第45話【9月17日その1】文化祭の出し物
「そういえばみんなのクラスの出し物ってなに?」
霧乃宮高校文化祭まで二週間を切った。
文芸部ではこれまで文集の制作に追われていたが、それも先週の金曜日に印刷所への入稿が終わって一段落ついた。
さすがに肩の荷が下りてほっとしている。
久しぶりに放課後の図書準備室にも弛緩した空気が流れていて、他のことにも気が回るようになっていた。
早苗先輩がこのタイミングで文化祭の話題を振ってきたのもそのためだろう。
「わたしのクラスは大正喫茶になりました」
そう答えたのは亜子ちゃんだ。
「大正喫茶? どんなことするの?」
「喫茶店なのですけれど、給仕の格好が大正時代のコスプレなんです」
「要するにメイド喫茶の亜種みたいなものね。なるほど、被り対策かあ」
クラスの出し物は各学年内での被りが禁止されていた。
したがって人気の高いお化け屋敷やメイド喫茶は抽選となる可能性が高い。そこで喫茶店だとしても、亜子ちゃんのクラスのように変化をつけて申請が通るようにするのだ。
もっとも喫茶店ばかりだと、そこでまた抽選になる。
「でも大正時代の格好ってどんなの?」
早苗先輩の疑問に亜子ちゃんがスマホを取り出して画像を見せてくれた。
上は紫やピンクのカラフルな着物に下は赤い袴、履いているのはブーツで髪には大きなリボンがある。
「あー、少女漫画でこういうキャラいたよね。なんだっけ?」
「『はいからさんが通る』の花村紅緒のことか」
「そうそれ! って、なんであんたが知ってるのよ。あれって凄い昔じゃない?」
あっさりと答えた結城先輩を、早苗先輩が胡乱な目つきで見やる。
「最近復刻して映画化されたぞ。宝塚でミュージカルにもなったしな。そもそも原作が時代を越えた有名作じゃないか」
結城先輩はそう言ったが、わたしは元も復刻も知らなかった。
それはともかくこの格好はなかなか素敵だ。ちょっと着てみたい。
「じゃあ亜子もこのコスプレをするの?」
「……はい。そうなりました」
ところが亜子ちゃんは乗り気ではないようだ。
喫茶をやるからといって全員が給仕をするわけではない、裏方に回る人間だって必要だ。そして亜子ちゃんはそちらを希望したらしい。恥ずかしがり屋で目立つことを嫌う亜子ちゃんなら当然だろう。
ところが圧倒的な数の推薦によって給仕役となってしまったとのことだった。
「まあ、亜子は可愛いからねえ。看板娘として逃す手はないわよね。ちなみに男子は給仕をやらないの?」
「いえ、男の子も書生の格好でやります」
「ほほー。じゃあ亜子を冷やかしつつそっちも見物させてもらおう」
早苗先輩は大正喫茶に興味を持ったようだ。
わたしも書生姿の男子はともかく、亜子ちゃんのコスプレは見たい。当日はお邪魔させてもらおう。
「瑞希のとこは?」
「わたしのクラスはお化け屋敷になりました」
そうなのだ。我が一年四組は人気のお化け屋敷を勝ち取ったのである。
霧乃宮高校の一学年は八クラスだが、今年の一年生はその半分の四クラスがお化け屋敷を申請した。
そして四分の一のくじ引きに見事に勝利したのである。
強運を発揮して戻ってきたクラス委員は拍手喝采で迎えられた。
もっともわたしはその頃、文集に寄稿する小説のことで頭がいっぱいだったのでよく覚えていない。
「じゃあ瑞希はお化け役ができるんだ。いいなあ」
「いえ、わたしは受付です」
その返事で早苗先輩が固まってしまった。
「なんでよ!? せっかくお化け屋敷をやるのになんでお化け役じゃないの!?」
怖がりなくせに怖いもの好きな早苗先輩は、お化け屋敷のお化け役にも憧れがあるらしい。あり得ないという表情で迫ってくる。
「気づいたら決まっていたんですよ」
実際、早苗先輩みたいにお化け役をやりたいという人間は多かったみたいだ。
わたしは先程も述べたが自分の小説のことで頭がいっぱいだったので、役割を決める時間も碌に話を聞いていなかった。
もっとも受付に不満はない。
お化け役に決まったクラスメイトは衣装やメイクの準備で大変そうだし、当日だって暗幕で覆われた教室は暑そうだ。そもそも他人を怖がらせることを楽しみに思わないし、上手くできる自信もない。
早苗先輩には申し訳ないが受付万歳である。
「それで早苗先輩のクラスは?」
わたしが尋ね返すと早苗先輩は途端に歯切れが悪くなった。
「ああ、うちはシャッフル劇っていうやつ。たいしたものじゃないわよ」
シャッフル劇とはまた初耳だ。
詳しい説明を求めると早苗先輩曰く、役は五人で時間も十分ちょっとほどの短い劇らしい。しかしその配役がクラス全員だという。
どういうことかというと、ひとつの役に八人が割り振られる。それが五役で四十人、クラス全員だ。
そして毎回違う相手と組み合わさるようにシャッフルをして、何度も公演するのだという。
「なるほど考えたな。それだと表舞台に立つ人間と裏方に回る人間とで揉めることもないわけだ」
話を聞いて感心したのは結城先輩だった。
「そうは言うけど、こっちとしてはいい迷惑よ。さっきの亜子じゃないけど裏方がいいっていう人間だっているわけだしさ。それに全員が演者をやるってことは、全員が裏方もやるってことよ。各々の拘束時間が長くてみんな不満たらたらよ」
それはたしかに大変そうだ。
だが早苗先輩が不機嫌なのは拘束時間のせいだけではないと思う。
「つまり早苗先輩も舞台に立ってお芝居をするってことですよね?」
早苗先輩は不承不承といった感じで頷く。
「観に行きますね」
「来なくていいから!」
あ、やっぱりそれが嫌なんだ。
たしかに真剣に芝居をしている姿を、知っている人間に見られるというのは気恥ずかしいだろう。わたしも抵抗がある。
でも個人的には早苗先輩のお芝居というのは、亜子ちゃんの大正コスプレと同じくらい見てみたい。なんとかして早苗先輩の出番を確認しなくては。当日になれば出演者のタイムスケジュールが発表されるだろうか?
「……瑞希。あんた余計なこと考えてない?」
「……なんのことでしょう?」
しまった。顔に出ていたらしい。
「絶対来るんじゃないわよ! 来たら怒るからね!」
「いいじゃないですか、早苗先輩の晴れ舞台が見たいです!」
わたしと早苗先輩が揉めているのを、結城先輩と亜子ちゃんは苦笑しながら見ていた。
「この二人は相変わらず仲が良いな」
「そうですね。それで結城先輩のクラスの出し物はなんですか?」
「うちはデートボックスだよ」
それを聞いて亜子ちゃんはきょとんとして結城先輩を見つめた。
わたしと早苗先輩も言い争いをやめて結城先輩を見る。
「デートボックス? なによ、その風営法に引っかかりそうな出し物は」
わたしも早苗先輩に同感だ。
「ちょうどいい。問題はないか細部の確認をしているところなんだ。第三者のフラットな意見を聞かせてくれないか?」
結城先輩はそう言うとわたしたちを見て座り直した。
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