第7話
よく見る顔がテーブルに座って一礼した。
年齢は四十代位。いつも眠そうな目をした男だ。短めの黒髪に、黒と赤のSF0限定ポロシャツを着ていた。
『遅れてしまって申し訳ありません。ええー、ただいまから、スターダストファンタジー0、大型アップデート第三弾『ネクストエイジ』の報告をさせてもらいます。お送りするのは私、プロデューサーの神山と』
『ディレクターの根室です』
ディレクターの根室もこの放送では顔なじみだ。
眼鏡を掛けたプロデューサーより若い男で、髪が長く、後ろでくくっている。年齢より若く見え、格好いい為、女子ファンも多かった。
プロデューサーの神山が小さく息を吐いて隣の根室を見た。
『いやー・・・・・・、出たね』
『出ました。大変でした。もう僕、四日も家に帰ってません』
『メインプログラマーの久保君なんて、ね。もう会社に住んでるの? って感じだったよ』
『ですね。でも出来ませんとは言わないんですよ。ただ廊下ですれ違った時、小声で「俺が死んだら後の事はお願いします」って言われた時は驚きましたね』
『いやー・・・・・・、ホワイトな会社だなー・・・・・・・・・・・・。って僕達の事はいいんですよ。こんな事言ったらまたネットに色々書かれちゃう。じゃあ、さっそく行きましょうか』
いきなり愚痴から始まった放送だが、これもいつもの事だった。
僕達は面白がって、またかよとか、この会社にだけは就職したくないだとか言って笑っていた。
それからアップデートの概要が説明された。
と言ってもそのほとんどが事前に知らされていた事だった。ストーリーの追加にいくつもの新ダンジョン。装備、モンスター、アイテム、レベルキャップの解放。その他様々の要素がグレードアップするそうだ。
大型アップデートは今回で二度目。だから大体の内容は予想もついたし、ゲームサイトにも書かれていたので驚きは少ない。
それでも僕は放送を聞きながらひっそりワクワクしていた。
既に大型アップデート第二弾「スカイウォーカー」は遊び尽くしていた。スカイウォーカーも始めは新しい要素が多くて忙しかったが、流石に半年もすればやることがなくなる。
広がったはずの世界がまた元のサイズになったように感じる。いや、もしかしたら最初よりも狭くなっているのかもしれない。
そんな錯覚さえも覚える程、僕はこのゲームをやり込んでいた。
そして恒例のサプライズ発表はあった。
しかし有名な声優が出てきますとか、ちょっとしたコラボとか、昔のタイトルにいた人気キャラの装備が使えますとか、僕にとってはどうでも良いことばかりだった。
それでもアヤセやヒラリは楽しそうにそれを聞いていた。リュウも声優や昔のタイトルの知識があるだけに、もっとこうして欲しいとか要望を口にしていた。
予定されていた時間もほとんどが消費され、いよいよ最後の発表がされた。
噂されていたキャンペーンの事だ。
『ええ、色々とお知らせしましたが、次が最後です』
『今回も長かったですね』
『まあ、それだけユーザーの楽しみが増えたということだから』
『アップデートの度にどれをいれようって話になって、大体出てきた案のほとんどが入りますからね。仕様書を久保君のところに持って行くのが毎回辛い・・・・・・』
『大丈夫だって。久保君も空の上で喜んでるから』
『死んだみたいな言い方ですけど、彼は今ロサンゼルスに飛んでます。チーフレベルデザイナーの天童君とアメリカチームとの打ち合わせで』
『うわー・・・・・・って、また話が横道に逸れちゃったね。でも一応アメリカも関係あるかな? 僕が前に言った時、あっちのゲーム業界はEスポーツの話題で持ちきりだったの』
『FPSとかMOVAとかですね』
『格ゲーとかね。でそれを見て思ったんですよ。このビックウェーブにうちも乗らないとって』
『ほう! 遂にSF0もPvP導入ですか? 肩パッド作らないとだめですね!』
『それはまた今度。ってこう言っちゃうとあれなんだけどさ。分からないよ? やるとは言ってないからね。いや、じゃなくてさ。そっちじゃなくてEスポーツの方をしようかって話』
その言葉は僕にぴんと来なかった。
Eスポーツ。
もちろん聞いた事はあるけど、MMORPGとは無縁のはずだ。
少しだけど嫌な予感がした。積み上げてきたものが崩れるかもしれないという予感だ。
『というわけで、前振りが長かったですけど、うちもやります。Eスポーツ!』
神山がそう言うと画面が切り替わった。
それを見て僕達は「え」っと声を上げた。
『今回の大型アップデート「ネクストエイジ」ですが、これに追加されたストーリーダンジョン。そして今回から新たに加わったエンドコンテンツダンジョン。これら全てを最速でクリアされたパーティーに。いいですか? ギルドじゃなくてパーティーですよ?』
神山が念を押す。その意味もすぐに分かった。
僕の見ている画面には、既に答えが載っているからだ。そして神山が溜めてから宣言した
『なんと、賞金として一千万円を進呈します!』
『わー! すごーい! 欲しーい!』
わざとらしい拍手と歓声がヘッドホンから聞こえた。しかしそれは仲間の声で打ち消される。
「おおー。うちの運営にしては太っ腹だな」とリュウ。
「一千万って事は一人二百五十万? そう考えるとぱっとしないわね。儲けてるんだから一人一千万くらい配ったらいいのに」とアヤセ。
「でも、すごいねー」とヒラリ。
それぞれ思い思いの感想を口に出すが、僕は無言のままだった。
変な気持ちだ。なんとなく好きな物に俗物的な要素を加えられる事に対する反発心があった。
お金に対する嫌悪感みたいな気持ちだ。
けどそれとはもう一つ、反発心にも負けないくらい別の感情も芽生えていた。
僕達ならいける。
そんな自信というか、自惚れというか、やる気というか、そんな気持ちが沸々と湧いてきた。
体温が上がるのを感じる。喉が渇いて、僕はごくりと唾を飲み込んだ。
神山は説明を続けた。
『まずキャンペーンに参加するパーティーはミゼルカの受付嬢に申請をしてもらいます』
『クエスト受ける時にいるマニカさんですね』
『そう。それで登録したパーティーでキャンペーンをしてもらうんですが、登録出来るパーティーは一人につき一つだけです。もし他のパーティーに移りたいなら、解散してまた一からクリアしてもらわないといけないので注意して下さい』
『こっちでも色々考えたんですが、一アカウントにつき一回までです。なので他のサーバーにサブキャラを持っていてもそれは登録出来ません。どちらにせよタイムアタックなので、そんな暇ないと思いますけど。あとチート、ツール、ボットは駄目、絶対。見つけ次第アカウント毎凍結させてもらいます。当然パーティーも資格を失いますよ』
根室の言うチートは不正、ツールは補助システム、ボットはプログラムで自動で動くキャラの事だ。
神山が続ける。
『あと順序ですが、最後にエンドコンテンツをクリアしてもらえればどのルートでも良いです。一応ストーリーがありますのでそれに沿った方がいいかな』
『加えて、ストーリーを楽しみながらタイムアタックしたいという人の為にキャンペーン参加中はムービースキップが出来ません。そこの所はご理解下さい。更に同時に複数のパーティーがクリアするという事をなくすため、そして互いに競争して貰うため、今回は後半のダンジョンでのボス戦に参加出来るパーティーを一時的に一つだけとしました。前のパーティーが入ってから10分間は参加出来ません。ただその代り、外で前のパーティーの攻略を待ってる間、中を覗き見る事が出来ます。10分なので序盤戦だけですがそれでも役に立つと思います。その辺りも見せる見せないの駆け引きがあるかもしれませんね。なんにせよ速い者勝ちなので皆さん急いで下さい。ダンジョンの攻略速度もかなり重要になってきます』
『こんなところかな? 取り敢えず今回だけは最速を目指してみてということで』
『そうですね。まあ、詳しいことはマニカさんに聞いてくれれば教えてくれるんで。僕たちはマニカさんに丸投げします』
根室が笑う。それにつられて神山も、そして僕らも軽く笑った。
『全サーバー・・・・・・えっと何個あったっけ?』
神山の質問に根室が資料をめくる。
『えっと・・・・・・。40、50・・・・・・。いっぱいですね』
『まあ、いっか。よくないけど。その全サーバーの中でですね。最速、最強のパーティーを決めます。もちろん見事最速クリアをしたパーティーにはぁ・・・・・・』
『パーティーにはぁ?』
わざとらしい溜の後、概要が書かれた画面が切り替わった。
『称号、「新世代の覇者」と、それに伴う特別装備が進呈されます! 装備はクリア時のジョブに影響するので、欲しいジョブでクリアして下さい。あと、今僕たちがいるこの会社ですね。このビルに来てもらって楯と表彰状をお渡しします』
『お待ちしています!』
僕の目線は特別装備のイラストに釘付けだった。
世界に一つだけの特別装備。全ジョブのデザインがされていて、全て共通のモチーフだ。
白を基調に金色の凝った細工が施されている。僕が気に入って使っているパラディン装備と似ていたが、こっちの方が断然格好よく見えた。
単純に欲しいと思い、同時に今回でなければ手に入らない事にどきりとした。
他のメンバーもそのデザインは好評だった。
「ランサー悪くないな。マントもちゃんとあるし」
「ガンナーもそこそこね。もうちょっと可愛ければいいけど」
「ヒーラーは相変わらずひらひらだー」
楽しそうに話すギルドメンバー達。僕は話さなかったけど、全てに同意出来た。
そして生放送は終わりへと向かう。
『ええー。こういったキャンペーンが出来るのも、ひとえに皆様、ユーザーのお陰です。本当にありがとうございます』
『ありがたいですね。仕事のきつさとか面白いって感想を聞ければふっとびますよ』
『うん。ほんとにね。まあぶっちゃけチーム内でも色々議論があったんだよ。マジでやるんですかって。うちはそういうのとは縁遠かったからね』
『殺す気ですかって言ってましたね。納期だけじゃなくてMMORPGでやるのはどうなんだって意見も多かったです。でもまずはやってみようという事で結論に至りました』
『いやあ、僕はいつか彼に後ろから刺されるかもしれないねえ。その時はダイイングメッセージ書くんでよろしくね。一って書くから』
『彼の名前をさらっとばらしていきますね』
そう言って二人で笑った。
『ええ、それでは長々とお話ししてきましたが、今回はこれで失礼します。ご静聴ありがとうございました』
『ありがとうございます。アップデートは放送終了と同時にスタートします。一度ログアウトして再度ログインすると自動で始まります。混雑が予想されますが、何とぞお願いします』
そうして生放送は終わりを告げる画面を映した。
SEE YOU AGAINの画面を見ると僕はすぐにブラウザを閉じた。
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