二章
第17話
セミがずっと鳴いている。
同時にお年玉で買ったデスクトップパソコンもうるさくファンを回していた。
僕を冷やす為に回っていた扇風機は今、パソコンを冷やしている。こうしないと熱で駄目になってしまうからだ。
実際去年はそれでグラフィックボードがお亡くなりになった。代わりに僕は汗だくな体をうちわであおいでいる。
迷いの森のボス、ブラウニーユニコーンを倒してから既に10時間が経っていた。
時刻は昼の一時。
あれからもう一つのダンジョン、雷鳴の草原を――広い晴れ渡った草原に、雷が振ってくる――なんとか攻略し、ボスの雷鳴鳥を痺れながらもなんとか倒し、ストーリーを進めたが、やはりレベルの問題に行き当たった。
その為に今はレベル上げをしている。
かれこれもう4時間もダンジョン、雷鳴の草原でモンスターを狩り続けている。
雷鳴の草原の方が、迷いの森より経験値が稼ぎやすかったからだ。
レベルはあれからもう1だけ上がった。上限まではあと8。
しかし、初期ステータスと違いレベルの上がりは徹夜明けの瞼よりも重かった。
既に1時間ほど、ボイスチャットからは声が聞こえない。
それでもキーボードやマウス、ゲームパッドを動かす音がカチャカチャと鳴っていた。
僕も話す気力はなかった。これと言って話す事もない。
ただただモンスターを狩り、経験値バーが微かに動くのを見ているだけだ。
アイテムはかなり貯まったから後で市場に売りに行こう。ぼんやりとそう考えていた。
がしゃん!
何かが落ちる音がした。驚いて僕は辺りを見渡した。
しかし異変はない。ということは聞こえてきたのはヘッドフォンからだ。僕は心配になって尋ねた。
「・・・・・・どうかした? 大丈夫?」
「すげえ音だったな。目が覚めたよ」
リュウが欠伸をしながら小さく笑った。
その後ヒラリがぼんやりと話す。
「・・・・・・え? 何かあったの? ごめん。もしかしてわたしミスした?」
寝ぼけているがどうやらヒラリでもないらしい。ということは・・・・・・。
「最悪・・・・・・・・・・・・」
アヤセが不機嫌そうな声を出した後、立ち上がる音がした。
「どうしたの?」
「・・・・・・寝ぼけてジュースこぼした。それにびっくりして立ち上がったら机に膝が当たってノーパソがひっくり返ったわ。一応大丈夫そう」
どうやら最悪の展開、キーボードやマウス、パソコンが壊れるといった事にはなっていないらしい。
アヤセのマイクからティッシュを何枚も箱から取る音が聞こえた。
「ああもう。シャツがびしょびしょ。着替えあったっけ? もうめんどうだから脱ご」
次に服を脱ぐ音がした。眠いながら、僕の脳裏にそれが想像された。
疲れていたせいで変な気持ちになる。
そうか、今アヤセは裸なんだ・・・・・・。いや、下着くらいは着てるか・・・・・・。それでもまあ、いいな・・・・・・。
既に思考は思考の体をなしてない。理性より本能の部分が僕を支配しつつあった。
アヤセを見たことはない。でもなんとなく可愛く活発そうな女の子で想像していた。
それになんの意味もないけど、可愛い女の子が下着姿になったら、思うところがあるのもしょうがない。
「もうアヤセちゃんったらー。みんな聞いてるよー」
「別に見られるわけじゃないからいいわよ。うわ。ブラも濡れてる」
別に意味はないけど、僕はアヤセにお礼を言いたかった。意味はないけど。
「わたしはずっとパジャマでやってるよ。ブラとか夏休みに入ってつけてないかも」
「いや、それは駄目でしょ。色々と。あたしもブラはつけるけど服は着てない時あるけど」
「そっちの方が駄目な気がするけど・・・・・・」
「いいのよ。うちは女ばっかりだからこれが普通なの」
アヤセとヒラリの女子トークを僕とリュウは黙って聞いていた。
少し目が覚めた。気を取り直して僕はモンスターに切りつける。
倒すとレアアイテムを手に入れた。ラッキーだ。
リュウがおそらく伸びをしてうーっと言ってから、二人をちゃかした。
「俺もブラしてないわー。した方がいいかな?」
「はあ? 女子の話を盗み聞きすんな」
「盗み聞きって・・・・・・」
呆れるリュウ。
僕は「あはは・・・・・・」と困りながら笑った。
普段こういった話題に触れることはなかった。
また眠気が襲ってくる。何度も撃退した睡魔は益々勢力を増していた。
目頭をぎゅっと押さえ、汗をタオルで拭いた。麦茶を飲む間も右手はマウスを動かし続ける。
分かっている。正直もうみんな限界だ。
キャンペーンを開始してから既に15時間くらい経っている。その間休憩もなしにやり続けた。僕らの最高記録だ。
こういう時、自分だけ抜けるとは言いにくい。結局誰か言い出して終わるんだけど、今回はキャンペーンの事もあって誰も言い出さなかった。
この場合、それを促すのがリーダーの役割なんだろう。そういう事も僕はこのゲームから学んでいた。
「・・・・・・休憩しよう」
僕は敢えて言いきった。
しよっか? なら、その後どうするかを考えなければならない。どうせするならすぐに決断した方がいい。
「そうだな・・・・・・。流石に眠いし。どれくらいにする?」
リュウが他のメンバーに尋ねてくれた。キャンペーンと体力の回復。その兼ね合いをつけないといけない。
そこでヒラリが少し申し訳なさそうに言った。
「あ、あの・・・・・・。言いにくいんだけど、お肌の為にも5時間くらいは、その・・・・・・」
「そうね。やりっぱなしだったし、それくらいは他のパーティーも寝てるんじゃない?」
アヤセがヒラリをフォローする。なんだかんだでアヤセは面倒見がいい。
「長くない? 俺そんなに寝ないんだけど」とリュウ。
「長くないわよ。睡眠時間は6時間以上が常識でしょ。5時間でも足りないわよ」
「そりゃ、いつもはの話だろ? 今はキャンペーンの方が大事じゃん」
「だからって睡眠時間削りすぎて倒れたらどうするのよ?」
「それくらいじゃ倒れないって。なあヒロト?」
リュウとアヤセは言い合っていた。
リュウとしてはキャンペーンを重視したい。
アヤセはヒラリの事もあるが、自分も寝たいんだろう。
こういう時、決めるのはいつも僕だ。
集団の中で僕が何かを決定して、それにみんなが従う。そんなこと、ゲーム以外で僕の人生に訪れるんだろうか?
そう思うと自信がなくなり、申し訳なくなる。でもそんな気持ちじゃギルドやパーティーはまとまらない。
僕は二人の意見を吟味した。そして結論を出す。
「・・・・・・じゃあこうしよっか。僕とリュウは四時間寝て、そこから二人でレベル上げ。アヤセとヒラリは5時間寝る。バラバラになるのはあれだけど、アヤセの言う通り倒れたら困るし、眠いと効率が下がるのは確かだ。いい?」
「まあ、それならいっか。俺らのレベルが上がれば後ろも楽だもんな」
リュウは同意してくれた。合理的なら大体の意見を受け入れてくれるから、僕としても楽をさせてもらえている。
続いてアヤセとヒラリからも合意を得た。
「それでいいわ。じゃあ、あたしは寝るから。おやすみ・・・・・・」
「うん。わたしもおやすみなさい」
アヤセとヒラリがボイスチャットを切った。
そしてパーティーのメンバーがログアウトしましたと表示が出る。広い草原にいるのは僕とリュウだけになった。
「じゃあ、僕も寝るよ」
パソコンも動かしっぱなしだし、少し休めてあげたい。
そう思っていたところをリュウに引き止められた。
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