第14話
やっぱりだった。僕達が予測した事はよくも悪くも当たってしまう。
ここは追加された七つのダンジョンの一つ。迷いの森・オウガズフォレスト。
追加されたダンジョンの中ではストーリー上で一番最初に通過する場所だ。
いくらこれが追加パッチだと言え、最初のダンジョン。難易度は中くらいのはず・・・・・・だった。
『キャンペーンへの参加を確認しました。ダンジョンの攻略難度を最上位に変更します』
その文言が僕のディスプレイに表示される。
元々SF0には難易度というものがあり、特定のダンジョンでは自分で決められる。
難易度が高いほどレアアイテムが手に入る為、レベルが高くなったり、装備が揃ったりするので挑戦していくという仕様だ。
しかし、キャンペーンに入ると強制的に難易度が最上の『ヘル』となる。
文字通りそこは地獄だった。
いつもは倒せるはずのモンスター達すら体力が増え、攻撃力が上がり手こずる。
「くそっ・・・・・・。どうするよ? ヒロト!」
目の前の敵、木のツタが体を覆った緑の人型モンスターアイヴィン。
それと戦いながらリュウが僕に指示を仰ぐ。このままなら全滅しかねない。
アイヴィンは次々とやって来る。その手には木の棒を持ち、頭部の一部は暗く、そこから黄色い小さな光りがぽつりと見える。
「と、取り敢えず回復出来る場所に移動したいけど・・・・・・」
「それがどこって聞いてるのよっ!? もうっ! 左からツインスネークが来てるわ!」
アヤセの声で左を見ると、頭が二つある大きな太い蛇がこちらへやって来ている。
噛まれれば毒になる為、この状況では会いたくない相手だ。
アヤセがボウガンで威嚇射撃するが、ツインスネークはほとんどアクションを見せずに舌を出して這ってきた。
それを見てヒラリが少し大きな声を出した。
「回復が追いつかないよ。そろそろ防御魔法も切れるし・・・・・・。なんとかしないと・・・・・・」
全滅。
その二文字が頭に過ぎる。
普段なら別にいい。ちょっとがっかりするくらいだ。でも今はキャンペーン中。アイテムやお金、そして何より経験値を無駄にするのが痛かった。
レベル上限が緩和され、あと10程上がる様になった。しかし既にレベルは高いので1上げるのもかなり大変な設定になっている。
純粋にレベル上げしていても一日で2か3上がれば良い方だ。
僕達はもうすぐ1上がりそうな程経験値を溜めてきた。しかし今全滅すればそれを失ってしまう。
それは実質キャンペーンからの脱落に近かった。そんなのは絶対嫌だ。
僕はギリッと歯ぎしりをする。アイヴィンからの攻撃を盾で凌ぎながら辺りを見回し、脱出経路を探す。
後ろは川だ。確認してないが、もしモンスターがいればピンチに拍車が掛かる。
または目の前のモンスターを倒すか。アイテムを使えばなんとかいけるかもしれない。
しかし、もしそれで負ければ損失が大きすぎる。
僕は中々判断出来ないでいた。
決められない、いつもの谷口宏人になってしまっていた。
それが危機を更に大きくする。減り続けるヒットポイント。
ヒラリの回復は的確だが、間に合っていない。それにMPも底をつきそうだ。
僕は焦っていた。そしてやってはいけないミスをする。ヘイトを稼ぐことを忘れ、モンスター達がヒーラーのヒラリを狙い出す。
ヒーラーの回復はそれだけでヘイトを稼いでしまう。ナイトがしっかり惹き付けないと防御力の低いヒラリが狙い撃ちされてしまうのだ。
「しまった――――」
僕がヘイトを稼ぐスキルを使う。しかしボマードソードは一体ずつにしか使えない。他のアイヴィンとツインスネークがヒラリを囲む。
「きゃあぁっ!? 助けて!」
悲鳴を上げるヒラリ。しかし間に合わないのがはっきり分かった。
ヒーラーが倒れればパーティーは回復手段を失い、実質瓦解が決定してしまう。
終わった。
こんなにすぐ。
まだ何もしていないのに。
悔しさと悲しさと虚しさ。それらを混ぜ合わせた負の感情が僕の胸中をかすめた。景色がスローモーションで動いていく。
ああ、僕はまた何もやりきれずに終わってしまう。
ある意味ぴったりだ。そういう人生だった。何も、何一つ成し遂げた事がない。
誰からか尊敬された事も、何かで一位になった事も、何かを作り上げた事も、ない。
気付いたら体がヒラリの方へ動いていた。剣を捨て、盾を捨て、身を軽くして走り出す。
そしてモンスター達が攻撃する瞬間、僕の体はヒラリと攻撃の間に間に合った。
間に合ったって何も変わらない。僕が倒れて、その後はヒラリだ。
でもアヤセとリュウは逃げ切れるかもしれない。そうすればまだ希望が――――
走馬燈と言えば大袈裟だけど、そんな打算的な考えを持ちながら、死を覚悟した僕。
しかし、待っていたのは死ではなく、援軍だった。
「フルエガ」
誰かがそう言ったのが聞こえた。僕達のパーティーではない誰か。
静かな男の声だ。その詠唱は攻撃魔法を意味した。
辺りを冷気が包んだ。ドライアイスから発せられる煙に似ていた。
動きを凍らせる上位魔法。高レベルの魔法は使い手が相当な手練れである事を示していた。
僕達はピタリと止まった。動けば凍ってしまうからだ。
しかしモンスター達はそれを知らない。知っていても動くようにプログラムされている。
アイヴィンの振り下ろした腕は凍り、体当たりをしかけたツインスネークの全身を氷が包む。
>何をしてる。今だ。
チャットが動いた。それは魔法効果が切れるタイミングを伺っていたリュウとアヤセを動かした。
「グロウリースピア!」
「96ミリ対魔甲弾!」
二人共高火力のスキルを発動させた。
リュウは光りを槍の中心に集め、放出。それは凍ったアイヴィンの群れを一気に貫いた。
アヤセは動かないツインスネークへ大きな弾を装弾し、狙いをつけて放つ。衝撃でアヤセの体が後ろへ五十センチほど下がり、背中が少し凍る。ツインスネークの体はバラバラになった。
僕達はその命を繋ぎ止めた。ほっとして、体から力が抜ける。緊張感が息に混じって全部出た。
後ろではヒラリがぺたんと女の子座りで俯いていた。
「もう駄目かと思ったよー」
「・・・・・・僕も」
振り向いてヒラリに手を伸ばす。まだここは戦場だ。休んでいたらまた同じ目に遭うかもしれない。
ヒラリは顔を上げ、僕の手を取り、優しく笑った。
「助けてくれてありがとう」
「いや、あれは助けたって言うか・・・・・・僕のミスだから。どっちみちやられただろうし」
「でも嬉しかったよ」
「まあ、ナイトだから。それが仕事だよ」
礼を言われて嬉しかったけど、僕はそれを隠すようにヒラリを引っ張り上げた。
そんな僕とヒラリの後ろでリュウがワールドチャットへ書き込む。
>待てよ。
それは僕達への言葉ではなく、それ以外の人への言葉だとすぐに分かった。僕は振り返る。
するとリュウは投げた槍を拾いながら、動いた気配へ話しかけていた。その気配には僕も気付いていた。
木の上だ。呪文が聞こえたのもそこからだった。
上を向くと、太い木の枝に一人の男が立っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます