第7話 誕生日会

英司の誕生日会は休前日の夕方に決まった。





おかしな彼は、「パーティーメニューと言えば中華でしょ!」という根拠のないマイルールを持っていた。





当日。

英司の出勤後、詩穂は料理本とにらめっこしながら一品ずつ作りあげていった。



ゆったりと流れるこの空間に名をつけるなら、「幸福」以外に思いつかない。


それほど詩穂の心は満たされていた。




ただ、ケーキ作りに着手するときになると、その幸福感に少しばかりの暗い影がさした。





実家の母が得意としていたレアチーズケーキは、3層の1番上部分は美しいワインレッドのクランベリーを固めたもの、下地は砕いたグラハムクラッカー、真ん中に真っ白なレアチーズを挟んでいた。




チーズケーキが好物の英司だったけれど、誕生日パーティーには色合いが地味かな・・と頭を悩ませていたとき、あの母特製の華やかなケーキを思い出し、レシピをファックスしてもらったのだ。






母に「レシピを教えてほしい」という旨を伝える電話をかけたとき、



「あら詩穂、元気?ケーキ作るの?訪問先の手土産か何か?」


「ううん。英司のバースデーケーキ」


2人の間にそのような会話は一切なかった。





母が、同居する理佐に対して、

「今日お姉ちゃんから電話があったのよ。ケーキを作るみたい」


そんな会話が皆無であっただろうことも容易に想像がついた。






結婚して家を離れたことで、母とは電話を通じて話す機会が増えた。

最初のうちは、(これで親子関係が少しでも親密化するかもしれない)と少し期待したのだけど、母自身はそれをまるで望んではいなかった。





会話は以前通り無機質なままで、互いに要件以外は話すことはなかった。






料理上手な母は、今なら「インスタ映え」するようなお洒落な食事をよく作っていた。

多趣味な母にとっては、料理も大きな楽しみのひとつだったのだ。





転勤族の妻なのに、社交的な母はどこに住んでもすぐにその土地に馴染んだ。


父が「有り難い」と伝えた。

母は「だって都会ばかりだもの。私が田舎嫌いなのはよく知っているじゃない」と答えた。




彼女は家で英会話を教えていた。

ただ、「田舎」と同等に「子供」も大の苦手だと公言している人だったので「大人限定・子連れ不可」の教室。

それでも母には仕事に才覚があったのだろう。どの場においても生徒さんが絶えることはなかった。




そして母自身も数々の習い事に通っていた。

向上心が強い人だったので、何を習ってもその吸収力には目を見張るものがあり、料理、陶芸、油絵、ステンドグラス、木彫り、フランス語、テニスとすぐに上達してしまう。





けれど彼女が、それらを娘たちに伝授することは1度もなかった。

もともと私たちに何かを教えたり、面倒を見たりすることが極端に苦手な人だったのだ。





口癖のように、


「私たちの時代は結婚しないなんて考えられないっていう風潮だったけど、あなたたちが大人になるころは世の中も多様化して、きっとそんな窮屈な時代ではなくなるはずよ。

羨ましい。もし私が今の時代に生まれていたら、絶対に結婚なんて平凡で退屈なことはしないし、海外に出て活躍したかったもの。


何度も言っているように、私は結婚によってかかる付加の中でも育児が何よりも嫌いなの。


あなたたちも別に無理して結婚はしなくてもいいけど、なるべく早く家を出て行ってちょうだいね」


そんな風に言っていた。






パーティーがスタートして、三人で赤ワインを開ける。




普段はビールを好む英司、日本酒好きの理佐、そしてカクテルを好む私だったけど、「やっぱりパーティーにはワインが合うね」なんて盛り上がりながら。





その日の英司は、満足げに料理をたくさん頬張り、「これまでの誕生日で1番嬉しいよ、最高」「両手に花!」と笑顔が絶えず、とても上機嫌だった。




3人でケーキに23本のろうそくをさす。


ケーキの向こう側にいる英司の顔を、そっと見つめた。



笑ってる。




目の前にいる英司が笑顔でいてくれること。





それこそが、自己肯定感の低い私にとって、何よりもの幸せであり、そして大きな心の支えでもあった。

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