第10話

 歩いて五分ほどでコンビニに着いた。

 夜ということであまり人がいない。郊外のコンビニなんてこんなものだ。

 軽快な音楽と共に店に入ると、僕はレジを確認した。

 いた。

 いつもこの時間帯に働いている若い女がレジに立っていた。

 黒い髪は肩まで伸びて、のんびりとした空気を纏いながら何か資料を書いている。おっとりしているが歳は僕より一つ二つ上くらい。多分大学生だと思う。

 制服からは細く白い腕が伸びていた。名札には『うみの』と書かれ、大きめの胸についている。

「いらっしゃいませー」

 語尾を伸ばすやる気のなさそうな言い方。それでも顔は明るく、どこか楽しそうだ。

 彼女を横目に僕はアイスコーナーへ行き、ゴウンゴウンと唸るボックスの中からアイスを探した。そしてまたちらりと彼女を見る。

 机のノートへ屈み気味に何か書いているから、服の間から谷間がちらりと見えた。

 どきっとした。何かしたらいけない事をしているみたいに思えた。僕は視線をアイスに移す。

 しかしどれも同じに見えた。実際は違うんだけど、今はドキドキして視覚情報が麻痺している。

 僕が適当に手を伸ばすと、いつも買っていたアイスバーを掴んでいた。

 結局これかと思いながらも戻す気はなかった。それを持って僕はレジへと進んだ。

 何も言わずにコトンとアイスバーをレジに置く。すると彼女はノートをしまい、また短く「いらっしゃいませー」と言った。

 バーコードリーダーでアイスバーの裏をぴっとして、表示された値段を口にする。

「128円になりまーす」

 僕は財布から百円玉一枚と十円玉三枚を取り出して、受け皿に置いた。

「130円のお預かりで、おつりは2円です」

 彼女はすぐに一円玉を二枚僕の手に置いた。

 一瞬だったが、指が手のひらに触れた。またどきりとした。

 そんな僕に彼女はいつもの営業スマイルを向ける。

「ありがとうございまーす」

 笑顔を直視出来ない僕は財布にお釣り入れ、歩き出すと同時に聞こえない程小さな声で「・・・・・・・・・・・・どうも」とだけ言って店を出た。

「またおこしくださーい」

 背後から聞こえる彼女の声が自動ドアで寸断され、ようやく僕はほっとした。

 ちらりと後ろを振り返ると、彼女はまたノートを取りだして何かを書いていた。

 ドキドキと胸が高鳴る中、僕は細く長い息を吐いて、家路についた。

 つくづく思う。ここでの僕はヒロトではなく谷口宏人なんだと。

 彼女に話しかけられないまま、既に一年が過ぎていた。

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