第23話

 午前三時。

 それから僕らはミゼルカの町に戻った。

 アイテムも所持数いっぱいになっていたし、新しい装備も作りたかった。

 要らないアイテムを売り、必要だけど持ってても意味のないものをギルドの倉庫に保管して、市場に向った。

 市場では鍛冶師達が作った装備やアイテムを売っている。それに特定のアイテムとお金を渡せば装備を作ったりもしてくれた。

 彼らは職人だ。あまり積極的に冒険へ出かけない。

 釣りをしたり、採掘、採取をしてアイテムを入手し、装備を作ってお金に換える。そのお金でギルドハウスを大きくしたり、豪華にしたりする人もいれば、鍛冶の為の道具を新しくしたり、カジノでギャンブルする人もいる。

 これもまたRPGならではあった。彼らのほとんどはキャンペーン攻略には興味がない。

 けど、参加しないわけではないらしい。鍛冶師が作った装備には独自の紋章を彫れる。

 つまりはブランドがあるわけだ。なので、今鍛冶師の間では誰が優勝者の装備を作るかが最大の話題となっていた。

 僕達エデンには専属と言えば大袈裟だけど、いつも良質な装備を作って貰っている鍛冶師がいた。この町でも屈指の腕を誇る職人だ。

 名前はゴトー。

 トーランだが、すらりとしたカズマとは違い、巨大な筋肉を持つ大男だ。

 白い短髪に髭を蓄え、黒縁の眼鏡を掛けた壮年男はグレーのタンクトップの上にいつも茶色い革製のエプロンを着け、大きな白くぶ厚い手袋と、グレーのズボンにサンダルを履いている。

>よお。そろそろ来る頃だと思ってたよ。素材は集まったか?

 ここは鍛冶師達が好んでいる居座っている鍛冶師ギルド。

 中には区切られた小部屋があり、そこには大きな作業台が置いてあった。

 そこでゴトーはトンカンとリズム良く何かをハンマーで叩いていた。ゴトーのその体から僕はいつも太い声を想像していた。けど実際のところは分からない。もしかしたら女の子かもしれない。

>うん。この前のダンジョンが結構ギリギリだったから、強化して貰おうと思って。

>そうか。なら装備を脱いでそこの机に置いときな。そうだな。急いでも一時間はかかる。

 その時間は普段なら待てるが、今は少しでも急ぎたい。何より少しいつもと様子が違った。

>え? いつもは三十分くらいだろ? 何でそんなに時間が掛かるんだよ?

 リュウがすぐさま書き込む。それにゴトーはハンマーで何かを叩きながら答えた。

>先客がいんだよ。待てないなら他へ行きな。

>先客・・・・・・? ・・・・・・ってまさかっ!?

 ゴトーが整備していた物を覗き込んだアヤセがハッとする。

 それは二本の白いブレイド。セイバー用の装備だ。レアアイテムを潤沢に使ったその剣は数が少なく、装備している人は限られる。僕らはその剣の持ち主に心当たりがあった。

 そしてそれは当たっていたらしく、その持ち主が部屋のドアを開けた。ボイスチャットから声が聞こえる。

「なんだ、お前達もゴトーに頼むのか」

 背の高い静かな男。カズマ。

 この世界で最大のギルド、ルーラーのマスターだ。

 装備を全て外し、黒いシャツとズボンを履いていた。その横にはレイチェルもいる。レイチェルも上下白のインナー姿だ。小さな体でふふんと胸を張っていた。

「あたし達が先客なんだから。割り込みは駄目よ! どうしてもって言うならヒロトだけは考えてあげなくもないけど。でも他は駄目! 絶対駄目だからっ!」

「黙れよ。クソチビ。一々突っかかってくるなって」

 リュウがすかさずレイチェルを煽った。

「だ、誰がクソチビよ! あんただってたいして背大きくないじゃない!」

「お前よりはよっぽど高いし。クソチビは黙ってろよ」

 リュウが楽しそうに笑う姿が僕には容易に想像出来た。レイチェルがギリギリと歯ぎしりする姿もだ。

 言い返そうとしたレイチェルだがカズマが遮った。

「レイチェル。あまり敵と馴れ合うな。ゴトーあと何分かかる?」

>おおよそ20分くらいだな。レベルが上がると難易度も上がるんだ。

 ボイスチャットはオープンにされている為、近くにいるゴトーにも聞こえているそうだ。けどゴトーは喋らなかった。

 その気持ちも僕は少し分かった。彼はリアルから自分を少しでも隔離したいんだ。多分だけど、そんな気がした。

「分かった。20分後に来る。金を積まれてもそいつらの装備を先に整備するなよ? もしそんな事をしたら――」

>無論だ。俺には鍛冶師としての誇りがある。贔屓はしないさ。

「・・・・・・ならいい。レイチェル、行くぞ」

 カズマは振り返る時、僕を一瞥した。その目はいつも通り冷たくて、あまり生気を感じない。

 名前を呼ばれたレイチェルはカズマを上目遣いで見上げた。

「ここで見てちゃ駄目?」

「駄目だ。お前はあいつらに甘いからな。そんなんじゃ他のメンバーに示しがつかない」

「で、でも・・・・・・」

「レイチェル」

 カズマの声色が迫力のあるものに変わった。静かな瞳でレイチェルを覗き込む様に睨んだ。

「お前も俺達を裏切るのか?」

「ち、違うわよ・・・・・・。ただ言ってみただけ・・・・・・。分かったわよ。行くわ・・・・・・」

 レイチェルは怯えた様に下を向き、横目で僕を見ながらとぼとぼと部屋を出て行った。その後にカズマも続く。

 ドアを閉める時、一瞬カズマはまた僕を見た。そして小さく舌打ちをして、ドアが閉めて見えなくなった。

 二人がいなくなった後、アヤセが我慢していた言葉をどっと吐いた。

「何よあいつ。感じ悪ぅー。今でも偉いつもりなわけ? 最悪」

「そういう事が大事なんだろ。あいつは。もうどうでもいいよ」

 リュウは関わりたくないと横を向いた。

 ヒラリはさっきからずっと居心地悪そうに下を向いたままだ。僕はここの空気が嫌で、ゴトーへチャットを送った。

>じゃあ、50分後に来るよ。もしその時できてたら、料金を一割増しで払うから。

>人を使うのが上手いねえ。分かったよ。やってみる。でも出来なくても文句言うなよ?

>うん。ありがと。

 僕はボイスチャットで皆に言う。

「それじゃあ行こうか。市場でアイテムとか揃えないと。情報も欲しいしね」

「そうだな。じゃあ旦那。頼んだぜ?」とリュウがゴトーの肩を叩く。

>任せとけ。

 ゴトーはトンカンとハンマーを叩き続ける。その音を聞きながら、僕達は部屋を後にした。

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