第77話【1月27日その1】ビブリオバトルに物申す


 久しぶりに寒い日となった。天気予報では夜から雪が降るらしい。


「そういえば昨日、全国高等学校ビブリオバトルの決勝戦がありましたね」


 放課後の図書準備室、珍しく亜子ちゃんが話を振ってきた。


「あたしも結果は新聞で見たよ。チャンプ本は丸山正樹の『デフ・ヴォイス』だったね。ビブリオバトルってさ、読書感想文と弁論大会を足して二で割ってない感じでしょ。そのせいか大手新聞社と文科省が真っ先に食いついてきて、個人的にはそれが気に食わないんだよね。

 本来はもっと自由で、アングラなものであるべきだと思うんだけどなあ」


 素早く反応したのは早苗先輩だ。結果まで完璧に把握しているのはさすがだが、ビブリオバトルについては思うところがあるらしい。

 わたしはといえば、実のところビブリオバトルをよく知らない。日本発祥で、まだ歴史が浅いということは何かで読んだ。

 文芸部の四人でいる時に無知を晒すことには慣れているので、正直に聞いてみる。


「ビブリオバトルってお薦め本を紹介しあうやつですよね?」


 早苗先輩がくるりとこちらを向いた。


「それだけだと半分正解ってところかな。バトルと名の付くとおり立派な競技なのよ。発表者の持ち時間は五分ジャストと決まっているし、その後に二、三分のディスカッション。最後には参加者全員の投票で『チャンプ本』を決定する。

 理想的な発表人数は五人前後。発表者が多すぎると前半の内容を忘れちゃうから当然だわね。聴講参加人数には決まりがないけど、少ないのも多すぎるのもよくないから、二十から三十人ぐらいがちょうどいいみたいよ。

 それから基本的にレジュメを読んだり、資料を配るのは禁止。もっとも大事なのは、投票はあくまでも『どの本がいちばん読みたくなったか』で選ぶこと。ためになるとか、文学的評価が高い、珍しい本だ、そういったことはいっさい関係ないってことだね」


 その詳細な説明にわたしは驚いた。


「早苗先輩詳しいですね。ひょっとして参加したことがあるんですか?」


「発表者としてはないよ。ただ、中央図書館のイベントでもやったりするからね。それに聴講参加したことがあるだけ」


 なるほど。わざわざ行ったのはやはり興味があったのだろう。

 そしてわたし自身も興味がわいた。純粋におもしろそうだと思ったのもあるが、あるアイデアが閃いたのだ。


「説明を聞いて思ったのですけれど、来年度の新入部員勧誘にビブリオバトルを使えないでしょうか?」


「それはわたしたちが発表者になって、新入生を聴講者として招くってこと?」


「はい!」


 良い案だと思うのだ。文芸部は活動内容が地味で積極的にアピールができない。しかしビブリオバトルなら読書に興味がある新入生と交流ができる。

 勢い込むわたしとは反対に、早苗先輩は苦笑を浮かべて指さした。その先には読書中の結城先輩がいる。

 先輩がどうしたのだろう?

 わたしは目をしばたかせたが、そこで気づいた。

 結城先輩は他人に本を薦めない。ビブリオバトルなどやるわけがないのだ。

 肩を落とすわたしを、亜子ちゃんが慰めてくれつつ結城先輩に尋ねる。


「勧誘の話はべつとして、結城先輩はビブリオバトルについてはどのように考えていますか?」


 結城先輩が顔を上げてこちらを見る。


「俺はビブリオバトルに否定的――というのとはちょっと違うんだが、あまり肯定的には捉えていないかもな」


「煮え切らないわねえ。この四人しかいないんだから過激な意見だって構わないでしょ。ズバッと言いなさいよ」


 早苗先輩の挑発には乗らず、結城先輩は言葉を選ぶように発言する。


「最初に断っておくが俺は自分がしないだけで、本を薦めるという行為を否定してはいない。実際に鈴木が薦めてくれた本はほとんど読んでいるはずだ」


 これには早苗先輩だけでなく、わたしや亜子ちゃんも頷いた。

 たしかに結城先輩はわたしたちが本を薦め合うのに口を出さないし、早苗先輩からはミステリをよく借りている。


「それでビブリオバトルだが、競技としては画期的でおもしろいと思っている。ただ、結論から言うとチャンプ本に選ばれるのに本のおもしろさは関係がない、純粋にプレゼンの上手さが勝敗を握っていると考えているんだ。

 だからビブリオバトルを参考にして本を選ぶのは間違いだ。特に普段は本を読まない人間がそうすることを、俺は深刻に危惧している」


 わたしは結城先輩の言葉を反芻した。言葉は丁寧だが、かなり先鋭的な意見だという気がする。


「なかなか興味深いじゃない。もっと詳しく説明してよ」


 早苗先輩の言葉に、結城先輩は本を閉じた。ちなみに今日の本は『ペルディード・ストリート・ステーション』チャイナ・ミエヴィル。


「そうだな、最初から話すのが結局は早いか。ちょっと長くなるぞ?」


 わたしたちは頷いた。

 結城先輩の話はいつだって興味深い。長くなるのは望むところだ。


「俺がビブリオバトルを知ったのは中二の時だった。YouTubeで見つけたんだよ、その時はラッキーと思ったな。これで労せずにおもしろい本がわかるってな。

 兄貴の残した本を片端から読んではいたが、さすがに当たりはずれはある。何かしらの指針が欲しかったところだったんだ」


 結城先輩でも中学生の頃は何を読むかで迷っていたのだ。それを聞くと親しみがわいたといったら不遜だろうか。


「そして動画を参考にしていくつか読んでみた。ところがしっくりこないんだよな。はっきり言ってしまうと、プレゼンではおもしろそうだと思った本が、実際に読むとたいしたことがないんだ」


「発表者が嘘をついてたってこと?」


 早苗先輩の質問に、結城先輩が首を振る。


「いや、そんなことはない。むろん多少はオーバーな表現を使っているが、嘘は言っていない。そして逆のパターンもあるんだ。

 俺がおもしろいと思っているし世間でも評価の高い本が、プレゼンではまったくおもしろいと感じない。なんでそんなことになるんだと腹が立って、自分でもやってみることにした」


「え!? あんた、ビブリオバトルに参加したの!?」


「いきなりそんなことするか。単に自分でルールに則ってプレゼンをしてみたんだよ。やってみてわかったのは五分というのは恐ろしく短いってことだ。声に出すとどうしても文章量は少なくなる。聴衆の気を引くために抑揚をつけたり、ためをつくったりすればなおさらだ。伝える情報は厳選しなくてはならない。それが俺の出した結論だった。

 そこでさっきの誰もが高評価な本のことだが、ストーリーがおもしろくて登場人物が魅力的、描写が優れていて構成も素晴らしい。会話にセンスがあって、ラストは泣けてカタルシスがある。そういった魅力を全部伝えるには到底時間が足りない、中途半端になるわけだ。

 逆にしっくりこないと感じた本。それのプレゼンは良いところだけをとことん推していたんだ。それこそがビブリオバトルの必勝法なんだよ。

 とにかく一点でも尖った部分のある本を探してくる。そしてそこだけを徹底的に紹介する、他の部分には触れない。そうすることでインパクトがあってわかりやすくなるんだ。有名作品じゃないから未読の人間が多いというのもメリットだな。

 ところがそういった本は総合的には並なんだよ。だから読んで肩すかしを食らうわけだ」


 わたしは感心した。実践したというところが素晴らしいし、それだけに説得力もある。

 しかし早苗先輩は腕を組んで唸っている。


「うーん、言ってることはわかるけどさ。そんな一点突破でチャンプ本になれる?」


「なら鈴木が好きなミステリでたとえよう。「このミステリは今までにない斬新なトリックが使われています。古今東西のミステリを読みつくしたわたしでも初めて見ました。常人では絶対に思いつくことができないでしょう。それでいてとてもフェアです。もしこのトリックを見破ることができる読者がいたら、その人は本当の天才だと思います。でもそんな人はいないと断言します!」ざっくりとこんな感じのプレゼンだとする。

 おまえはこれに投票しないでいられるか?」


 早苗先輩は悔しそうな顔で首を振った。


「無理。絶対に投票する。チャンプ本にならなくても読む」


 結城先輩は笑いながら続けた。


「ところがいざ読むと、たしかにトリックは斬新だがストーリーはつまらないし、人物は書けてない。そもそも文章が意味不明だしラストは酷い終わり方だ。

 そんな小説の総合評価はどうなる?」


「……まあ、トリックに敬意を表しても平均点ってところかな」

「そういうことだな」


 早苗先輩はそれで引き下がったが、今度は亜子ちゃんが手を上げた。


「あの、誰もが高評価の本はプレゼンが難しいということですが、でもそういった本でもチャンプ本に選ばれていますよね?」


「ああ、それはポイントを絞ってプレゼンしているんだよ。魅力のすべてを紹介するんじゃなくて、ストーリーだけとか設定だけと厳選しているわけだ。

 だがそれだと、その本の良さをすべては紹介できていないことになる。個人的にはそこに引っかかるな」


 亜子ちゃんが共感したように深く頷いた。

 結城先輩がまとめにはいる。


「実際に高等学校ビブリオバトルにもその傾向は出ている。六年前、第一回決勝大会で紹介された本のうち、俺が読んだことのある本は六割あった。ところが去年だと二割程度だ。それだけマイナーで尖った本を薦める発表者が増えたわけだ。

 競技で勝敗がある以上、勝つために特化していくのは当然だし、俺もビブリオバトルはそれでいいと思っている。ただ純粋におもしろい本を探すのには適していないというだけだ。

 普段から本を読む人間はべつにいい。ビブリオバトルを参考にハズレ本を読んだからといって、それで読書をやめることはないからな。問題は読書の習慣がない人間や、初めて本を読む人間なんだよ。

 そういった人たちがビブリオバトルを参考に本を選んだ場合、チャンプ本になったんだから当然おもしろいと思っているはずだ。ところがそれほどでもない。その時にどう感じるか。

 なんだ、。俺がビブリオバトルに関して危惧しているのはこのことだ」


 わたしたちは黙り込んだ。

 いつも思うことだが結城先輩の考えは深い。そして読書について真剣に考えている。わたしがこの領域にたどり着くことはできるのだろうか。

 重くなった空気を和ませるように結城先輩が笑った。


「そんなに深刻にならなくてもいい。そもそも本を読まない人間がビブリオバトルに興味を示すことは少ないだろうし、北条が言ったように高評価のおもしろい本がチャンプ本に選ばれることだってあるんだからな」


 みんなも息を吐きながら笑う。

 それにしてもビブリオバトルについて、わたしは何も知らなかった。動画ならいっぱいあるということだから帰ったら視聴しようと思う。

 そう言うと結城先輩がアドバイスをくれた。


「もちろん実際の動画を観るのもいいが小説もあるぞ。山本弘の『BISビブリオバトル部』シリーズがそうだ。その名のとおり高校のビブリオバトル部の活動を書いたもので、青春小説としても優れているがビブリオバトルシーンは手に汗握るおもしろさだ。

 シリーズが進むにつれて山本節が炸裂してくるんで、あまり万人には薦められないんだが、一作目の『翼を持つ少女』だけでも読んでみるといい。名作だよ」


 ビブリオバトルを題材にした小説があったとは知らなかった。

 しかし結城先輩が苦笑しているので、どうしたのかと聞いてみる。


「いや、そのシリーズには個人的にちょっと苦い思い出があってな」


 なんとも気になる発言だった。


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