第20話
ログインして、ローディング画面を眺める。
ヒロトの姿を見ると僕の怒りは少しずつなりを潜めていく。
麦茶をゴクリと飲んでから、ボイスチャットを付け、ギルドに行くとリュウが待っていた。
「ごめん。待った?」
「いや、今来たとこ。リビングからカップ麺とか色々持って来たんだけどさ。俺の部屋、ポットとかないからあんま意味なかったわ」
そう言ってリュウは笑い、僕も笑った。もうここは現実じゃなくなっていた。
それから二人で移動魔法を使い、レベル上げに勤しんだ。
そしてなんとかレベルを一つ上げた。嬉しさは薄いけど、一歩一歩目標へ向けて進んでいるのを実感出来る。
そういやさとリュウが前置いた。
「一応SNSで確認してるんだけど、今のところトップはダンジョン三つ目くらいらしい」
「じゃあまだまだいけそうだね」
僕達は今二つのダンジョンを攻略している。これから更に難易度は上がるだろうし、いくらなんでも他のパーティーだって休憩が必要なはずだ。
リュウの情報が本当なら僕らエデンもトップ争いに加わっているはずだった。
「ルーラーは?」
「えっと、あいつらなら配信してるだろ・・・・・・。あったあった」
リュウがボイスチャットアプリのコメント欄にURLを張ってくれた。
それをクリックすると、ゲーム実況が盛んなサイトに飛んだ。どうやらレイチェル視点で配信しているらしい。
レイチェル本人も小さく映っている。小さな体に黒い前髪を揃えたツインテール。そしてお姫様みたいなふりふりのついたピンクの服を着ていた。
可愛いらしい顔だが眉がずっとハの字を逆さまにした様になっていた。横のコメント欄ではコメントがさらさらと流れていき、視聴者数も余裕の四桁を記録している。
「今火山やってるな。いくつめのダンジョンだろ? 攻略順分からないし、聞くか」
聞く? と僕は首を傾げたが、すぐにやり方が分かった。コメント欄で視聴者に聞くんだ。
おそらくリュウと思われるコメントが今何個目? と尋ねた。すぐにいくつか反応があり、三つと返事があった。
どうやら飛び抜けて進んでいるわけではないみたいだ。僕は安堵した。
「レベルも同じくらいだね」
「そうだな。まあ、流石にあいつらもこの難易度じゃ出せるスピードは知れてるだろ。にしてもレイチェルうるさいな。何でこんな奴が人気あるんだ?」
確かにレイチェルはうるさかった。
魔法を放つ度に「いけえ!」とか「喰らいなさい!」とか叫んでる。
その度にコメント欄は動き、可愛いとか凄いとか褒められている。
一緒にパーティーを組んでていた僕らとしてはどこか懐かしかった。
この声がボイスチャットからずっと聞こえてきたのもかなり昔の事に思える。
「やっぱり女の子がゲーム上手いと注目されるからさ。うちも配信したらアヤセとかヒラリとか人気出ると思うよ」
「ヒラリはともかくアヤセはそうか? 言ってる事はレイチェルとそんなに変わんないだろ。俺としても配信はあんまり興味ないな。前はやったけど、あんまり楽しくなかったな。みんながやるなら別だけど」
「それは僕もかな。でもお金とか貰えるんでしょ? アヤセとかやりたいんじゃないかな?」
「金の為にゲームしだしたら仕事じゃん。遊ぶためにやってんのにさ。そうなったら俺は辞めるよ。視聴者を楽しませる為にプレイとか絶対心の底から楽しめなくなるし。実際配信してる奴ってわざとらしいっていうか、そんな感じに見えるんだけど。俺だけかな」
「多分配信するのが好きな人なんじゃない? 別にゲームじゃなくてもいいみたいな」
「かもな。そういう意味ではレイチェルって凄いのかもな。あいつのプレイをそのまま映せば見てる奴は楽しそうだし、さっきからコメントガン無視だもんな」
しばらく僕らはレベル上げをしながらレイチェルの配信を見ていた。
魔法の選択、タイミング共に抜群な巧さを見せる。パーティー全体も統率が執れていて軍隊みたいだ。
「あ、バレた」とリュウが呟いた。
どうやらさっきのコメントがリュウの物だとIDから特定されたらしい。
裏切り者とかスパイは殺せとか書き込まれている。酷い言葉が並んだが、リュウは面白そうに笑っていた。
コメント欄の様子がおかしい事に気づいたのか、レイチェルが画面カメラをギロッと見た。
「何? リュウあんた見てるわけ? それってカンニングじゃないっ!? だめ! 見ちゃ駄目だから! 見たいならお金払いなさいっ! このスケベ!」
「あほか。誰がお前のプレイに金払うんだよ。見てやってんだからお前が金払えっと」
リュウが今言った事を書き込む。
するとレイチェルが顔を真っ赤にして怒った。
「この馬鹿リュウ! 何が金払えよ! 死んじゃえ!」
その反応にリュウが声を出して笑う。昔からだけどレイチェルをおちょくるのが上手い。
けど流石にこのままじゃレイチェルがかわいそうでもあった。怒り狂ったリスナーからエデンが妨害されても困る。
僕はキーボードでチャット欄に言葉を並べた。
>ごめんね。僕らはもう帰るから。
「え? 何? ヒロトも見てるの? べ、べつにあんたが謝らなくてもいいわよ。悪いのは馬鹿リュウなんだから・・・・・・。ってちょっとあんまじろじろ見ないで。お風呂も入ってないし、お化粧もちゃんとしてないから・・・・・・」
レイチェルは赤くなったままカメラを動かした。SF0の人気モンスター、モコシープのぬいぐるみが小さな画面に映る。
こういうところは普通の女の子だ。部屋も和室だし、日常生活を盗み見ている感じがする。
これも配信を見る魅力なのかもしれない。僕が女の子の部屋を見る事なんて姉を除けば機会がない。姉の部屋は有り得ない程汚いから見たくもなかった。
>そっか。じゃあ、頑張って。
「う、うるさい! あんた達は敵なんだから! 応援なんてしてくれなくていいの! もう調子狂うじゃないっ! えっと、リップどこだっけ? ってミスしたちゃったっ! もう!」
レイチェルの言葉を途中で切って、僕はブラウザを閉じた。
レイチェルの言った通り、僕らは敵だ。
それにまだクリアしてないダンジョンの攻略を盗むのはフェアじゃない。くだらない考えかもしれないけど、僕はそういうのを大事にしたかった。
「ああー面白かった。あいつも分かりやすいな。さ、そろそろうちのうるさいのも起きてくるし、その前に出来るだけ狩っとくか」
「そうだね。なんかちょっとやる気出たよ。やっぱりルーラーだけには負けたくない」
「いいねえ。ヒロトってあんまそういう事言わないのに。たまにはあのアホも使えるんだな」
リュウが笑い、僕も小さく笑った。
もしこの事をレイチェルに聞かれていたら激怒するだろう。
でも今は良い。彼女は敵で、負けたくない相手だった。
ゲームは僕の全てだ。これにプライドを持たせたいなら、この勝負で負けるわけにはいかなかった。
もし勝てれば、姉の言葉にも言い返せるかもしれないと僕は思った。
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