第26話

 午前三時半。

 気付くと僕の足はコンビニへ向っていた。

 この時間帯ならと思って見てみると、やっぱりあの子がいた。年上の、黒い長髪の子だ。

 眠そうにしながら僕を見る事無く、いらっしゃいませーと言った。もうほとんど機械的だ。オートアタックみたいで少し面白かった。

 郊外のコンビニに客は僕一人だった。夜から朝まで、いつも彼女は頑張ってる。

 バイト募集の張り紙にはこの時間帯は高い時給が表示されていた。大学生になったら応募しようかな。

 僕は財布と相談しながら適当に食べ物や飲み物を手に取り、あの子の元へと向った。

 うみのさん。今日もお疲れ様です。そんな言葉を気兼ねなくかけられたら、どれだけいいだろう。

 でも、僕にはそんな勇気はなかった。ただ眺めるだけでも充分幸せだ。なら、むやみに行動してこの状況を壊したくない。

 レジに表示された値段を彼女は復唱し、僕はそれをぴったり払った。

 うみのさんはそれを見ながら、レジ袋に商品を入れていく。固い物を下に、柔らかい物を上にとちゃんとしてくれる。こういう所も好きだった。

 そんな事を思いながら、動く白い指を見ていた僕に、急に彼女は話しかけた。

「いつも疲れてるね? 勉強? 頑張ってねー。はい」と僕にレジ袋を渡す。

 急な声かけに僕は慌てふためいていた。顔が熱い。口がちゃんと開かない。

 そんな状態のまま、僕は「あ、ありがとう、ございます・・・・・・」と、どもりながらなんとか言った。

 うわ。絶対に変な奴だと思われた。最悪だ。違うんだ。僕はもっとちゃんと話せる人で、どもったり、パニクったりする奴じゃないです。

 そう伝えたかったが、そんな事を言えば危ない奴でしかない。

「ありがとうございましたー」とうみのさんは笑った。

 僕はまた赤くなり、小さく会釈して、早足で外へと出た。歩き方がちょっとおかしい。

 恥ずかしかった。でも、同時に嬉しかった。

 いつも疲れてると彼女は言った。それはつまり、いつも僕が来ているのを覚えているって事だ。そんな認識さえされていると思わなかった。

 それが嬉しくて、なのにちゃんと出来ない僕が恥ずかしくて、顔を熱くしながら、気付くと僕は走り出していた。

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