一章

第4話

 真夏。

 どこにでもある住宅街に並び立つ二階建ての一軒屋。

 その二階の一室。つまりは僕の部屋。

 扇風機が造った人工の風をじかに当てて尚、僕の額からは汗が落ちた。

 クーラーは夏の始まりに壊れて以来、動いていない。

 いや、正確には動くんだけど送風だけだ。外の暑い空気を中に送る機能がついた白い箱に用はなかった。

 額の汗がぽたりとマウスを握る右手に落ちた。そんな事も構わず、僕はネットで投げ売りされていた24インチのディスプレイを見つめ続けていた。

 左手では安物のキーボードにカチカチと入力していく。

 移動と魔法はキーボードで。

 カメラとターゲットの決定。それに攻撃は付属品のマウスで行う。

 どちらもお年玉を貯めて買ったデスクトップパソコンに繋がっていた。両手とも休める時はあまりない。

 さっきから右手首が少し痛かった。左手は二の腕が軽く攣りそうだ。

 それでも僕は手を休めなかった。

 夏休みに入ってから一ヶ月以上、ずっとこの調子だ。

 スターダストファンタジー0。

 それが僕のプレイするゲームの名前だ。略称はSF0。

 ジャンルはMMORPG。簡単に言えばたくさんの人とやるファンタジーゲームだ。

 ストーリーはシンプル。

 宝玉と呼ばれる世界をコントロール出来る凄いアイテムを巡って三大陸七国家が争っている。

 僕らはそこから一つの国家を選び、冒険者として宝玉を巡る旅をするわけだ。

 誰もが世界を救える物語になっていて、評判はそこそこ良い。

 ナンバリングの0は他にタイトルがある事を示している。既に10までのタイトルがゲームハードで発売されているビックタイトルで、これはそのオンラインゲーム版だ。

 日本で一番多くのプレイヤーがいる国産ネットゲームでもある。

 僕は今日の夜にある大型アップデートとそれに伴うキャンペーンをゲームの中で待っていた。

 既に今のバージョンは遊び尽くし、やることはほとんどない。これがテレビゲームならもう10周はクリアしているだろう。

 しかしこれはオンラインゲーム。

 時間が経てばアップデートされ、遊べる事は増えていく。今回は三度目の大型アップデートだ。

 大型アップデートは二ヶ月毎の定期アップデートとは違い、ストーリーやダンジョンも大量に追加される。

 使える武器や防具も増えるし、レベル上限も噂じゃ60まで解放されるらしい。他にも追加要素が盛りだくさん。

 それが運営の謳い文句だった。

 今日の夜にはゲームプロデューサーが生放送のネット番組に出演し、バージョン3の概要とキャンペーンを説明する。それからすぐに何ギガバイトものアップデートが入るらしい。

 僕はそのネット番組をギルドのメンバーと一緒に見る予定だった。

 それまでは暇なので、適当に散歩でもと、広大なスターダストの世界を歩いていた。全部を歩いて踏破するには一日かかる広さだが、それも今日の夜にはかかる時間が一日半くらいになっているはずだ。

 進化し続ける世界。

 人によっては進化ではなく退化だと言うが、僕はやっぱり進化だと思う。

 それが既存のプレイヤーにとって良いことばかりでないかもしれないけど、僕としては変化がないと飽きてくる。今のところ極端な改悪もないし、割と満足していた。

 僕はヒロトをしばらく動かした。そして真っ白な砂漠にやって来て一時間くらいうろうろした所で時計を見た。

 午後三時。ネット放送は九時からだ。

 僕は疲れてきた手を軽く振って、椅子にもたれ掛かった。

 そして天井を見つめ、ぼーっとしてから、誰にも聞こえないように呟いた。

「寝るか・・・・・・・・・・・・」

 スマホのアラームをセットして、僕はベッドに寝っ転がった。

 汗でべとついた体は気持ち悪かったが、下に降りてシャワーを浴びる気力はなかった。

 目を閉じ、しばらくすると、僕の意識はこの世界からログアウトした。

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