第34話

 そこは地獄だった。

「右からまた来たよ!」とヒラリが叫ぶ。

「分かってる! アヤセ! 足止め出来る?」僕は尋ねた。

「無理よ! こっちだって精一杯なんだからっ!」アヤセは敵を撃ちながら怒っていた。

「おいおいおいおい! ちゃんとテストプレイしてねえだろっ! これぇっ!?」

 リュウの言葉に誰もが同感した。

 頭おかしい。これが僕の意見だ。

 出てくる敵全てが強敵で、毒攻撃をやってくる。

 中でも頭のない騎士、デュラハンは中ボスクラスに強かった。毒の剣を振り回し、体力も高い。

 それだけでも大変なのに、毒を吐くトカゲや毒針を持つサソリのモンスターがひっきりなしに襲ってきた。

 館の屋根から巨大な毒蜘蛛が糸を垂らして奇襲したかと思えば、宝箱はドラキュラの寝床となっている。

「もういやっ!? なにここ? ねえ? なんなの?」

「うるせえ! 話してる暇なんてないんだよっ! 取り敢えず運営は死ね!」

 アヤセはうんざりし、リュウはテンション高く罵詈雑言を飛ばしている。

 僕とヒラリは事務的な会話に終始した。

「回復ちょっと多いかも。四回に一回はアヤセのMP補充に回っていいよ」

「分かった。でも毒があるから余分にしといた方がよくない?」

「そこは任せるよ。っとそこの人、こっち向いて」

 僕はキョンシーにボマードソード使いヘイトを稼いだ。

 敵はぞろぞろと出てくる。僕は時間を稼ぐ為に盾で敵を弾き飛ばすシールドフリックを多用した。こうすれば少しの間余裕が出来る。

 でも味方も弾いてしまうから注意が必要だ。たまにこれでダンジョンを通過する知らない人を弾いてしまい、怒られる。

 でも今は僕らだけしかここにはいないからその心配はなかった。

 きつい。確かにきつかった。

 でもそんな中でも僕らは堅実に攻略していった。何度も死にかけたけど、それぞれ補い合い、生き残った。

 そしてようやくダンジョンも終わりに差し掛かる。

 洋館を奥深くまで進んだ僕らは窓の外に小さな離れを見付けた。廊下が伸び、わざとらしくランプで照らされている。

 あそこにボスがいるのは間違いなかった。

 あと少し。この人形が並べられた子供部屋とその先の部屋を越えればボス戦だ。

 けど、事件はその時起った。

>見つけたw

 チャット欄が動いた。どこかで見た覚えがある頭の悪そうな語尾が書かれていた。

 後ろを振り向くといつぞやの忍者、セイバー、モンク、魔術師のパーティーが見えた。

 あいつらだ。でも、今は構っている暇はない。

「またあいつらかよ!」とリュウ。

「関係ない。先を急ごう」

 僕はそう言い、周りも従った。そう言いながらも気にはなる。

 もう一度後ろを見てみた。すると彼らの内、三人はいなくなっていた。

 多分横の部屋に移動したんだろう。いるのはあの鬱陶しい忍者だけだ。

 嫌な予感がした。それを正しいと言うように忍者は分身した。よく見れば他にも二人、後ろに同じ姿の忍者がいる。

 なんだ? 答えはすぐに分かった。

 分身した忍者が連れてきたのは大量のモンスターだった。

 分身は僕らのいる部屋に入ると煙を上げて消えていく。気付くと前も後ろもモンスターだらけになっていた。

 やられた。こんな事思いつきもしなかった。

>調子に乗ってるからこうやって痛い目に遭うw ばーかw

 チャット欄に歯ぎしりしながら、僕らに選択肢は余り残っていなかった。

「トレインッ!? あのくそ野郎っ!」とリュウが怒り狂う。

「あいつはあとだ! 今はこいつらを捌かないと!」

 僕はそう言って後ろに向い、シールドフリックで五体はいた敵を後退させた。

 その後、僕らは部屋の隅に移動した。多くの敵に囲まれた時、四方八方から攻撃されたんでは守り切れない。

 特にヒーラーは防御力が低く、あっと言う間に倒されてしまう。

 それを避ける為に角を背にして、僕が盾で蓋をする様な陣形を築いた。

 こうすればヒラリは守れる。けど多くのモンスターの攻撃を受けきらないといけなかった。

 ミスは許されない。

 マウスを握る手に汗が滲んだ。でも本音を言うと僕は楽しかった。頭の中で計算していく。

 敵の攻撃力、味方のヒットポイント、スキル、回復量・・・・・・いける。

 ギリギリいける、はずだ。

 頭が高速で動くのが分かった。僕はほとんど直感で指示を出していく。

「アヤセ! 右の敵に麻痺弾二発撃ってから僕の強化して! リュウは敵を三体引きつけて走ってくれ。体力が減ったら跳んで戻れ! ヒラリは僕の回復に集中して。でもリュウを絶対に死なせないで!」

 スキルを選ぶ順番、タイミング。全て正解が求められる。

 誰か一人でもミスすれば終わりだ。

 三人とも「分かった!」と言って行動に移してくれた。

 僕はボマードソードで攻撃力の高いデュラハンのヘイトを稼いだ。スキルは連発出来ない。少しの間クールダウンが必要だ。

 シールドフリックを使えるまで後五秒。

 デュラハンが剣を振り上げる。何度も戦って、タイミングは覚えた。僕は僅かなタイミングを計り、シールドで殴った。

 怯み効果のあるスキル、スタンブロウだ。

 相手の攻撃が止まり、一回分のダメージが節約される。すぐに横にキョンシーに取りかかる。

 スキル、けたぐり。蹴られたキョンシーはこけて、少しだが時間を稼げる。

 一体にしか使えないけたぐりはシールドフリックの弱体版だけど、こういう時には役立った。

 そしてシールドフリックが溜まり、敵を吹き飛ばす。

 その間、アヤセは麻痺弾で敵を痺れさせ、リュウは素早い動きでヘイトを稼ぎ、敵を離した。

 ヒラリはずっと回復してくれている。けどこのままじゃ勝てない。

 ダメージを稼がないと。

「リュウ! その敵をこいつらの後ろに集めて! アヤセはそこに爆流弾で全体攻撃! ヒラリはリュウを一度回復!」

「おう! 任せろ!」とリュウが走り出すと敵が付いてきた。

 僕が時間を稼いでいる間にアヤセは時間のかかる爆流弾の装填を完了させる。

「装填完了!」

 それを聞いて僕は敵が一番集合するタイミングを計った。

 ・・・・・・今だ。

「撃って!」

「喰らえぇ!」

 どんっと大きな音がなる。ガンナースキルの中で最大の広範囲攻撃、爆流弾。

 集まった敵の頭上に飛んでいった大きな弾は破裂し、そこから炎の濁流が流れてくる。

 派手なエフェクトが敵を上から襲った。何体かは死んでいき、生き残った奴らも大ダメージを受けた。

「リュウ!」

「分かってる!」

 敵を引きつけたリュウが立ち止まり、残った敵に狙いを付けた。

 こちらも広範囲攻撃、多数の光りの槍を飛ばすスキル。

「ブリューナク!」

 青白い光りが放たれ、敵を貫いていく。また何体かが倒れる。

 それでもまだ敵は生き残っていた。敵に近いリュウがデュラハンに襲われた。

「くそ! まだかっ!?」

 剣を槍で受け止めるリュウ。どんどんダメージが蓄積される。

 このままじゃやばいと僕は飛び出した。

 デュラハンにボマードソードを打ち込みこちらを向かせる。

 その隙にリュウがヒラリの元へ戻っていく。

 二体のドラキュラが襲ってくるが、アヤセはそれを麻痺弾で痺れさせた。

 僕のダメージが危険域に近づいて、それを表わす様にヒットポイントゲージが赤く点滅した。

 でも、いける。

 この後ヒラリが僕を回復。けたぐりでデュラハンを足止めして、戻ってから痺れが解けたドラキュラを引きつけてシールドフリック。何度か敵の攻撃は受けるだろうけど、その後に体勢を立て直し、続いて各個撃破だ。

 だけど、ヒラリからの回復がこなかった。

「・・・・・・ヒラリ?」

「ごめんなさい! タイプミスでリュウ君の回復が間に合ってないの!」

 それを聞いて僕は焦った。もし今リュウの回復をリセットし、僕を回復したら、その後来る敵の攻撃にリュウが耐えられない。

 アヤセはスキルを使いすぎて、まだ動くまで時間がかかった。

 リュウを生き返らせる間、僕には回復がない。

 それはつまり、パーティーの瓦解を示していた。

 ほとんど、反射的に体が動いた。まずデュラハンの攻撃をスタンブロウで消す。

 その後すぐに残りの敵の方へと走った。痺れが解けて動き出す敵にボマードソードを打ち込む。二体の真ん中に打てば攻撃範囲が重なり同時にヒットした。

 敵のヘイトが僕に集まった。

「みんな今の内に脱出して! 早く!」

 僕がそう言うと、リュウが叫んだ。

「お前はどうすんだっ!?」

「全滅するよりましだっ! 早くしろよっ!」

 僕はそう言いながらドラキュラの攻撃を受け止めた。もうほとんどHPは残っていない。

 そこで僕はナイトの最強スキルを使った。

 ラストワン。しばらくの間、体力が1より下にならない。

 でも時間が来ると倒れてしまう。味方を守る為の最終手段だ。

 ヒロトの体が赤く光った。この状態のナイトは攻撃力も跳ね上がる。

 僕はドラキュラを攻撃しながら位置を変え、正面に敵が全部見える所に来た。

 視界の端ではヒラリが移動魔法の詠唱に入っていた。時間がかかるが、確実にダンジョンから逃げられる。最悪の事態は避けられた。

 僕はほっとして、普段はあまり使わないナイトのスキルを発動させた。

 突進。シンプルなこの技は盾を構え、敵を押していく技だ。

 ヒロトは叫びながら、敵を入り口の方向へと押しやっていく。

 ドラキュラ、デュラハン、毒蜘蛛、スライム、七体ほど残っていた敵を全て部屋の外へ出した時、突進のスキルは終わり、次いでラストワンも終わった。

 ヒロトがモンスター達の反撃を受け、あっけなく倒れた時、ヒラリの移動魔法はようやく発動し始めた。

 足下の青い魔方陣が広がり、光りが三人を包んだ。その間も敵は襲ってくる。

 無防備な状態のヒラリ達に手が、爪が、剣が、毒針が届くその一歩手前。間一髪、脱出は間に合った。

 それを確認した僕は椅子の背もたれに体重を任せた。ヘッドセットからは何も聞こえない。

 耳に痛い程の沈黙だけが流れた。

 僕は倒れたヒロトが映るディスプレイから目線を外し、窓の外を見た。もう真っ暗だ。

 終わった。

 その言葉が胸をかすめた。

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