第5話 後悔

毎日の朝食は、ごはん、お味噌汁、魚、納豆。

そこに切り干し大根やひじき、ほうれん草のお浸しなどが加わるというワンパターンそのもののメニュー。

それなのに英司は 「美味しい、美味しい」と喜んでくれた。






2週間後に英司の23回目の誕生日があった日の朝のこと。




「もうすぐ英司の誕生日だね」





鮭の身を器用にほぐしながら、「何?何か祝ってくれるの?」と子供みたいに期待に満ちた瞳で私を見つめる。





「うん、色々考えてるよ。2人もいいけど、結婚して初めての誕生日だからお互いの家族も呼んでお祝いする?」




笑い上戸の英司は声を立てて笑って言った。


「いいよ、誕生会なんて。小学生じゃないんだから。それにもし全員なんて呼んだら、この狭い家に入りきらねーじゃん」






英司は祖父母に両親、兄弟5人という大家族で育ったのだ。





結婚前、


「人から『兄弟いる?』って聞かれて、俺が淡々と『姉ちゃんと兄ちゃんと弟2人』って答えると、たいがい冗談に取られるか、目をまん丸くして驚かれるかのどっちかだったから、正直面倒くさいんだよね」と言った。






「詩穂は何に関しても、あれこれ聞いてきたり詮索してこないじゃん。あくまでこっちが話したかったら話してっていうスタンスだから、そういうのがすごい楽で居心地いいなってずっと思ってた」


そんな風に誉めてくれたりもした。






私が英司の好きなところと言えばね、


「はい、チーズ」でカメラを向けてる一瞬ですら予想不可能に表情が変わったり、フレームからはみ出るぐらいじっとしてないところだったんだよ。





そう、あなたは好奇心旺盛で、いつだってたった数秒の間でさえ仕草がクルクル変わったの。

ドキドキしっぱなしのジェットコースターに乗ってるみたいに、英司といたら本当に退屈しなかった。





英司の好きなところなら、いくつもいくつも心に思い浮かぶ。





なのにごめんね。そのうちのたった1つすら、きちんと告げなかったなんて。





今でもそのことに対して、消えることのない深い後悔と共に生きている。






「じゃあ、誕生日会にはりぃちゃんだけ呼ぼうかな」





詩穂の妹の理佐は、人見知りがなくノリの良いところなど英司と性質が似通っていて、有り難いことにとても気が合っていた。





「うん、りぃちゃんだけでいいよ」

「じゃあ、今日連絡しておくね」






私たちは1階に3件、2階に3件と6世帯が住む軽量鉄骨の小さなアパートの2階に住んでいた。





詩穂は仕事に行く英司と共に1階まで降り、「いってらっしゃい」と、いつも彼が小さくなるまで外で見送った。





見送ってからも家には入らず暫しぼんやりとしつつ、朝の時間の心地よさを肌で目で耳で感じた。




いずれ郊外に引っ越して、もっと清々しい朝の空気を体感できることを楽しみにしながら・・・。






梅雨明けまではもう少し。

そうしたら本格的な夏がくる。






今朝も英司の自転車が、決まりきったいつもの角を曲がって行った。






あの朝は思いもしなかった。




英司のいる夏が今年限りだったこと。


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