第44話【9月11日その2】時間にまつわる物語
結城先輩は文集用の小説を複数用意していたことは認めたが、それはわたしのためではないという。
「結論から言うと『星霜』のためだ。テーマが『
「どういうこと?」
早苗先輩が尋ねる。
わたしだけでなく早苗先輩も亜子ちゃんも、結城先輩の真意を測りかねているらしい。
「そうだな、最初から説明からするか。ちょっと長くなるぞ?」
結城先輩の確認にわたしたちは頷いた。
「繰り返すが時間にまつわる物語は出尽くしている。そしていくつかのパターンにはっきりとわけることができるんだ。
まずはシンプルに『時間移動』だな。過去や未来へ行っての物語となる。最初期の作品としてH・G・ウェルズの『タイム・マシン』、他にはハインラインの『夏への扉』なんかが有名だ。移動方法がタイムマシンだったり
しかし時代を経てその設定が一気に派生した。そのひとつが『
これはケン・グリムウッドの『リプレイ』が元祖といわれているからリプレイものとも呼ばれているな。
桜坂洋のラノベ『All You Need Is Kill』もループものだ。これはトム・クルーズ主演の映画にもなったから知っているんじゃないか?
他にもループ作品は数多くある。
次は『時間停止』だ。鈴木の小説はこのタイプだな。もっとも時間を止めるということは、地球の自転から果ては宇宙の膨張までも止めているわけだから、物理法則を始めあらゆる法則に反しているわけで、非現実的すぎるとSFの題材としてはほとんど見かけない。ギャグ漫画やエロ関係では引っ張りだこだけどな。
――おまえの小説を馬鹿にしているわけじゃないから怒るなよ。
次は『時間経過の差』だ。これのベースになるのはウラシマ効果と呼ばれる、アインシュタインの相対性理論に基づく現象だ。ざっくり言えば「移動が速いと時間は遅く流れる」ということになる。
SFでは光速に近い宇宙船に乗っていると、そうじゃない場所に比べて時間経過が遅くなる、という設定でよくみる。
この設定はオチとして使われる場合が多いんだ、ネタバレになるから具体的な作品名をあげるのはやめておく。
これがファンタジーだと種族間の寿命の差という設定になるが、考え方は相対性理論と同じだと思う。人間とエルフの一生を各々の体感で同じ長さとした場合、短命の人間のほうが時間は遅く流れていることになるわけだ。
北条の小説はこのパターンになる。
次は『異なる時間軸』だ。有村の『時代を超えた邂逅』がこのタイプになる。
どちらかというと別の時代に生きている人間との交流よりも、そのまま人間が入れ替わるパターンが多い。平和な現代に生きている若者が、戦時中の若者と入れ替わるという物語を読んだことはないか? これは日本人の感性に訴えるものがあるらしくて結構な数の類似作品がある。
逆にライトな恋愛物語も多い。インターネットや電話だけで繋がっていた相手が、実は違う時間軸だったというパターンだな。
これも思い浮かぶのがいくつもあると思う。
次は『
それまでの時間にまつわる設定は、タイムパラドックスやバタフライ効果を引っ張り出すまでもなく物理法則的に無理があった。
ところがタイムリープでは肉体は普段通りの時間を生きている。ただ意識だけが未来や過去に跳ぶだけだ。物理法則に反することはない。
タイムパラドックスが発生しないこと、リープを前後に振ることで複雑なパズルを組めること、リープ者も跳んだ間の記憶がないことで謎を作りやすいこと。それらの魅力的な要素で、以降リープものは爆発的に増えた。特に日本の漫画やゲームではこの設定を使ったものが多いが、どれも元祖を越えられていない。
まあ、そういう俺の小説もこのタイプだから偉そうには言えない。
そして最後が『逆行』だ。有村の今回の小説がこのタイプになる。
主人公が時間を遡るパターンもあるが、それだと時間移動とあまり変わらない。逆行を定義するとしたら主人公は正常な時間の流れを生きていて、周囲の時間が逆行していることだろう。逆行対象が個人だったり、一定の空間であったり、あるいは世界線がクロスしたりといくつかのパターンはあるけどな。
長くなったが時間にまつわる物語はこれらに集約されるんだ。組み合わさった複合設定はあるが、いずれにも属さないというものはない」
結城先輩は長い説明を終えて一息ついた。
そしてわたしたちを見て再び口を開く。
「先週も少し話したんだが、時間の設定でこれまでにない斬新なアイデアを思いつくというのは難しい。実際に俺には無理だったし、みんなもそうだった。
そうなるとせめて既存設定で被ることは避けたいと思ったんだ。幸い鈴木と北条は早く原稿をあげてくれて、なおかつ設定も被っていなかった。その段階で有村はまだプロットだと言っていたから、二人と被る設定は避けると思った。あとは俺が有村と被らないようにすればいい。そう考えて複数用意したわけだ」
わたしは感嘆と申し訳なさが混ざったような声を漏らした。結城先輩はそこまで考えていたのだ。わたしのためと自惚れていたのが恥ずかしい。
逆に早苗先輩は呆れたような腹を立てているような複雑な表情を浮かべている。
「あんたさ、そういうことを考えていたのならもっと早く言えばいいじゃない。そうすればあたしたちも協力して、あらかじめ違う設定で書くようにしたのに」
これはたしかにそう思う。
亜子ちゃんも頷いていた。
「あくまでも俺の勝手な考えだからな、みんなに押し付けるつもりはなかったんだよ。それに書きたいものを自由に書くのが最優先だ。制限を加えたくなかった」
これについては結城先輩はずっと言い続けていた。だがその結果、先輩自身が書きたいものを書けていないとしたら本末転倒ではないだろうか。
そのことを尋ねると、結城先輩は自嘲気味に笑った。
「俺には書きたいものがないんだよ。むしろ自由だと何を書いていいか困るから、テーマや制限があったほうが楽だな。
根本的なことを言うと俺は自分に創作の才能はないと思っている。分析することで批評はできても、無から何かを生み出すことはできないんだ」
結城先輩は本心から言っているようだったが、わたしにはちょっと信じられなかった。先輩の書く小説は素晴らしいと思うのだ。
もちろん結城先輩とわたしとでは基準とするレベルが違うのかもしれないが。
そこまで言われてしまっては、わたしたちとしてもそれ以上追及はできなかった。
しかしそこで早苗先輩が何かを思いついたように口を開く。
「あんたの説明によると異なる時間設定の小説が集まったっていうことでしょ。だったらそれを更にアピールするために、瑞希が最初に書いた小説も載せない?」
わたしはびっくりしたが、結城先輩は即座に賛成した。
「ああ、それは良い考えだな。文集のページ数にはまだ余裕がある。『時代を超えた邂逅』も時間にまつわる物語だし出来も良い。何の問題もないな」
あれよあれよという間に、わたしだけ二作品を掲載することになってしまった。
さらに掲載順でもわたしが今回書いた小説が巻頭を飾ることになった。
これは多数決で決まった。
わたしは結城先輩の小説を推した。早苗先輩の小説は少し重いと思うし、亜子ちゃんの小説は穏当すぎるかなと思ったのだ。
ところがみんなはわたしの小説に入れた。三対一である。
書き上げた後なのにプレッシャーを感じてきた。
しかし、もうどうすることもできない。
そのあとはお互いの小説の校正や手直しをしつつ、文集のレイアウトを相談して決めていった。
原稿の配置やノンブルの位置から、表紙のデザインにフォントや紙を選んだりと、決めることは多かったが楽しい時間でもあった。
あとは印刷所に発注するだけである。
こうして記念すべき令和元年度の『星霜』――小説特集号『時間にまつわる物語』が完成した。
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