第8話 妹

その数週間後、再び理佐がやって来た。

私の好きなお店のクッキーを手にして。





2つあった店舗のうちの1つは実家のそばにあったのだけど、震災を機につぶれてしまい遠方のほうだけが残った。




理佐はわざわざそこまで出向いてくれたのだ。




花の形で花芯の部分が赤いジャムになっている、とても愛らしいお菓子。

毎日この商品を目当てに行列ができて、小一時間は並ばないと入手困難なクッキー。




理佐は私の持病をよく理解して、なかなか買いに行けない事情を分かってくれていたのだ。

その気持ちが本当に嬉しかった。




しかも彼女の辞書には「恩着せがましい」とか「押しつけがましい」という文字が全くなかった。



「電車じゃなくて車で行ったの。山越えすればすぐだし、ちょうど用事もあったから」




いつだって、相手の負担を軽減する言い回しのできる理佐を姉ながら尊敬していたし、

それでいて、人から面と向かってお礼を言われることには照れてしまう性格で、照れ隠しの言動も多かった。

そんなところを可愛いとも思っていた。







「ねえ、この家って私以外のお客さんが来ることってあるの?」


「うん」




私が挙げたメンバーを最後まで聞かず理佐は笑った。




「ほとんど、えーちゃんの友達ばっかりだね」


「本当だね(笑)」




理佐は義兄に当たる英司のことを、親しみをこめて「えーちゃん」と呼んでいた。





友人とは「狭く深く」付き合うタイプの私とは違い、英司は「広く深く」をモットーとしていた。



そして理佐もまた、男女問わずたくさんの友人がいる子だった。




逆に詩穂は人見知りしがちで、それと同時に親に心を開いたこともなかった。



「親に対して」という面に関しては理佐も同じだったのだけど。





両親からのスキンシップ。それが圧倒的に欠けた家庭に育ったなと思う。




父はいつでも仕事優先の人だったから、物心ついたころから父と娘たちは、ぎこちない関係性。




母の関心事はいつも外を向いていて、

詩穂も理佐も「人に迷惑さえかけなければ好きなようにしてていいから。その代わり絶対に親の手を煩わせることはやめてちょうだい」と言われ続けた。





そう言われて、もしかしたら自由に伸び伸びできると喜ぶ子供もいるのかもしれないし、寂しさを感じる子もいるだろうし、子育て本には「過干渉」と「無関心」は子の心を蝕むと書いてあったりするけれど、子供ひとりひとりの思いは違うのだから、度が越えていなければ一概に正解は出せないんじゃないかな、と私は感じている。



だから母が「絶対に間違っている」なんて断定はできないのだけど・・・。





それでも、少なくとも何か困難にぶち当たったとき「両親を頼る」という選択肢が一切ない家であったことは事実だった。






詩穂と理佐は、性質も物事のとらえ方も生き方も違っていた。

パカンと一人の人間が二人に割れたように真逆。



好きな色、洋服、食べ物などもほとんどかぶらない。





けれど両親に対する感情と、お互い物理的に密着していたくなる温もりの恋しさ。

2人でピッタリくっついていると、とても安心できるという気持ちだけは重なっていた。




「えーちゃんとお姉ちゃん見てると、結婚っていいなーって思う。

私も寂しがり屋だからいつかは結婚したい。けど、それはまだまだ先の30前ぐらいでいいかな。それより、独身じゃなきゃできないやりたいことがたくさんあるし」





理佐は文武両道で、誰もが知る大学に通っていた。




父も母も、もっと遡れば祖父母も頭脳明晰だったのだから何の不思議もない話で、むしろ家系の天分を受け継がなかった詩穂の方が不思議なぐらいだった。




「りぃちゃんには可能性がたくさん繰り広げられてると思うよ。

才能とか行動力とか、自分の生き甲斐を見つけられる人はそういないんだもん。がんばってね」





知性だけではなく理佐は、道行く人がすれ違いざまに2度見するような美貌にも恵まれていた。




ぱっちりとした大きな目。高い鼻、薄くて形のいい唇。誰が見ても、サイズに狂いのない陶器を完成させたかのように整った美形。


にも関わらず、気取らず冗談もうまい。




本人は「黙ってると冷たそうに見られるのが悩み」と言っていたけれど、中高生の頃から、ひっきりなしに男の子から告白の電話がかかり、自主性に任せる主義の父親は「娘はいません!」なんて野暮なこともせず、理佐はハタから見てもまぶしいほど青春を謳歌している女の子そのものだった。






詩穂は昔から唯一無二のこの妹が大好きだった。両親が素っ気ない人たちだったので、その分、余計に妹に固執してしまったのかもしれない。




口にはしないけれど、(私たちは2人で1人の人間だよね)とか(前世からつながっていた気がする)なんて思うほどに愛していた。







・・・りぃちゃんの苦悩、悲しみに何ひとつ気付きもしないで。





浅はかで無知で、とんでもなく馬鹿な私。

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