第4話 新婚生活

新婚当時、詩穂は毎朝5時半に起きていた。

もともと朝に強いのでまるで苦にならない。




でも英司は逆だった。めっぽう朝に弱いのに夜更かし癖があるものだから、何度も何度も声をかけ、やっと目覚める毎日。




詩穂は「遅刻するよ」とヤキモキするのだけど、英司は「平気平気、起きてるから!」と声だけは立派に、いかにも起きてる風を装う。



でも一向に部屋から出てこない。覗いてみると堂々と寝てる。



あまりの演技力に呆れるを通り越して関心すらした。




妻の欲目かもしれないけれど英司には何をしても憎めないところがあった。



南向きの窓の下、生まれたての朝の光を受けて眠る英司の長い睫毛の横顔には、大袈裟なようだけど神々しささえ感じて、そっと眺めていることも好きだった。




そこからいきなりパチッと目を開けて「本当は今起きたばっかり、また俺の声に騙されたでしょ」と、いたずらっ子の様に笑う。





英司は生来、話好きで、朝ご飯を食べている間もお喋りが止まらない。



詩穂の実家の父はとても無口で、母は「会社が倒産しても家族に一言も洩らさない人だと思う」とよく言った。


だから、男の人ってそんなものだと思って育った。




けれど英司は、


「昨日小腹が空いて買おうとしたパンがあったのに、前のやつが買って売り切れになったんだよ、何なんだよってすっげー悔しかった」

とか、

「俺らって買い物の仕方が反対だよね。俺は詩穂みたいに、今日はこれを買おうとか一切決めずに、何となく足の赴くままに行きたい町や店を決めて、見てるうちに欲しくなったものを思いつきのまま買う!って感じだからさー」

等と、まあ朝からよく口が回るなぁと感心するほど話した。






詩穂が1度も会ったことのない会社の上司や同期の人のことも、時に物真似や冗談を交えては1人1人詳しく説明してくれた。





詩穂の実家での朝ご飯は洋食派だったのだけど、英司は和食一辺倒だった。


大らかな英司だったけれど、それだけは徹底してこだわった。





そう、英司にはそういうところがあった。


こまかい枝葉のことには無頓着で一切気にしないのに、根幹の太い幹に関しては頑として譲らず、人の意見を受けつけない一本気なところが。


そんなところも好きだった。





笑うと、口が大きく横に広がって、並びのいい歯が見える。


手先が器用でホームセンターに入りびたることが好き。



「将来、一軒家に住んだら大型犬を飼おう。その時の犬小屋は俺が作るね」


「うん」





「ここは大人だけで住むにはいいけど、自然が少なくてあんまり子育て向きとは言えないから、ゆくゆくはもっと自然環境豊かな郊外の方に家を買おう」


「うん」





「子供は男だけでいいや。娘ができたら心配で身が持たないから。で、思う存分アウトドアを楽しむ!」


「うん。いいと思う」





英司の言うことに反対したことは1度も無い。もっともだなって思うことばかりだったから。





「いつか住みたいね」と言っていた町まで、のどかな電車に乗って見学に行ったこともあった。





帰りは私の肩に寄りかかったまま眠ってしまった英司。

本当に寝ることが好きなんだなっておかしかった。




2人が並んで、あの陽光の中をゆっくりと走る車内の空間は、紛れもなく天国だった。





何を思い出しても、あなたへの愛おしさが溢れてくる。

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