11月

第65話【11月5日】修学旅行のお土産


「ただいまー。ふたりとも元気にしてた?」


 早苗先輩が明るい声とともに放課後の図書準備室へと入ってきた。


「おかえりなさい」

「早苗先輩も元気そうでなによりです」


 わたしと亜子ちゃんは、早苗先輩の変わらぬ笑顔を見て反射的に立ち上がる。

 そのまま子犬が大好きな飼い主に甘えるように、そばまでいって出迎えた。


「なになに、そんなに寂しかったの?」


 早苗先輩はからかうように笑ったが、


「はい、寂しかったです」

「会えて嬉しいです」


 わたしと亜子ちゃんが素直に返事をしたので、驚いたようにこちらを見る。

 しかしすぐに満面の笑みを浮かべると、わたしたちに抱きついてきた。


「あーっ! ホントに瑞希と亜子は可愛いなあ!

 やっぱり持つべきものは素直な後輩だよねえ」


 早苗先輩は抱きつくだけでは足りなかったのか、わたしたちの頭を撫でて、頬ずりまでしてきた。

 ここまでされるとさすがにちょっと困ってしまう。

 亜子ちゃんと顔を見合わせて苦笑したが、それでもわたしたちはされるがままになっていた。



 先週、二年生は三泊四日の修学旅行があった。

 それが終わると文化の日を含めた三連休だったので、先輩に会うのは一週間ぶりということになる。

 もちろん写真や動画も含めてLINEでやりとりはしていたが、やはり実際に会えないのは寂しい。


 そして先輩たちが旅行中に、留守番をしていたわたしたちにはちょっとした事件があった。

 すでに文芸部を引退している三年生の訪問を受けたのだ。

 残念だが友好的な邂逅とはいえなかった。

 それでも彼女たちと話せたことはよかったと思っている。

 ただ、その件について先輩たちには伝えないことを、亜子ちゃんと相談をして決めていた。余計な心配をさせたくないからだ。

 しかしそんなことがあったせいで、わたしたちは少しばかり先輩たちに甘えたくなっていたのだ。



 早苗先輩の抱擁が続くなか、ドアが開いて結城先輩が顔をみせた。

 しかし部屋には入らず無表情でこちらを見ている。

 わたしは文化祭前にも同じようなことがあったことを思い出した。


「セクハラか? パワハラか? それとも捕食中か?

 必要なら風紀委員でも警察でも猟友会でも呼んでくるぞ」


 結城先輩の言葉に、ようやく早苗先輩がわたしたちを解放する。


「麗しきスキンシップよ。つまらない冗談で誤魔化さないで、素直に羨ましいって言ったら?」


「ああ、おまえのことは羨ましいな。有村と北条の立場は死んでもごめんだが」


 早苗先輩はちょっと考えたあと、発言の意味するところに気づいて結城先輩に罵詈雑言を投げつける。

 わたしと亜子ちゃんはそれを見て笑った。

 文芸部に日常が戻ってきたのが嬉しかった。




 みんなが席に着くと、先輩たちがわたしと亜子ちゃんの前に菓子折りを置いた。

 お土産の定番である八ツ橋ともみじ饅頭だ。


「奇をてらったものよりいいだろうと思ってな。ご家族に、文化祭ではご来訪いただきありがとうございました。と伝えてくれ。

 北条はおばさんに、お弁当の差し入れありがとうございました。とも頼む」


 なるほど、わたしたちにというより家族用なのだ。

 さすがに先輩たちはしっかりしている。


「もちろん瑞希と亜子のもあるからね!」


 早苗先輩がそう言って、紙袋の中身を取り出して長机へと置いた。

 しかしそれを見て、わたしと亜子ちゃんは戸惑ったように目を瞬く。

 パステルカラーの、ひらがな一文字のキーホルダー。それが四つ。


「……あの、これはなんでしょう?」

「『けいおん!』リスペクトなんだけど、観てない? 今年十周年で再放送やってたんだけどなあ」


 わたしも亜子ちゃんも首を振った。『けいおん!』は知っている。軽音楽部の女子高生が主人公のアニメだ。ただ観たことはなかった。

 早苗先輩の説明によると、作中の修学旅行のお土産でひらがなキーホルダーが出てくるという。それを真似したそうだ。


「なかなか見つからなくて大変だったんだから。新京極のお土産さんを片っ端から探してさ」


 早苗先輩が胸を張るのに、結城先輩が「嘘をつくな」と遮った。


「よく見たらわかるだろうけど、それは既製品じゃなくて手作りだ。鈴木が帰ってきてから自作したんだよ」


「ちょっと、何で言うのよ!」


 わたしと亜子ちゃんは驚いて、キーホルダーと先輩たちを見比べる。


「どうせすぐにバレる。その時に変に気を遣わせるより、あらかじめ言っておいたほうがいい。

 最初は本当に探したんだけど売ってなかったんだよ。ネットで調べたらどうやらそういった物は販売していないらしい。俺は他の物でいいじゃないかと言ったんだが、鈴木がどうしてもとこだわったんだ」


「だって観光地のお土産なんてどれもいっしょじゃない。写真どころか動画が手軽に観られる時代に、絵葉書もないでしょ」


 わたしはキーホルダーのひとつを手に取った。

 型抜きをしたアクリル板に色を塗ってストラップを付けたものだが、丁寧な仕上がりでよく出来ている。

 たしかにありふれたお土産よりも、早苗先輩手作りのこのキーホルダーの方が嬉しいかもしれない。

 わたしがそう言うと、亜子ちゃんも同意した。

 早苗先輩はそれを聞いて、ほら見なさいと言わんばかりの得意気な顔をする。

 結城先輩は「有村と北条がそれで満足しているのなら」と、苦笑しつつもあっさりと引き下がった。

 個人的に今の会話では品物よりも気になることがあった。


「お二人でお土産探しをする時間がよくありましたね?」


 先輩たちは違うクラスなのに同一行動ができたのだろうか?

 すると結城先輩が渋い表情で答えた。


「三日目の自由行動の朝に、鈴木からいきなり連絡がきて連れ出されたんだよ」


「霧高ともなると自由行動は完全フリーなのですか?」


「いや。厳密にはクラス内でのグループ行動が決められている。ただ、守る人間はいないけどな。仲の良い者同士で遊びに行く連中がほとんどだし、付き合っている相手がいる人間は当然のようにカップルで行動する」


 どうやら早苗先輩が無理やり結城先輩を引っ張り回したらしい。


「しかも探すのなら手分けをすればいいものを、それは駄目だと言うんだぞ。効率が悪くて仕方がない」


「あんたね、女子高生がひとりで歩いていたらナンパされるでしょうが。ボディーガードが必要なこともわからないの?」


「有村か北条、鏡を貸してくれないか。どうやらこいつは自分の顔を見たことがないらしい」


 早苗先輩が頭を叩こうとするのを、結城先輩が見事なスウェーでかわした。

 いつも通りの喧嘩である。やっぱり先輩たちがいると賑やかだ。


「だいたいね、ずっとお土産探しをしていたわけじゃないし、あんたの要望どおりに観光だってしたじゃないの」


「どこに行ったのですか?」


 結城先輩が希望する観光名所というのには興味がある。

 ところが早苗先輩は「どこだか当ててみて」と質問返しをしてきた。

 新京極と言っていたから場所は京都だ。しかしありきたりな神社仏閣ではないだろう。

 わたしが思い浮かばないでいると、亜子ちゃんが小さく手を上げた。


「ひょっとして大学見学でしょうか?」

「あー、方向性は合ってるのかな。正解は古本屋巡りなんだよねえ」


 なるほど、結城先輩らしい。

 たしかに京都は大学も多く学生の街だ。そのため古書店もいっぱいあると聞く。

 最近は外国からの観光客も増えて、さらに観光シーズンでもあるから、下手に混んでいる名所に行くよりも有意義かもしれない。


「なんか俺だけが要求したみたいになっているが正確には違うぞ。鈴木が聖地巡礼をしたいと言って、そのついでに古本屋にも寄っていただけだ」


「だって京都が舞台の小説って多いんだもん。森見、万城目作品はもちろん、学生アリスにルヴォワールシリーズとかさ。そもそもミステリ作家には京都大学の推理小説研究会出身者が多いんだよね」


 どうやら先輩たちは京都散策を満喫したらしい。

 わたしは正直なところ早苗先輩が羨ましかった。はっきり言って二人の行動はデートである。

 こういう時に一年早く生まれていればと思う。そうすればわたしも結城先輩と同学年だったのにと。

 もちろん学年がいっしょなら、どうにかなるというわけではないのだけれど。



 その後も早苗先輩を中心に、修学旅行の話で大いに盛り上がった。

 だから一段落ついた時に、結城先輩がさりげなく発した言葉に心構えができていなかった。


「それで留守の間は何もなかったか?」

「――はい。特に何もありませんでした」


 返事がワンテンポ遅れた。

 表情は平静を装っているつもりだが、上手く出来ている自信がない。

 さりげなく隣を見たが、亜子ちゃんの顔も不自然な無表情といった感じだ。

 しかし結城先輩は「そうか」とだけ言って、それ以上は聞いてこなかった。


 そっと安堵の息を吐いたが、鋭い結城先輩のことだ。おそらく何事かがあったことに気がついたと思う。

 それなのに追及してこなかったのは、何もないと言ったわたしたちの方針を尊重してくれたのだと思う。

 いつになるかはわからないが、話せる時がきたらすべてを話したいと思う。




 そろそろ下校時間だった。すでに窓の外は真っ暗で、冬が近いのがわかる。

 その段になって、早苗先輩手作りのひらがなキーホルダーを分配していないことに気がついた。

 あみだくじを作って厳正に抽選をする。

 その結果――


「よりによってこれが当たるか。最悪じゃないの」


 そう文句を言う早苗先輩の手には黄色の『げ』がある。


「おまえが文句を言うのか? そもそも四文字中二文字が濁音で、一文字は『ん』なんだから語感として外れが多いんだよ」


 呆れ顔の結城先輩は緑の『ぶ』である。

 そしてわたしは赤の『ん』だった。


「じゃあ亜子が唯一の当たりなのかな?」

「どうでしょう? どの文字でもひとつだけだと意味がわかりませんから」


 そう苦笑して答えた亜子ちゃんは青の『い』だった。

 せっかくだからと各自が鞄やバッグにキーホルダーを取り付けて、それを並べてみた。


 『ぶ』『ん』『げ』『い』


 四つが揃うと想像を遥かに超えて見栄えがした。

 一文字ずつだと意味がわからずぼやけていたものが、単語になることで明らかに存在感を放っている。


「ほら、いいじゃない!」


 早苗先輩が興奮したように言うのに、わたしは大きく頷いたし、亜子ちゃんは拍手をした。

 結城先輩はポーカーフェイスだが満更でもなさそうだ。

 わたしが密かに喜んだのは、結城先輩の『ぶ』とわたしの『ん』だけでも、『文』という意味のある言葉になることだ。

 隣に立つ結城先輩を見上げると、ちょうど目が合った。


「おかえりなさい」


 唐突なわたしの言葉に、怪訝そうな表情を浮かべる。


「いきなりどうした?」

「そういえば言ってなかったので」


 結城先輩は思い出すようにちょっと考えてから「ただいま」と微笑んでくれた。


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