第15話

 全身黒ずくめだ。男は黒いフードを被って、黒いロッドを持っていた。魔道士だ。それもかなり攻撃に装備を振っている。

 リュウは彼を見上げ、槍の先を向けた。

>なんで助けた? 情けか?

 リュウの文には屈辱が混じっていた気がした。

 その気持ちは僕にも分かった。助かったけど、どこか助けて欲しくない気持ちもあった。我が儘だけど、大事な気持ちでもある。

>気まぐれだ。

 男は淡泊さが分かるようなチャットを書いた。

>・・・・・・あっそ。でもそういうのってさ、プライド的に障るんだけど。

>ならもっと強くなれ。弱者が何を言っても戯言にすぎない。

>言ってくれるじゃん・・・・・・。

 悔しそうな笑みを浮かべるリュウ。

 近くにいたアヤセは呆れていた。

「別にいいでしょ? 助かったんだから。素直にありがとうって言えないの?」

「女には分かんねえ事があるんだよ」

「なにそれ? 馬鹿みたい」

「馬鹿でもあるの。ちょっと黙ってて」

 むっとするリュウにアヤセは嘆息してボウガンを肩に担いだ。

 それを見てヒラリは苦笑しているが、僕にはリュウが言っている意味がよく分かっていた。

 助けて欲しいけど欲しくない。願うなら自分の足で立っていたかった。

 自分達でやり遂げる。それに価値があるんだ。親に描いて貰った絵が賞をとっても嬉しくないのと同じだ。得た物は同じでも、気分が違う。

 リュウがまたチャットに書き込んだ。

>あんた、名前は? どこのギルド?

>・・・・・・名前はステータスを見れば分かるだろう。ギルドには属してない。

 男は名乗ってなかった。僕は男のステータスを見た。クリックすればすぐに見られる。

 名前。装備。レベル。プレイ時間。プレイヤーがいる場所などの情報が載っている。

 男の名はハジメ。言った通りギルドには入ってなかった。

 いわゆる野良だ。それでも装備、レベルと共にかなり高かった。もしかしたら現時点で魔道士の頂点かもしれない程だ。

 リュウも確認したのか、少し無言になった後、目をきりっとさせた。

>これは借りだから。また今度返すよ。

>必要ない。俺はただ余ったMPをばらまいただけだ。

>いや、何が何でも返すから。なあヒロト?

 リュウは僕の方を向いた。僕はハジメを見ながら頷いた。

>うん。そうだね。

>ほら。うちの大将もそう言ってる。

 リュウは強気に笑った。

 僕にそんな余裕はない。ただただこの人はどんな人だろうと思って見つめていた。

 ハジメはしばらく黙り、そしてフードを取った。そこには虚無の瞳があった。グレーの髪が風に揺れる。歳は中年とまではいかないが、そこそこ取っていた。

>・・・・・・分かった。これは貸しだ。だが貸しを返したいならもっと強くなれ。ここはモンスターが強い。各個撃破か、それが出来ないならレベルを上げろ。対等に扱うのはそれからだ。

>おう。

 リュウはこくんと頷き、槍を背負う。そしてニカッと笑った。少年みたいな笑みだった。

 ハジメは少し間を開けて、僕らにこう聞いた。

>お前達はキャンペーンをどう思っている?

>どうって?

 リュウが首を傾げた。僕もいまいちチャットの意味が分からなかった。

>くだらないとは思わないか? 

>まあ、気持ちは分かるけど。こんなチャンスはそうないからな。俺達は与えられたものの中で楽しむだけだよ。

>それがこの世界を壊すものでもか?

>どういう意味? よくわかんないんだけど。

 リュウは疑問符を浮かべるけど、僕はハジメの気持ちが少し分かるような気がした。

 僕達プレイヤーが争う。それはMMOであるSF0じゃ今までほとんどなかった。

 そういう意味では今回のキャンペーンはかなり異質なイベントではある。多分ハジメはそこに違和感を感じたんだろう。

 ただ僕はそれを深くは考えていない。リュウが言った通り、与えられたものを楽しむのもゲームの遊び方だ。

 というよりこうするしかない。運営の流れに沿って、目の前の出来事を半ば機械作業的にプレイする。その中でどう楽しみを見いだすかは人それぞれだ。ある意味、人生と変わらない。

>・・・・・・分からないなら良い。

 ハジメは少し寂しげにして、移動魔法でどこかに忽然と消えてしまった。

 いなくなると、まるで最初からいなかったような感覚になる。それでも彼は確かにいた。

 場が一瞬静かになった。

「凄かったね・・・・・・」とヒラリが呟いた。

「うん・・・・・・」と僕は頷き、リュウも「まあな」と言った。

 凄かった。あのモンスター達を一瞬で倒すなんて。知識とずば抜けた魔法攻撃力がなければ出来ない。

 何より彼もこのダンジョンは初見のはずだ。

「で、どうする? このまま行く? それとも一旦退く?」

 アヤセが僕に聞いた。その判断をするのも最終的には僕だ。

 う~んと悩んでいる間、ヒラリが皆に回復と防御魔法のかけ直しをしてくれた。MPは少しずつだが自動で回復する。

「・・・・・・少し休もう。で、MPが戻ったらモンスターを各個撃破して経験値を稼ぐ。レベルが1でも上がればかなり楽になるはずだよ。全員のレベルが上がったら攻略再開って事でどう?」

「いいんじゃない?」

「そうだな」とリュウも同意し、ヒラリも頷いた。

 体力が全快になると不安も薄くなる。MPかなり戻ってきた。

 僕は森をゆっくりと見回した。

「油断はやめよう。ここは思ったより危険だ」

 そう言って僕は前に歩き出した。深くなる森。怖かったけど、同時に美しかった。

 オンラインゲームでは文句なしのグラフィックが僕らを待っている。

 木漏れ日が僕の鎧を照らし、剣を光らせる。風が木々を揺らし、川は穏やかに流れている。

 辺りに危険なモンスターがいない事を確認しながら、僕らのパーティーは迷いの森の更に奥へと入って行った。

 他のパーティーはどうしているのかと思いを馳せながらも、自分達のペースで歩むと決めた。

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