第11話

 帰ってくるとインストールの完了表示は98%になっていた。

 僕はアイスバーを袋から取り出し、咥えながら椅子に座り、ヘッドホンを付ける。

 既に他のメンバーは揃っている。またアヤセに「遅い」と言われながらアイスを食べていると、遂にインストールは終わった。その長さはアップデートがどれほど膨大かを教えてくれた。

 次に出てきた画面もいつもと違う。ネクストエイジの文字がでかでかと英語で書かれている。

 次にムービーが始まった。新しいムービーはゲームの何倍も迫力があり、僕の胸を高鳴らせる。

 ナイトが仲間を守り、後ろからランサーやガンナー、セイバーに忍者がドラゴンを攻撃する。ドラゴンの攻撃をヒーラーが守る。しかしヒーラーにそんな強力な防御魔法はない。あるのは精々耐久力を上げる魔法くらいだ。

 これは演出であり、実際のゲームではこんな風にいかない。もっと地味な体力の削り合いが待っている。

 それを知りながらも、新しいムービートレイラーを見るとドキドキした。

 ログイン画面が出てくる。キーボードを手前に引いた。

 パスワードを入力して、エンターキーをタイプすると僕は騎士になった。

 ムービーが終わるとロード画面がやってくる。そしてそれも終わり、僕らはさっきまでいたギルドの部屋に居た。

 四人ともほぼ同時にログイン出来た。混んでいると出来ない事もあるからこれはラッキーだった。

「とりあえずマニカさんのとこへ登録しに行こっか」

 僕がそう言うと残りの三人も同意した。全員一緒に移動魔法でミゼルカへと飛ぶ。

 飛んだ先の広場は人でごった返していた。密度だけなら休日の渋谷より多いかもしれない。

 僕の足下では小さな種族、ミミクロが走り回っている。正直鬱陶しい。人が見てないなら蹴ってやりたい気分だ。

 リアルでもバーチャルでも人混みは嫌いだった。

 僕はあるはずのない人混みの匂いに嫌気が差しながら、目的地へと向った。

 いつもはクエストを受け、報酬をもらう時だけに行くグランドギルドの本部だ。

 グランドギルドは全ての冒険者が登録している巨大なギルドであり、ストーリー上では他の大陸と戦う傭兵部隊の要でもある。

 グランドギルドへ続く道は広場より混雑しており、中に入ると人で埋め尽くされていた。

 誰もが目的は一つ。早くキャンペーンに参加し、少しでも早いスタートダッシュをかける。

 見たところ有名なギルドメンバーがたくさんいた。このサーバー内でトップ3と呼ばれるギルドメンバー達の姿も全て発見出来る。

 冷静に考えれば他のサーバーとも競争をしているわけだから、見える相手だけが敵じゃない。

 そう思うと僕は少し焦った。ここで遅れて、最後にタッチの差で負けましたじゃ悔やんでも悔やみきれない。

「ここもすごい人だな・・・・・・」

 リュウが面倒そうに呟く。ここにいる誰もが同感だった。

「僕が行って登録してくるよ。ちょっと待ってて」

 曲がりなりにも僕はギルドマスターで、パーティーリーダーだ。

 本当は責任のある立場に何て立ちたくないけど、ギルド結成の成り行きでこうなった。

 他のメンバーを残して僕は前方のマニカさんを目指す。人の波をかき分けると、マニカさんの前にはスペースに出た。

 どうやらほとんどが登録目的ではなく、キャンペーンの概要をチェックする為らしい。

 それでも何人かの人影がマニカさんの近くに見える。

 間違いない。全員ギルドマスターだ。

『キャンペーンに参加される方々へ、こちらの用紙にパーティーメンバーの名前とIDをご記入下さい。それをこちらの箱に入れると登録完了です。登録されると手の甲にキャンペーンの間、紋章が浮かび上がりますので、それで登録出来たかどうかを確認して下さいね』

 眼鏡をかけた真面目そうなヒューマン。大きな胸にミニスカートから見える長くて綺麗な足。マニカさんは人気のNPC、つまりはゲーム側が用意したキャラクターだった。

 僕は用紙を貰い、近くのテーブルで名前を記入していた。

 IDはチャット画面で尋ねて書いた。書き終わると、すぐにギルドに置かれた茶色い大きな木箱に向う。

 もう人混みはこりごりだ。早くダンジョンへ行きたい。箱に紙を入れると、手の甲盾と剣の紋章が浮かび上がった。

 結構格好いいなと思っていると知り合いが話しかけてきた。わざわざボイスチャットでだ。

「あれれ? そこにいるのは弱虫ヒロト君じゃない。なに? あんたもキャンペーンに参加する気? なんで? どうせ逃げ出すのに」

 おそらく僕が体験した中で一番鬱陶しい挨拶だった。

 僕が視線を横へ動かすと、そこには金髪の女がニヤニヤしながら立っていた。

 ロッドを持っているがヒラリみたいな魔術師ではなく、二文字違いの魔道士の尖ったものだ。黒いパフスリープにふんわりしたカボチャみたいなスカート。胸には中心に宝石がついたドロワーズ。小さな黒いハットに赤いリボンのゴスロリファッション。

 それらはどれもレアアイテムだった。金髪の長い髪に赤い瞳。

 彼女の名前は、

「・・・・・・何か用? レイチェル・・・・・・」

 僕は面倒に思いながら彼女の名を言った。もちろん偽名だろう。

 むしろSF0で本名プレイは少ない。僕は考えるのが面倒だったから下の名前で登録したけど他の三人はニックネームだ。

 レイチェルは胸に手を当て、ふふんと背筋を伸ばした。

「その様子だとまだあの子達と一緒に居るみたいね。あたし達のギルドにいればもっと良い思いが出来たのに。キャンペーンだって訳ないわ!」

 高飛車な態度を平気で取れるのはある意味尊敬する。少なくとも僕には出来ない。でも残念ながら現実にいたら友達がいないタイプだろう。

 それでもレイチェルの言葉には一理あった。

 彼女の居るギルドはサーバーでトップを争う三つに位置する。

 その中でも一番古く、人数も多いのがレイチェルのいるギルド『ルーラー』だ。

「・・・・・・そうかもね。でも僕は今で満足してるんだ。それに今回はパーティー戦だからギルドの人数はあんまり関係ないだろうし」

「甘いわね。人が多ければそれだけ情報が手に入るのよ! あんたら四人だけのギルドなんて勝ち目はないわ!」

 なんとか言い返した僕の言葉もレイチェルの前では弱々しかった。

 確かに彼女の言う通りだ。人数が多ければそれだけ攻略が楽になる。いくつかダンジョンがあったとして、それぞれに派兵して、攻略法を知れば一つずつ攻略するより断然早い。

 分かっていたが僕らは不利だった。

「……それを言いにわざわざ話しかけたの?」

「そうよ! ルーラーから脱退したあんたなんて精々野垂れ死ぬがいいんだわ。でもまあ? ごめんなさいって頭を地面に押し当てて涙を流しながら懇願するなら復帰させてもいいわよ。なんならあたしの騎士にしてあげるわ」

 もしこれでそんな事を承諾する人がいるなら、その人はマゾでしかない。それも相当のだ。

「いや、いいよ。僕にはエデンがあるから。じゃあ」

 僕は半分に折った用紙を箱に入れ、その場を去った。

 後ろから明らかに不機嫌なレイチェルの声が聞こえてくる。

「あ、あとで気が変わったって入れてあげないんだからっ! ほんとだからねっ!」

「うん。分かってるよ」

 僕は前を向いたまま軽く手を上げ、また騒々しい人混みに戻って行った。

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