メロンと呼ばれた男 新人編

天照てんてる

最初で最後の最終レース出場

 今開催の僕は、A級2班に上がってきてから初めて6号車ではなかった。前開催とその前で完全優勝を決めて、なんとS級特別昇班に王手をかけた状態での開催だった。


 僕はA級2班でよかったと心の底から思った。


 何故かって?


 A級1班だったら、僕はきっと初日特選で負けて、特進に失敗するだけの点数を持ってしまっているから。


 初日予選、2日目準決勝戦、ともに4号車で、皆が勝ちを譲ろうとするかのように思ったように走れて、決勝戦へと進んだ。


 今開催は地元・小松島競輪場だ。モーニング開催で、A級決勝戦はなんと最終レースだ。そんなレースに出て、勝っていいのだろうか? 僕はとてつもない不安を持ったまま、最終レースを迎えた。昨日来たインタビュアーに何と答えたのかすら、覚えてはいない。


 小松島での開催のときは、必ず師匠――と言っても父親だが――が、観戦に来る。野次を飛ばしてくるのが、はっきりと聞こえる。


「競輪場で会ったら、父と息子じゃない。師匠と弟子だ。気安くお父さんなんて呼ぶんじゃねぇぞ」


 デビュー以来ずっと、父にはそう言われていた。だが、あいにく父の所属するS級には辿り着けそうにない、そう思っていた。思っていたのだ。特別昇班して、父と同じレースで走りたい。心の底から願っていた。


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「さぁ最終周回ホームストレッチ、今日は地元バンクでの完全Vなるかぁ~!? 特別昇班のかかった鈴木選手、お得意の逃げが決まりそうだぁ~! 後ろではライバル心メラメラ、同県同期の佐藤選手が手ぐすね引いて付いていくぅ~!」


 僕はいつもどおり、ひたすら逃げていた。誘導員に「速く行け」と叫びながら走っていた。後ろから迫ってくる他の選手が怖くてたまらなかった。単騎同士を選択したにも関わらず番手競りに勝ったらしい佐藤になんか負けてたまるか、そう思って最終周回でもひたすら踏んだ、が――最後の最後、ペース配分を間違えていたことに気付いた。


 4コーナーを曲がった瞬間に僕は失速して、おそらく中継では画面外に消えて行ったことだろう。


 誰が勝ったのかなんて、そんなこと、どうでもよかった。僕はまた1からやり直しだ――

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