第2話天近し


「彼の歌の才こそ天与の物である。神からこの国を治めよと言う命を受けた、朕の側に置くのにふさわしき者である」


 あまり自分の意思を強く出すことのない今上天皇(今の天皇という意味)が、初めてみなを説き伏せるように言った言葉だった。

彼の歌は全くの格が違うものだった。地方に行っていた貴族が都に戻り、急に歌がうまくなっていたので


「おかしいな、別の者が詠んでいるのだろう。だが上手い」友の君も言った。


そうやった貴族はあっという間に真実が明らかになってしまった。この時代に、こんなことをしてばれないと思った方がおかしいのだが、それを深く追求する必要もないほどに、詠んだ本人にみんな会いたいと思うようになった。

 

 風貌は別段変わったところのない男だった。貴族階級でも一番下に属する人間で、一生内裏などには上がれぬような生まれであった。だが飄々として強い意志をあまり表に出さないところなどは、どこか帝に似た感があり、宮中には学者も多かったが、彼の歌に文句は誰も付けられはしなかった。


 帝はもともと歌が好きであった。幼い頃からほとんどすべてで友の君が勝って、そのことをあまり悔しいと思わないようであったが、歌だけに関しては

「今回の歌は朕の方が上だ」

と笑って話すことも多くあった。だからこそ、この類まれな歌詠みを常におそばに置き、心の安らぎ、楽しみとしていたはずだったのだ。だがやはり影日向での彼に対する風当たりは強く、最近はあまり歌を詠まなくなったように聞いている。


「彼自身の心のためなのかもしれない、帝は本当に・・・」


そう思いながら自然と若君たちの所に近づいた。すると庭にいた大きな男がこの家臣を見るや否や、あっという間に体を半分に折り曲げ頭を垂れた。その姿が目に入った家臣は、おかしな程にほんの少し頭をちょこりと下げただけだった。恭しく長い時間頭が下げられたままだったので、月読は


「友の君様は本当に立派であられる」と言った。


「何のことだ? あの者が何をしているかは知らんぞ」


やっと大男は頭をあげ、潤んだ目で友の君を見た。


「友の君様、ありがとうございます。おかげでどれだけの子供が救われましたか」


 この時代はやはりいろいろな事情から、子供が一人で生きてゆかなければならないことが多くあり、中には都で盗みに手を染める者もいて問題となっていた。この男はそれを何とかしようと、身寄りのない子供のために古いが大きめの屋敷を借り、そこで一緒に住んで居た。武芸を教え、都の人々も時々野菜などをあげたりしていた。だがやはり金子はかかる。彼一人の力では難しかったのだ。

あの家臣には、何度も何度も礼を言って「この金子はどなたからの物なのでしょう」と聞いたが答えてはくれなかった。身分のある人からだとは思っていた、頭の中に友の君が浮かんだこともあったが、それを詳しく調べることはしなかった。


「そう言えば、月読殿は、何でも貴族の子弟に教えるのに法外な料金を取るとか」


「当たり前にございます、帝のおそばにおる人間から教えを受けるのでございます、それぐらいは払っていただかなければ。それに必ず上達はさせます」


「それにしては身に付けておるものも、さほどのものではないように思うが」


「悪い女がおりまして・・・」


「ありがとう、月読殿、あの子たちには本当に悪い女などにはなって欲しくはないのだ。今苦労をしている分、将来人として普通の幸せをつかんでほしいのだ」


「誰よりもそなたが一番偉い。私に多くの金子を渡すととんでもないことに使うからとも言われたから」

「ハハハハハ」

「ハハハハハハハ」


楽しい声とは裏腹にぽつぽつと雨が降り始めた。

「すぐ止むかな」

「いや、弓はしまった方が良いぞ、きっと大雨になる」

「そうか? 」

とにかく一旦屋敷に入ったら、ザーっという通りに大雨になった。


「すごいなそなた、天気が読めるか。そうだ! 天読み(あまよみ)というのはどうだ、そなたを呼ぶのに。仁王は・・・私の好みでない」

「私に天でございますか? 恐れ多い」


「いやいや、そなたは誰よりもやっておることが天に近いのだから」


月読、天読みそしてこれに歌詠みが加わる。なかなか面白い旅となりそうだ。


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平安なぞ解き絵巻 心なき @nakamichiko

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