第33話

 最後のストーリーダンジョンは腐海の館。

 至る所に毒沼があるいやらしいダンジョンだ。空は曇天で、道行く小屋は朽ちていて気味が悪かった。

 モンスターも毒を吐き、ヒラリが忙しそうに状態異常を直していく。

 最後ということもあり、モンスターのレベルは高く、体力、攻撃力共に今までより高い。きっとレベルを最高まで上げればなんとかなるんだろう。

 でも僕らにそんな時間はない。今のレベル、装備でなんとかするしかなかった。

「くそっ。こんな事なら毒用の装備にしてくればよかった」

 リュウが鬱陶しそうに紫色のポイズンスライムを突き刺す。刺すとスライムの体から毒液が出て、またそれにダメージを負った。

「あたしがやるからリュウは下がっててよ!」

 アヤセがそう言いながら炎弾を装填し、スライムに撃ち込む。

 スライムの体は炎で包まれ、燃えて消えていった。どんな敵にも弾を変えて柔軟に対処出来るガンナーの力がここで発揮された。

 対してリュウのランサーは攻撃力は高いけど、苦手な相手にはとことん相性が悪い。

「ちっ! 分かったよ。アイテム使ってやるからちゃんとやれよ!」

「まかせなさい!」

 リュウが後退し、アヤセが出てくる。

 ヒラリは僕の回復で精一杯だ。

 リュウはアイテムボックスから毒消しや回復薬を出してアヤセをサポートした。

 敵を撃ち尽くすアヤセの姿は心なしか嬉しそうに見えた。

 それでも敵は強く、中々進まない。敵は固く、毒が鬱陶しい。僕らはかなり焦れていた。

 ダンジョンに入ってからずっと見えていた巨大な館に入ったのは随分経ってからだった。

 MPを回復する為、最初のフロアで僕らは立ち止まっていた。

 ゆっくりと戻る数字を見てると気持ちが萎えてくる。経験から言えば、ここを攻略するには装備もアイテムもレベルも足りていない。

 けどそれをなんとか技術で補ってきた。僕達は強い。でもここから先を考えるとかなり厳しいのは間違いない。

 館は馬鹿でかい豪奢な洋館で、赤い破れたカーペットが蝋燭で照らされている。窓ガラスはほとんど割れていて、外には赤い満月が見えた。

 全体的に薄暗く、もし実際にあったら絶対に入りたくない場所だ。

「・・・・・・どうするの?」とアヤセが近づいて来た赤いコウモリを撃ち抜いて答えた。五発目でやっと倒した所を見ると、雑魚が雑魚の体を成していないのが分かる。

 アヤセが聞いたのはアイテムの事だ。毒消しが足りないのは明らかだった。

 ヒラリが対毒魔法を持っているけど、回復もしないといけないのでどうしてもアイテムが必要になる。

 本来なら対毒装備を付けて攻略するんだろうけど、今は手元にない。また市場に帰らないといけないのは時間的にきつかった。

 きっとルーラーはその情報力で装備を揃えているはずだ。ここでその差が出た。

 プライドを気にせず攻略までカンニングすればよかったという思いがある一方、しなくてよかったとも思ってる。

 どちらにせよ今頃になってどうこうなる話じゃない。

「行くしかないっしょ?」とリュウ。

 そう、行くしかない。それ以外の選択肢はなかった。

 どうにかなるだろう。そんな甘さもある。けどヒラリは違った。

「・・・・・・あのね。一回戻らない?」

 誰もが持っていた選択肢。でも誰も言わなかった選択。

 正直、正しいと思う。でもそれはいつもならの話だ。

 今はキャンペーンで勝つ為に少しでも早く前に進みたい。けどそれと同時に、もし全滅したらという懸念があった。

 僕達は沈黙し、様々な考えをそれぞれ浮かべた。そしてリュウが口を開いた。

「分かるけど、勝つんだったら進むべきだと思う」

 リュウらしい言葉だった。多分、この中で一番勝負に勝つという気持ちが強い。

 僕は勝負という事には慣れてなく、どこか浮いていた。もちろん負けたくない。でも、勝つって事に本気になれているかというと、すんなり頷くのは無理だった。

「あたしは・・・・・・、ごめん。わかんないや・・・・・・」アヤセは俯いた。

 多分どちらも正しいんだろう。だからこそ難しい問題だった。

 三人が僕の方を向いた。

 ヒロトはリーダーだ。決めるのは僕だった。僕は小さく息を吐いた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ヒラリは正しいと思う。でも、行こう。ここで退いて負けるのが一番悪い気がするんだ」

 それを聞いてリュウは嬉しそうにニカッと笑った。

「だよな」

 アヤセは頷き、ヒラリは少し躊躇いながらも「そうだね・・・・・・」と一応納得してくれた。

 ヒラリは快諾していない。その上僕は自分の選択にそこまで自信があるわけじゃなかった。

 こういう時、リーダーはどうすればいいんだろうか?

 意見が割れた時、どちらを取れば正しいんだろう? 

 どちらも正解で、どちらも間違っている気がする。けどこの答えは学校では教えてくれない。

 きっと、誰もだ。結果が出て、そこで初めて分かる。

 そしてその責任は僕が取る。それがリーダーだ。

 何か見えない物が僕の両肩にのし掛かったようだった。

 重い。もしかしたらこの選択で僕らは賞金を逃してしまうかもしれない。いくらだったっけ? 一千万円。凄い大金だ。

 僕は唾をゴクリと飲み込み、大きく息を吐いた。MPもHPも回復している。準備は整った。

「・・・・・・よし、行こう。勝とう」

「よしきた!」リュウが楽しそうに声を出した。

 僕は盾を構え、ゆっくりと気味悪い洋館を進んだ。その後ろには頼れる仲間が付いてきてくれる。

 いつもの事なのに、今はそれが心強かった。

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