第3話 天国

詩穂は転勤族の家庭で生まれ育った。




札幌、東京、横浜、名古屋、大阪、京都、神戸、福岡という大都市ばかりを転々とし、それは彼女が高校生になって、やっとひとつどころに落ち着くまで続いた。






そんな環境もあってか、詩穂は目立たない子供だった。


例えば、ある休み時間、何人かの女子でボールをついて遊んでいた。

突如、背後から来た先生に肩をつつかれ振り返ると「ここでのボール遊びは禁止だよ」と注意された。

子供たちは「ああそうなんだ、ここでボール遊びをすることは禁止だったんだね」と認識する。

以降、「あそこでボール遊びしちゃだめなんだよね」「誰かが遊んでて注意されたらしいよ」「それって誰?」「忘れちゃった」



そんな風に「詩穂」が先生に注意を受けたという事実は一瞬の間に消えてしまうのだ。




また、誰かが休んだときの人数合わせに、「詩穂ちゃんを入れたらちょうどいいんじゃない?」と付け足しとして誘われることも多かった。




詩穂の立ち位置はいつだってそんな感じ。



「クラスにいてもいなくても困らない人」というスタンスだった。




どうせまた転校するのだから、むしろ存在感なんて薄いほうがいい、どこかにそんな諦めもあったのかもしれない。





でも、英司だけは私を選んでくれた。



「詩穂が詩穂だから、俺は好きになったんだよ」って言ってくれた初めての人。




英司。

私たちが生まれた昭和はとっくの昔に流れていって、あなたと出逢い共に過ごした平成も終わっちゃった。

いま世の中は令和になったよ。





22年も前に目の前から消えちゃった人。

22年もの間、天国に住んでいる人。



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