第78話【1月27日その2】先輩の黒歴史?


 結城先輩は『BISビブリオバトル部』シリーズに苦い思い出があるという。なんとも気になる発言だった。

 わたしがそのことを尋ねてよいものか迷っていると、早苗先輩が声をあげた。


「あたし、その本って読もうとしてやめたんだよね。本屋でちょっと立ち読みしたんだけど、部員にミステリ推しがいないんだもの。たしか理系の人間が多かった気がしたなあ」


 結城先輩が苦笑しながら頷く。


「作者の山本弘がSF畑の人間だからな。女性主人公ヒロインが熱狂的なSFマニアなんだが、これは作者の分身だろう。ただミステリ担当のキャラも最強のライバルとして三作目から登場するぞ。

 もっともその三作目のあとがきで、今回は得意分野じゃないから苦労したと言及している。実際にミステリ仕立てのストーリー展開も、ビブリオバトルで紹介される本も、伏線の段階ですぐにわかった。

 俺でもそうなんだから、鈴木が読むと物足りないかもしれないな」


「でもミステリ推しが出てくるなら読んでみようかな。もう完結してるの?」


「いや。五作目が最終巻だったんだが、書いている途中で山本弘が脳梗塞で倒れたんだよ。それで発表が延期になった。

 闘病とリハビリの日記をカクヨムっていうweb小説サイトに投稿しているんだが、かなり回復したらしい。ビブリオバトル部も無事に連載を再開しているから、夏には完結編が発売されると思う」


 早苗先輩も興味を持ったらしく、読むつもりのようだ。

 わたしが口を開こうとすると、今度は亜子ちゃんに先を越されてしまった。


「あの、さっき結城先輩が「山本節が炸裂してくるんで、あまり万人には薦められない」と仰いましたが、それはどういう意味でしょう?」


 そういえばそれも気になっていた。

 ところが結城先輩は珍しく困っている様子で、助けを求めるように早苗先輩を見る。


「あー、鈴木はわかるか?」

「『サーラの冒険』シリーズを読んだことがあるから、なんとなくはね」


 そのまま二人で顔を見合わせている。どうも言いにくいことらしい。


「まあ、読めばわかる。ちなみに山本弘はサブカルに造詣が深くて、作家というだけでなくゲームデザイナーでもあるし、テレビに出演したこともある。『と学会』の初代会長としても有名だな。あとディードリットって知っているか?」


 わたしは首を振ったが、亜子ちゃんが答えた。


「『ロードス島戦記』に登場するハイエルフの女性ですよね」


「そうだ。日本人がイメージしたり創作するエルフは、ディードリットの影響が大きいと言われているんだが、その中の人が山本弘だな」


 わたしは意味がわからなかったが、亜子ちゃんは驚いたようだし、早苗先輩にいたっては奇声をあげた。


「はぁああああ!? それホントなの!?」


「なんだ、おまえも知らなかったのか。ロードス島の原型となったテーブルトークRPGリプレイで、ディードリットの初代プレイヤーだったんだぞ。途中から女性に交代したらしいけどな」


「……聞くんじゃなかった」


 早苗先輩はかなりのショックを受けたようで放心している。

 結城先輩はそれには取り合わずにこちらを向いた。


「さっき鈴木があげた『サーラの冒険』シリーズはラノベだが、少年を主人公とした王道ファンタジーだ。子供が歴戦の冒険者に混ざっても活躍できるということを、無理なく鮮やかに書いた名作だから読んでみるといい。

 他には『MM9』シリーズのような作者の趣味全開の作品も多いが、『アイの物語』なんかは文句なしの傑作だな。お薦めだぞ」


 わたしはそれに頷きながら思った。結城先輩の他人に本を薦めないというポリシーが、近頃は緩くなってきている気がする。

 もちろん大歓迎だが、どういう心境の変化だろうか。

 それも聞いてみたいが、まずはタイミングを失っていた質問をした。


「気になっていたのですが、苦い思い出とはなんでしょう?」

「ああ、それか」


 結城先輩はちょっと困ったように笑う。


「それについては、まずは『BISビブリオバトル部』シリーズについて話そう。物語はBIS(美心国際学園)という自由な校風のインターナショナル・スクールの高等部に、さっき紹介したSFマニアのヒロインが編入してくることから始まる。

 彼女は暗黒の中学時代を過ごしたせいで、自分の趣味を隠しているんだ。高校では静かな学園生活を送るつもりだったんだが、あることがきっかけでビブリオバトル部に勧誘されることになった。

 そして部にはジャンル特化した個性的なメンバーが揃っていたんだ。それぞれ、雑学本、サイエンス系、図鑑やラノベ、BLボーイズラブ、それに――」


「ちょっと待った! 今、BLって言わなかった!?」


 早苗先輩が大声でストップをかけた。わたしも驚いていた。


「ああ、女子部員のひとりがそっち専門だな。ただし本物のBL本を薦めてはいない。一般書籍の中から腐女子目線でBLカップリングとして読めるという本を紹介しているんだ」


「マジで!? ますます興味でてきたわ」


 早苗先輩は目を輝かせ鼻息が荒くなっている。

 結城先輩はそんな早苗先輩を呆れたようなジト目で見た。


「おまえ、少しは読んだんじゃなかったのか? たしか登場人物紹介のところにもBL好きと書いてあったはずだぞ」


「まさかビブリオバトルでもBLを紹介するとは思ってなかったのよ!」


「……続けるぞ。そして最後がもうひとりの主人公である男子生徒なんだが、彼はある事情からノンフィクションしか読まないんだ。

 そういったメンバーでビブリオバトルを繰り広げていくわけだが、シリーズを通してのテーマとして、ヒロインが主人公の男子にフィクションのおもしろさを認めさせるというのがある。要するにビブリオバトルで自分の紹介したSF本に投票させるということだな」


 そこで亜子ちゃんが手を上げた。


「意外に感じたのですが、ビブリオバトル部のみなさんはあまり小説を紹介しないみたいですね」


「たしかにそうだな。純粋な小説を選んでいるのはヒロインだけだと思う。ただ、実際のビブリオバトルでも小説以外が紹介されることは多い。俺たちは文芸部だから、どうしても本イコール小説と考えてしまうけどな」


 なるほど、そういうものなのだ。たしかにわたしもビブリオバトルは小説限定という先入観があった。


「そしてここからが俺の話になるんだが、本読みなら誰もが自分でも小説を書いてみようと思うだろう? まさに厨二というか、俺も中学二年の時に初めて自作を書き始めたんだよ。その題材に選んだのがビブリオバトルだった」


 女性陣から感嘆の声が上がる。さすがは結城先輩である。中学二年生でも選ぶジャンルがひと味違う。

 ところが当人は顔をしかめていた。


「はっきり言って無謀というかアホだよな。ビブリオバトルの小説なんて、圧倒的な読書量がなければ書けないぞ。本を読み始めて三年ちょっとのガキに書けるわけがない。もっとも生意気にリサーチをした結果ではあるんだ。

 web小説のサイトでビブリオバトルで検索すると、これが驚くほどヒットしないんだよ。あっても作中でガチのビブリオバトルをしている小説はない。だがこれは当然だろう。web小説サイトのメイン層は学生で、それほど読書量は多くないんだからな。しかし無謀でアホな俺は、未開拓のジャンルだと飛びついた。

 舞台は高校の文芸部で、四人いる部員は純文学、エンタメ、ノンフィクション、ラノベと自分の好きなジャンルの本しか読まない。それは定期開催しているビブリオバトルで紹介する本でも同じだ。

 そこに主人公が転校してくるんだが、こいつはオールジャンルの本を読むんだ。そしてビブリオバトルを通して他の部員に、ジャンルにこだわることはもったいないことだと伝える――というストーリーなんだが、『BISビブリオバトル部』に似ているだろ?」


 結城先輩は自嘲の笑みを浮かべている。

 たしかに部員の担当ジャンルに多少の違いはあるが、設定、ストーリーともに似ている。


「俺が『BISビブリオバトル部』を本屋で見つけたのは、自作を書き始めてしばらくしてからだった。なんで素人のリサーチはしたのに、プロが書いているかの確認はしなかったのか? とは聞くなよ。単純に失念していたんだ。

 そして読んでみて圧倒的クオリティに打ちのめされたわけだが、それ以上にやる気を失ったのは設定が被っていることだった。

 もっとも、いま考えるとそこまで気にする必要はなかったと思う。キャラを立たせようとしたらジャンル担当を決めるのは当然だし、ビブリオバトルを題材にしていれば、テーマは本のおもしろさを伝えることになるからな。それ以外に書きようがないともいえる。

 しかし当時の俺は激しく萎えて、処女作はあえなく未完となったわけだ」


 それが結城先輩の苦い思い出なのだ。

 よくわかったが、べつの気になることができてしまった。それは早苗先輩も亜子ちゃんも同じようで、みんなソワソワしている。

 代表するように早苗先輩が探りを入れた。


「それって三年前でしょ? 手書きかパソコンかはわからないけどさ、まだ残っているよね?」

「……何が言いたい?」


 結城先輩はあからさまに警戒している。


「読ませて」

「断る!」


 即答だ。

 しかし早苗先輩も簡単には引き下がらない。


「べつにいいじゃない。あんたの小説はいくつも読んでいるんだからさ」


「ふざけるな。中二の時に初めて書いた小説で、無謀な題材、おまけに未完ときている。俺にとっては黒歴史だ。死んでも読ませるか」


「ケチ! じゃあ多数決を取ろうじゃないの。読みたい人?」


 申し訳ないとは思いつつ、早苗先輩に続いてわたしも手を上げる。亜子ちゃんまでもが「すみません」と謝りながら小さく挙手していた。


「はい。絶対多数で結城恭平処女作公開が決定しました」


 早苗先輩がドヤ顔で結城先輩を振り返る。


「なんで本人の意思を無視して採決が行われるんだよ。帰ったら即行でデータを消すからな」


「はあ!? 器が小さいわね。減るもんじゃないでしょ!」


「だったら俺だけじゃなく、全員の初めて書いた小説の読み合いにしようじゃないか。それだったら考えてもいいぞ」


 結城先輩としてはこの提案なら、みんな乗ってこないと思ったらしい。

 しかし――。


「いいわよ。あたしの処女作って小四の時に書いた、ホームズの二次創作だけどね。あ、もちろん汚い手書きだから、読めなくても文句は受け付けないわよ」


「あの、わたしも小学生の時に書いたアンのパスティーシュのようなものですが、それでよろしければ」


 早苗先輩と亜子ちゃんが、あっさりと了承した。

 わたしも返事をする。


「わたしの処女作は『時代を超えた邂逅』で、すでに読まれてますけど……」


 みんなの視線を受けて結城先輩が固まった。

 こんな進退窮まったという様子の先輩を見るのは初めてである。


「……俺は「考えてもいいぞ」と言っただけで「やる」とは言ってないからな」


 これには女性陣から大ブーイングがあがった。

 結局、結城先輩の処女作公開はお蔵入りとなってしまったのだが、データの消去だけはしないようにしてもらった。

 いつか先輩の気が変わった時に読ませてもらえることを、みんな楽しみにしている。


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