返す言葉が思いつかない。

ショックを受けた私のために、瀬戸ちゃんは言ってくれた。



「だから、あれこれ分析されたくないって言ってるじゃん!いくら子供っぽいと言われたって、こう見えても私にはちゃんと彼氏がいるんだから」




「俺は芸術家の端くれだから、いつでも人の外見も内面も深ーく分析する癖がついてるんだよ。

それに俺だって彼女いるしね」





決定的な言葉。





考えてみれば、そうだった。


私は本当に抜けていた。

なぜ岩井くんに特定の人がいる、いない・・・そんなことさえ知ろうとせず、ひとりよがりの世界にひたっていたんだろう。





何か言葉を発さなければ、2人に気を使わすばかりだと焦りながらも、私にできる精一杯のことは、うつむいてカレーを食べるのに集中すること以外に思いつかない・・という情けなさ。





そんな様子の私をかばって瀬戸ちゃんが話を振ってくれる。



「ふうん。どんな彼女?

悪いけど私はその人の気が知れないなぁ。だって、詩穂に作品のお礼言うの忘れてる人だもん。早くありがとうぐらい言ってあげてよ」




きっかけをくれた瀬戸ちゃんに感謝した。

「渡しそびれてたよね。はい、これ・・・」




「どうも!瀬戸さん、見た?俺はちゃんと渡されたタイミングでお礼言おうと思ってたんだよ(笑)」





岩井くんは、袋からあの鷹を取り出し、まじまじと見つめた。

その目は真剣で、やっぱりそういうところが素敵だとときめいてしまう。




「あの・・・岩井くんの彼女ってどんな人?」勇気をふりしぼって尋ねてみた。




「大人っぽい人。年上」




瀬戸ちゃんがすぐに言った。


「でしょうね、あんたなら。よっぽど包容力のある人しか相手にできなそうだもん(笑)

あーあ、芸術家って初めて話したけど、面倒くさいんだねー。

私や・・・詩穂はもっと気楽に付き合えるような男の子がいいよねー!?」




私が惨めな立場にならないよう、必死で守ろうとしてくれる瀬戸ちゃんの優しさが身にしみた。




岩井くんは皮肉そうに笑いながら、私たちに質問を投げかけた。



「年上って聞いて単純に君たち、まさか2、3歳上を想像してないよね?」




まさにそう思っていた私たちは、顔を見合せ思わず口をつぐんだ。




勝ち誇ったような顔をした岩井くんは言った。


「俺の彼女、18歳上なんだよ」



8歳・・・でもなく18歳?

驚きを隠せないのは瀬戸ちゃんも同じ。




岩井くんは、そんな様子の私たちなど意に介さない様子で言う。



「俺、昔っからそれぐらい上の人しか恋愛対象になんないんだよ。自分で言うのもなんだけど、周りの連中に比べて精神年齢高いからさ」




瀬戸ちゃんが即座に、つっこみを入れた。

「え?低いの間違いじゃなくて?」





「何だよ、それ(笑)昔から高いんだよ俺は。同年代に惹かれたことなんか1度だってない」





・・・人一倍、人の心が読める敏感な彼は、きっと私の気持ちに気付いてる。





気付いているからこそ、全くタイプじゃない私に深入りされぬよう予防線をはって、もしかしたら「架空の彼女」の話を持ち出したのかもしれない。




でも「架空」だろうと「実在」だろうと、彼にとって私の想いは負担だということに違いはないんだ。




そう思うと、今にもカレーの上に涙がこぼれ落ちそうな心境に陥った。





好きな人に同じ気持ちで応えてもらえる。

それは一体、どれほどの幸せなんだろう?



瀬戸ちゃんも経験している、そんな幸福がいつかは私の元にも訪れるんだろうか?






今、私は岩井くんに失恋した。





・・・けど大丈夫。

20年間、私の身に輝かしい出来事は起きなかったんだから。


奇跡的に想いが実るより、片想いのまま木っ端微塵に終わってしまうこと。

そのほうが私らしい通常運転。



(何てことないことだって思おう)



そう自分に言い聞かせると、真横で心配そうに私を見守ってくれている瀬戸ちゃんのほうを見て、(大丈夫だよ)と言うように笑顔を向けた。





真ん前には岩井くんの顔。

目が合った。




岩井くんは、じっと私を見た後、瀬戸ちゃんに言った。



「ちょっと鈴木さんと2人で話したいから、席外してくれる?」




咄嗟に瀬戸ちゃんが私を見る。

私は頷く。





瀬戸ちゃんは最後まで心配そうに私を見つめながら席を立ち、そして何度も振り返りながら、徐々に・・・やがて完全に遠ざかってしまった。




恋い焦がれた岩井くんと、うちの学校の学食に2人きり。

それがとても不思議なことのような気がしてくる。




開口一番、岩井くんは言った。


「あのさ。ズバリ聞くけど鈴木さん、俺に気があるんじゃない?」




(どう答えよう??)

長く迷う時間はなく、彼から目をそらしながら頷いた。


「でも私、諦めるから」





「うん。そうしてくれると助かる。

たとえ彼女と別れることがあったとしても、俺が君と付き合うってことはないから。

はっきり言うけど、俺は君に好かれたら迷惑だからって言いたかったんだ」





ズキズキと胸が痛む。



「しつこくするつもりは全くないから、安心して。

でも、よかったら聞かせてくれる?私のどういうところが好きじゃない?」




「え、そういうのって言葉じゃないよ、相性でしょ。でも、どうしても分析しろっていうなら、鈴木さんってどことなく覇気がないじゃん?


最後に会った日の『うちも家庭環境悪い』って言った言葉、最初は俺に合わせただけだと思ったんだけど、バスの中で、そう言えばあの子、笑ってても目の奥が暗いし、腹の底から笑うって感じでもないし、あ、あれ本当なんだろうなって思えた。


俺自身が根暗だから、たぶん君の思いとか話を聞けば通じるものがあったり、理解もできると思う。

でも、俺はそれを望んでないから。


君からは依存心の強さが醸し出されてるから、俺に寄りかかってこられたらやべーって感じなんだよ。

要するに、俺自身も救われたいわけ。その相手として君では役不足ってこと。


ま、20歳女子じゃ、それで仕方ないとは思うんだけどさ。



俺は酸いも甘いも経験して、それをもう乗り越えたところにいる。そんな大人の女の人に惹かれるから」





岩井くんが、自分の思いをしっかりと伝えてくれたことに感謝した。


私の想いに気付かないふりをして、うやむやにしてしまえばいいものを、やっぱり彼は根がとても律儀で嘘やごまかしのない、素敵な人だなと思った。




でも彼とは、私が同時期にバイトを辞めたことすら知られていない仲で終わろうとしているわけだし、私は「教えてくれてありがとう」と伝えると、それ以上は何も返す言葉もなく会話は終了した。





それでもなぜか、私の心はもやが取れた様に晴れ渡っていた。






彼はそのまま帰るからと言って、


「俺のこと怒ってるだろう瀬戸さんにもよろしく(笑)

あ、でもさ、あの病院で働いてたバイトメンバーの中では、鈴木さんだけがまともな子だなっていうのはずっと思ってたよ。これ本当だから。そうじゃなかったらわざわざこんな物を取りにも来なかったし。じゃ元気で」





もしかしたら、今日の彼は最初からずっと、わざと悪役を演じてくれたのかなと思えた。



もちろん、私にのめりこまれたら困るという自己防衛もあったと思うけど、私の立場でも不毛な恋より、次に好きになれる人を探しやすいように・・・。



彼を好きになって良かった。心からそう思えた。





しばらくボーッとしたまま座っていると、瀬戸ちゃんが様子伺いに学食まで戻って来てくれた。




涙ぐみながら、「詩穂、2人きりにして大丈夫だった?」と言ってくれる。


思いの外、私のにこやかな表情を見て安堵して・・・そして彼女は、これでもかと言うほど岩井くんの悪口を喋り始めた。




「もう、詩穂の好きな人なんだから!って、何度も我慢したけど、詩穂あんな男やめといて正解だよ。彼女がいてよかったぐらい。

詩穂にはもっとずっと優しくていい人が必ず現われるから!」





「ありがとう。でも彼、最初の印象があまりよくないんだけど、本当は悪い子ってことないんだよ。

でもごめんね、せっかく付き合ってくれたのに瀬戸ちゃんにも嫌な思いさせちゃったし、応援してくれてたのに恋も実らなくて」





「そんなの全然いいんだよ。

もちろん詩穂が好きになった人だし、嘘のない悪いだけの人ではないと思う。

でも・・・でもやっぱり腹が立つ!私たちを子供扱いしたり、私の大事な詩穂にもズケズケ言ってー。今から学校の門に塩でもまいてやりたいぐらい」






瀬戸ちゃんがあまりにも怒り続けるので、失恋の哀しみも癒やされる思いがした。






学食のざわめきが返ってくる。




悲しいはずなのに心は清々しくて私は作り笑いじゃない、本物の笑みすら浮かべていた。






きっと失恋は立ち直れないほど苦しいことなんだ、だから恋なんて怖すぎてできるわけがない。

したとしても、絶対相手のほうから私を好きになってくれた場合のみで、しかも、その人の人柄が完全に分かるまでは心を開かずに警戒していよう・・・昔からそう決めていたのに。




でも、なーんだ。

失恋って、立ち直れないほど辛いことでもないんだね。





怖いと思えることには全て予防線を張って、関わらない・動かなかいことが何よりだと思ってきたけど、そうじゃない。





むしろ経験しないことで、人はもっともっとそのものに対する怖さが倍増するものなんだね。




この失恋より痛くない失恋なら、これからも全然ありだって胸を張って思える。



そんな風に一歩、私の心を強くしてくれたのも、岩井くんとの出逢いのおかげ。





次の恋に進める気持ちをプレゼントしてくれた岩井くんに、感謝の気持ちでいっぱい。



ありがとう、岩井くん。



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