第9話
僕は部屋から出て、下のリビングに降りた。
リビングはクーラーが効いていて気持ちがよかった。まるで外出中に入るコンビニみたいだ。
オアシスで僕がふーっと息を吐く。
するとリビングのソファーで寝っ転がってテレビを観ていた姉が話しかけてきた。
「もうご飯食べちゃったから。あんたの分は冷蔵庫に入ってる」
「・・・・・・うん」
僕が生返事をして冷蔵庫に向うと、後ろで姉の明里は少しの苛立ちを見せて息を吐いた。
「あのさ。別にいいんだけどさ。あんた来年受験でしょ? いつまでもゲームばっかりやってたら、その内どうしようもなくなるよ?」
「・・・・・・分かってるよ」
明里だって第一志望の大学に落ちたくせに。
サークルに入って、彼氏を作って、別れて、また作って。友達と遊びに行ったり、まだ未成年のくせに飲み会に行って酔っ払ったりしてるくせに。
そう思ったが僕は言わなかった。言ったら喧嘩になる。本当の事を言うと人は怒るから。
僕はラップしてあったチャーハンとサラダを冷蔵庫から取り出した。
チャーハンをレンジで温めている間、近くにあったフォークで立ったままサラダを食べる。久しぶりの食事に思えた。
温め終わったチャーハンと、食べかけのサラダを持って僕はテーブルについた。
横を見るとほとんど下着姿の姉がだらしなく股を広げてバラエティー番組を観ている。
僕は少し急いでチャーハンを食べた。インストール時間が気になるのもあったが、それより姉と同じ部屋にいたくなかった。あそこにいるのは悲しいくらいの現実だからだ。
きっと姉は大学を適当に卒業し、リクルートスーツを着て就職活動をし、何社か落ちながらも名前も聞いた事のない会社から内定を貰い、そこで適当に働いて、なんとなくいいなと思った人と結婚し、仕事を辞め、子供を産んで、パートをし、そしてリビングのソファーでだらしなくバラエティー番組を観る将来を送るんだろう。
今の想像には多少僕の苛立ちが混じっていたが、おおまかには正しい自信があった。
これも生まれた時から一緒にいる弟だけが持つ長年の勘なのかもしれない。
ありきたり。
それは紛れもない現実で、僕はそれを受け入れたくなかった。
この世界はどうしようもなく退屈でつまらない。なんて冷めた中学生みたいな事を言うつもりはないけれど、僕が送ってきた十七年の人生論ではほとんどそれに似た結論が出ていた。
同い年で金メダルを取るアスリートや、年下なのに大人をなぎ倒す将棋棋士。
そんな才能の塊みたいな人を比較対象にしなくても、学校のクラスでさえ僕が輝ける場所はなかった。
ただし、現実に限ればの話だ。
谷口宏人は凡人で、勉強も運動も創作も運も、ついでに言えば容姿も人に誇れる所はない。その事は否定のしようもなかった。
けど、ヒロトは違う。
サーバー単位で数人しか持っていないレア装備を身に纏い、能力も全てトップクラスだ。
モンスターやダンジョンの知識も豊富で、倒せない敵はいない。
ネットを検索すればヒロトの名前は掲示板で語られ、同じナイトからは羨望の目を向けられる。
背も高くなく、体つきは細めで、どこか頼りない谷口宏人とは違い、ヒロトは長身で、筋肉質。そして頼りになる自信を含んだ笑みを浮かべる。
これも僕だけど、あれも間違いなく僕なんだ。
しかしそんな事を高らかに宣言したりはしない。そんな事をすれば蔑みの目を向けられ、嘲笑が聞こえてくるのを僕は知っているから。
チャーハンとサラダを食べ終えた僕は皿を流し台に置いて冷凍庫を開けた。
「あれ、僕のアイスは?」
「食べた」
姉は当たり前のようにそう言い放つ。もしこれが血の繋がっていない他人なら訴訟ものだ。
「なんで?」
「あたしが買ったのだと思ったから。またお母さんに買ってきてって言っときなよ」
姉はこちらを振り向きもせずにテレビへそう言った。
謝罪の言葉も心もない。少し苛立ったが、別にこれが一度や二度ではなかった。
怒りは呆れへと変わり、そして諦めへと変わった。
僕はそのまま二階に上がり、自分の部屋で光を発し続けるディスプレイを見つめた。
残り48%。さっきから20%ほどしか進んでいない。まだかかりそうだ。
僕は机に上に投げ捨てて置いた財布を手に取り、部屋を後にした。食べられないと思うと食べたくなるアイスを近くのコンビニへ買いに行くことにした。
サンダルを履いて外に出ると、風が涼しかった。
どうしてこの風は僕の部屋に届かないんだろうかと愚痴りたくなる。
外を歩いてもモンスターとエンカウントしない。住宅街は既に静まりかえり、少し離れた県道からだけ車の走る音が聞こえた。
今の僕はTシャツに短パンにサンダル。防御力は限りなく0に近い装備の上、武器は財布とスマホだけ。何が出てきても勝てる見込みはない。
それでも、何か出てきて欲しかった。現実に少しでも刺激があればと思った。
まあ、幽霊とかは嫌だけど。
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