第25話
僕もちょっとコンビニへ買い出しに行こうかなと、席を立ち、ヘッドホンを外そうとした時だった。
いなくなったはずのアヤセの声が聞こえてきた。どうやらまだアプリを立ち上げたままにしているらしい。他の二人は既にオフラインの表示が出ている。
「・・・・・・ヒロト。まだいる?」
「いるけど、どうかした?」
僕は再び着席し、近くにあった麦茶を一口飲んだ。
昨日のリュウと言い、何か最近のエデンは少し変だ。アヤセが僕とだけ会話するなんて記憶にほとんどない。
「えっと・・・・・・、えっとね・・・・・・」
アヤセはいつもと違い歯切れが悪かった。僕は首を傾げ、アヤセの言葉を待った。
耳を澄ましていると息づかいが聞こえる。なんとなく赤くなったアヤセを僕は想像した。
「さっきのなんだけ・・・・・・さ」
「さっきの?」
僕はキャンペーン攻略を謳ったあの書き込みを思い出す。けどそれとアヤセにどんな繋がりがあるのか分からなかった。しかしこれは勘違いだったみたいだ。
「レイチェルが言ってたじゃん。リュウはそんなに背が高くないって・・・・・・」
「ああ。そっちか。うん。それで?」
「あの二人って・・・・・・会ったことあるのかな?」
「・・・・・・・・・・・・えっと、どうだろ」
ああ、なんとなく分かってしまった。アヤセが言いたい事が、多分だけど。
僕は昔の事を思い出す。ルーラーに居た時、僕とリュウはトップパーティー。アヤセとヒラリはそれより下のパーティーで組んでいた。
当然話す事が多いのは同じパーティーだ。中でもリュウとレイチェルは今のリュウとアヤセみたいにずっと言い合っていた。
というよりリュウがちょっかいをかけていた。多分色々と反応してくれるのが嬉しかったんだろう。
そう言えば一度だけ、配信で顔出しをするかしないかみたいな話になった事があるのを思い出した。
あの時僕とカズマは断ったけど、レイチェルとリュウは顔を出してやっていたはずだ。
はずだというのは僕はレイチェルの方を見ていて、リュウの方はちゃんと見ていない。もしかしたらレイチェルはあの時の事を言っていたのかもしれない。
「ああ・・・・・・。多分昔配信してたから、あの時の事だと思う」
「・・・・・・そうなんだ」
沈黙。その沈黙は僕の心を揺らした。
話しかけるべきか、待つべきか。こういう時、どうすればいいのかを僕は知らなかった。
時間は深夜0時。ベッドタウンは眠っている為、聞こえるのはパソコンのファンの音だけだ。
僕はディスプレイの右下に表示されている時計をちらりと見た。もうアヤセが黙ってから二分ほど経つ。
もうそろそろ話しだそうかなと思った時、アヤセが小さな声で話し出した。
「この前さ。ちょっと検索してみたんだ。リュウの事・・・・・・。そしたらすぐにSNSが出てきて、友達とか女の子とかと海で遊んでる写真が載ってたの」
リュウらしいなと思った。あんまり顔を出したくないとか、そういう事を言い出す性格じゃない。
何よりなんとなくだけど、リュウはリアルでも上手くやってそうな気がしていた。
アヤセが続ける。声が楽しそうになってきた。
「あいつさ。ゲームと感じ似てた。流石に金髪とかじゃないけどさ。で、友達とふざけたり、水着の女の子と写真撮ったりして。ぶっちゃけリア充だったの。ゲームばっかりしてるくせに」
「・・・・・・うん。まあ、リュウってそんな感じだよね」
「うん・・・・・・。だけど、ちょっと寂しかったなー。ああー、こいつはリアルでもいっぱい友達いるんだーって。なんか勝手にあたし達が一番の友達みたいに思ってたからさ。寂しかった」
アヤセの気持ちは理解出来た。僕はリアルでの友達はあまりいない。いてもここの三人より仲が良いとは言えない様な程度の友達しかいない。
だからもしリュウがリアル友達と楽しそうに遊んでいる写真を見たら、取られたような気持ちになってしまうかもしれない。
「そっか・・・・・・」
どう言っていいのか分からなくて素っ気ない返事をした僕の後に、また数秒の沈黙が訪れた。
またアヤセの言葉を待っていると、小さな寂しい笑いが聞こえた。
「あはは・・・・・・。ごめんね。こんな事話して」
「ううん。気にしないよ」
「・・・・・・・・・・・・あのさ?」
「うん」
「あたし達っていつまで一緒にゲーム出来るんだろうとか、思った事ある?」
「・・・・・・・・・・・・うん。あるよ」
時間はいつでも有限だ。このゲームだっていつかは人がいなくなったりしてサービスが終わる。それは絶対で、避けようのない事実だった。
「あたしはなかった。でも、この前リュウの写真見た時思ったの。あいつにはいくらでも他に行く場所がある。だから、多分その内いなくなっちゃうんだって。そしたら急に悲しくなってさ・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・うん。分かるよ」
「これはあたしの我がままだけどね。ずっとこのメンバーでゲームしたいなって思ってる。せっかく会えたし、簡単に別れたくないよ。でも今のままじゃ絶対いつかバイバイしないといけなくなる。もしかしたら、あたしが言い出すかもしれない。受験が忙しいとか、学校とか、就職とか。理由は分からないけど、やっぱりそっちの方が大事だし」
「・・・・・・うん」
「でも帰ってきたいの。戻ったらみんながいる。そんな場所が・・・・・・ほしい」
アヤセの気持ちは痛い程分かった。僕だってそうだ。でも自分の都合でみんなを縛る事なんて出来ない。
ゲームは趣味だ。だから現実より優先する人なんてほとんどいない。プロゲーマーなら別だけど、そんな人は一握りしかいないし、きっとなれない。
僕だって来年は受験だ。多分、ゲームをする時間は減ると思う。
やってても要領の悪い僕は楽しめないだろう。そしたらみんなと距離ができて、そのまま引退なんて事もネトゲじゃ珍しくない。
僕達はゲームをする為よりも、仲間と会う為にここにいる事の方が多いからだ。
僕の心は少しずつ沈んでいった。でもアヤセは違った。小さな希望の欠片を見付けたように明るい声で言う。
「けどね。思ったの。今回のキャンペーンで優勝したら、みんな会社に招待されるわけじゃん? そしたら、会えたら変わると思うの。ネットだけの繋がりじゃなくて、現実で友達になれるって・・・・・・。違うかな?」
アヤセの声は照れていた。
僕は今までアヤセをリアルでも活発な女の子だと思っていたけど、案外そうじゃないのかもしれない。
僕と同じで、人見知りをするタイプ。知ってる人とは話せるけど、知らない人とは話せないタイプだ。
ネトゲで知り合った四人がリアルでも友達になる。もしそうなれば素敵な事だと僕は思った。
でも僕は、谷口宏人はヒロトじゃない。現実でみんなに会った時、きっと幻滅されるだろう。
口数の少ない僕。細くて弱そうな僕。笑うのが苦手な僕。
現実の僕はヒロトと正反対だ。
対してリュウは現実でも明るく、アヤセも会いたいというくらいには積極性がある。ヒラリは分からないけど、多分現実でも優しい女の子だと思う。
でも僕は違う。ヒロトを演じているだけであって、本当の僕は悲しくなるほどちっぽけな人間なんだ。
それを他人に見せたくなくて、だからどこでも静かにしている。殻に籠もって、ゲームに逃げ込んでいる。
そんな僕を受け入れてくれる人なんているんだろうか?
「・・・・・・そうだね。ならキャンペーンを頑張ろう。そしたら・・・・・・会えるよ」
「うん。相談乗ってくれてありがと。ごめんね。いきなりこんな事言い出して。でも言ったらすっきりしたし、やる気出たわ。絶対に優勝する。レイチェルなんかに負けてたまるか!」
元気にそう宣言するアヤセに僕は羨望を向けていた。
前向きになれる才能があるとしたら、アヤセやリュウにはあって、僕にはないからだ。
「・・・・・・じゃあ、僕は買い物行ってくるよ。また後で」
「はーい。バイバイ」
最後にはアヤセはいつものアヤセに戻っていた。
僕はヘッドフォンを外し、席を立って時計を見る。約束の時間まで後二十五分ある。
最近ゲームをやっているのに嫌に現実を感じてしまう事が多い。
そんな気分を少しでも変えるため、僕は財布とスマホを持って部屋を出た。
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