第21話

 アヤセとヒラリが起きてきた。

 その間僕とリュウは随分と経験値を積めている。と言ってもまだまだ次のレベルまでは遠い。

 僕はマラソンでも走ってる感覚に陥りかけていた。

「ごめん。ちょっとシャワー浴びてくるから待ってて」

「あ、わたしもー」

 来て早々、それだけ言って二人は席を立った。

 別に言わなくてもよかったのにと僕は思った。またくだらない事を考えてしまう。

 二人が居なくなった後にリュウが呟いた。

「ヒラリってさ・・・・・・声的に、巨乳だよな」

「え? そんな声があるの?」

 僕はびっくりした。残念ながら声で胸の大きさが分かる能力は持ちあわせていない。

「いや、多分だけど。そんなイメージ。アヤセは絶対に貧乳。貧乳はないくせにやたらとブラにこだわるからな」

 リュウの言葉には妙な納得感があった。多分それがリュウの女性経験に起因する言葉だからかもしれない。

 僕が持っていた二人のイメージにリュウの情報が加わる、その後、二人が戻ってくるまで、僕達はそんな話をしながらレベルを上げていた。

 バスタオルで髪を拭く音が聞こえ、二人が帰ってきた。

 アヤセが僕達のレベルを見て少し驚いた声を出す。

「いやー。すっかりお肌つやつや。って、おお! 上がってるじゃない。偉い偉い」

「何が偉いだよ・・・・・・。俺達の苦労も知らないで」

 リュウが苦笑し、僕とヒラリも軽く笑った。皆眠気がなくなって機嫌が戻っている。

 その後相談し、僕達は三つ目のダンジョン、五頭火山へ行くことにした。

 レイチェル達がいる所だ。まだいるかは分からないけど、キャンペーンのダンジョンは通常よりもかなり長く感じるから居る可能性はあった。

「え、レイチェルちゃんの放送見てたの?」

 ダンジョンを攻略しながら、二人がいない間の事を聞かれ答えるとヒラリが意外そうにした。

「うん」

「何でよ?」とアヤセが突っかかる。

 言わない方がよかったのかもしれなかったと言ってから気付いた。

 僕とリュウは別にレイチェルに対して何も思っていない。ルーラーを出る事になったのはカズマのせいだし、レイチェルは最後まで僕が出て行く事に反対していた。

 しかし、アヤセとヒラリは別だ。特にアヤセはよくレイチェルと言い合っていた。リュウ曰く同族嫌悪らしい。

 ヒラリとしても追い出されたギルドの話を聞くのは嫌なのかもしれない。

「何でって、別に、どこまで行ってるのかなって? ね?」

「そうだよ。適当におちょくってすぐに帰ったし」

 リュウが面倒そうに答えた。

 しかしアヤセは納得していない。

「あんたら、まだあの女と関係あるわけ? 陰で連絡取り合ってるとか」

「ちげーよ。配信やってるトップパーティーはあいつらくらいだから、それを見てたんだって」

「でもチャットで話したんでしょ? 信じられない。あの女は敵なのよ?」

「それが分かってるからスパイしに行ったんだよ。お前らが寝てる間に」

「何よその言い方っ!? 睡眠時間は皆で決めたことでしょ?」

 アヤセはムキになり、リュウのボイスチャットからは嘆息が聞こえる。

 それに慌てたのはヒラリだった。

「ご、ごめんね。わたしが変な事聞くから・・・・・・」

「ヒラリは関係ないわよ」

「そうだよ」

 アヤセとリュウがすぐさま否定する。

 それでもヒラリは「う、うん・・・・・・」と気にしていた。

 僕らはギクシャクしていた。それがプレイにも影響する。

 リュウの攻撃はチームを気にしないものになりつつあり、アヤセも補助を怠った。

 その分サポートの僕とヒラリが割を食うわけだ。攻略スピードは目に見えて遅くなる。

 五頭火山は全5ステージ。

 小さな火山から始まり、大きな火山へと登っていく。当然敵モンスターは上に行けば行くほど強くなっていく仕様だ。

 このままじゃだめだ。キャンペーンで勝つどころか、どこかで全滅してしまう。

 そして何より、このパーティーが上手くいかない責任はマスターである僕にある。

「分かった」

 僕がそう言うと他の三人が疑問符を掲げる。アヤセがむっとして聞いた。

「な・・・・・・、何がよ?」

「軽率だった。アヤセがそんなにレイチェルの事を気にしてるなんて思ってなかったから。謝るよ。ごめん」

「別に謝って欲しいとかじゃ・・・・・・・・・・・・」

 突然の謝罪にアヤセは口ごもる。でもこれは大切な事だと僕は思った。

「だから約束するよ。もう二人の許可無しにレイチェルの配信を見たりしないし、話しかけたりもしない。ゲーム内でいきなりとかはあるだろうけど、それ以外は相談するよ。どうかな?」

「それなら・・・・・・、まあ・・・・・・。別に怒ってるわけじゃないし。ちょっと残念だっただけで」

 アヤセは一応納得してくれたみたいだ。僕はほっとして後ろで回復するヒラリにも尋ねる。

「うん。ありがとう。ヒラリは?」

「そうだね。いいと思うよ。ありがとね。ヒロト君」

「・・・・・・え?」

 僕はびっくりしてしまった。お礼を言われるなんて思ってもいなかったからだ。

 ヒラリの口調はいつもと違いお姉さんみたいで、優しく微笑んでいるのが分かった。

 僕はなんだか嬉しくなって、同時に情けなくなった。もしかしたら僕に事態を収拾なんて出来ないと思われていたのかもしれないと思ったからだ。

 何より僕がここで演じているリーダーという役割をものの見事に見透かされている気がして、恥ずかしくて自分でも顔が赤くなっているのが分かった。

 今の僕はヒロトのはずなに、半ば強制的に谷口宏人へ戻された感覚だ。

 ヒロトはちらりと後ろを見た。いつも最前線にいる僕はほとんど敵にしか注目していない。

 けどヒラリは違う。一番後ろで僕達の事だけを見続けているんだ。体力は減ってないかとか、MPは保つかとか、状態異常になっていないかとか。ひたすら僕らを見続けている。

 だから僕が現実には何も出来ない人間だという事もバレているのかもしれない。そんな馬鹿な疑心が胸中をかすめる。

「ヒロト君」

 ヘッドフォンからヒラリの声がした。どうやら見ていた事に気づかれたみたいだ。

「・・・・・・えっと、なに?」

「MP大丈夫かな? 回復しようか?」

 またこうやってやんわりと気にしてくれる。ヒラリは僕なんかよりよっぽどパーティーの事を分かっていた。それがまた僕を情けなくさせる。

 分かってる。これは僕の問題だ。ヒラリは何も関係ないし、むしろ親切に気遣ってくれてる。

 なのにそれが僕には重荷になっていた。器の小さな本当の僕にはそういう事が耐えられないんだ。

 でも今の僕はヒロトで、彼はどんな敵の攻撃からも味方を守る騎士だった。くだらない事を黙ってこだわって、悩んだ挙げ句心配をかけている。僕はそんな自分が嫌になっていた。

 ふと思った。ヒラリは誰に話しかけてくれてるんだろうか? 僕なのか、ヒロトなのか。

 その答えは僕には分からなかった。

「・・・・・・ううん。まだ大丈夫」

「そっか・・・・・・。うん。何かあったら言ってね?」

「うん。ありがとう」

 僕はヒラリにお礼を言ってモンスターの攻撃から味方を守った。敵は黒い溶岩で出来たゴーレム。

 岩の隙間にある赤いラインが点滅を繰り返していた。ただの岩山にいるのより随分強い敵だ。ぼーっとしている暇はない。悩んでいる暇もなかった。

 僕は今ヒロトで、仲間と好きなゲームをしている。

 なのに、不思議と楽しめないでいた。いつもと違うその感覚を忘れようと、僕はキャラクターが動くディスプレイに集中した。

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