第32話
約束の三十分前に起きた僕は素早くシャワーを浴びた。眠気が洗い落とされていく気がする。
それから何か食べようとリビングへと向った。
午後四時四十分。
こんな時間にも関わらず両親がリビングにいた。今日が土曜だと気付いたのはその時だった。
父さんはテレビで相撲を見ていた。久しぶりに会った気がする。
「何か食べる物ある?」と僕が母さんに聞くと、母さんは嘆息して、昼ご飯が冷蔵庫にあると言った。
呆れられている。それはよく分かった。
昼食は親子丼だった。ラップのかかった丼をレンジに入れ、温めて食べていると、父さんがテレビを観たまま話しかけてきた。
「毎日毎日、ヒロは夜に誰と話してるんだ?」
「誰って、友達だよ。ゲームの。チャットで話してる」
「会ったことあるのか?」
「・・・・・・ないけど」
「会ったことないのに友達か。時代は変わったなあ」
もう五十代半ばになる父さんは変にしみじみとそう言った。何か馬鹿にされている気がする。
けど確かに会ったこともない友達ってのはおかしい気がしないでもない。
もしかしたらずっと会わないままで別れるかもしれない。
なのに友達。ネットが当たり前の時代。それは珍しくもないのかもしれない。
けどやっぱり不思議な気もした。でもリュウ達は紛れもない友達だ。
「別に、普通だよ」
「普通・・・・・・ね。俺達の頃は携帯電話もまだなかったよ。ポケベルが出た時は凄い時代が来たと思ったのに、それが今や子供でもスマホを持ってる。母さん。歳を取るわけだ」
笑いながらそう言う父さんに母さんはコーヒーを渡した。
「そういう事を言うからよ。それより、ちゃんと言って」
「はいはい。宏人。お前も来年受験だろう? そろそろ色々考えないと駄目だぞ?」
父さんはそう言ってコーヒーを飲んだ。テレビでは力士が四股を踏んでいる。
「色々って?」
「色々は色々だよ。何かやりたい事とかないのか? お前は文系を選んだったか?」
「理系だよ。一応。でも大学は文系に行くかも。数学が難しいし」
「大学は行くつもりなのか。どこがいいんだ?」
「別に、まだ決めてない。みんなもそうだよ」
「部活はしてないんだよな。ゲームもいいけど、他にもちゃんとしないと後で大変だ。別に俺は勉強しろとか、運動しろとかは言わない。でも、何か一つ武器は持っておいた方がいい。それが社会に出て何かと役に立つからな。俺だってゴルフがなかったら部長になんてなれなかった。そうだ、母さん」
「ゴルフクラブなら買わないわよ。あんなにあるじゃない。どれも同じでしょ?」
父さんが僕をだしに使ってクラブを買う作戦は母さんにいとも簡単に見破られた。
父さんは寂しそうに「同じじゃないんだけどなあ」とぼやいた。
「まあ、お前はまだ若いんだ。何か一つでも見付けて打ち込めばいい。そうすれば多少勉強が出来なくてもなんとかなるさ。しなくていいって事じゃないぞ?」
「・・・・・・分かってるよ」
僕は親子丼を平らげ、空の丼を流し台に置いた。
説教ってまではいかないけど、ゲームばかりやってる僕への苦言は聞いてて気持ち良いものじゃない。
何か一つでも見付けて打ち込め。父さんはそう言ったけど、僕にはそんなものなかった。
勉強もそこそこ。運動も出来ない。他人に胸を張れるものなんてない。
そんな僕にその何か一つが見つかるんだろうか?
ゲーム。
その言葉が頭に浮んだ。けど、これは駄目だ。
プロゲーマーになれるような腕もないし、第一SF0はそういうゲームじゃない。
こんな時、僕にはある思いがふと浮ぶ。普段押し殺している思いだ。
なんで僕はゲームしてるんだろう?
何の役にも立たないこれを、それが分かりながらも熱中している。
趣味なんてそんなものだ。そう言われればそれまでだけど、睡眠時間を削って、腹を空かせながらやるものでもない。
リュウは進学で迷っていた。
アヤセは多分リュウが好きだ。
ヒラリは声優を目指して努力していた。
みんな、リアルを持っている。
でもそれが僕にはない。僕にはゲームしかない。
自分の中が空っぽに感じた。虚しくなり、けどその解決方法はない。
もどかしく思いながら僕は麦茶をコップに注ぎ、それを持って二階に上がった。
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