第46話【9月17日その2】デートボックス
「デートボックスっていうのはクラス内での通称で、正式名称は『霧乃宮高校文化祭案内人派遣所』だな」
「なんかいきなり堅くなったわね」
早苗先輩の言うとおりだ、落差が激しい。
わたしたちは結城先輩の頼みで、クラスの出し物について第三者としての意見を求められているところだった。
「来場者が文化祭を見物しよう思っても意外と大変だろ? いちおうパンフレットは配られるし案内放送もある。各クラスや部活ごとに宣伝ポスターを貼ったりもするけど、どこで何をやっているかという正確な把握は難しい。有志のゲリラ的企画だと公式パンフや放送では拾われないしな。
ましてやタイムスケジュールや細かい内容となるとお手上げだ。そういう情報を事前に調べておいて、効率よく文化祭を見て回れる案内人を紹介するというのが基本コンセプトだよ。
たとえばさっき話していた鈴木の出番。そういうのもうちのクラスの案内人ならわかるようにする」
結城先輩はにやりと笑った。
早苗先輩は口を開けて呆然としていたが、気を取り直すと食ってかかった。
「そんなのあたしが許さないわよ! 絶対教えないからね!」
「おまえひとりが許さなくてもな。クラスとしたら宣伝になるし、客を連れてきてくれるんだから喜んで教えてくれるはずだぞ」
これは結城先輩の言うとおりだろう。早苗先輩も悔しそうに唇を噛んで反論ができないらしい。
「でもその企画のどこにボックスの要素があるのでしょう?」
わたしは質問をした。
デートはわかる。案内人といっしょに文化祭を見て回るからだろう。
「案内人が中に入っている一から五まで番号が付いた箱――と言っても試着室みたいなものだけど、それを客に選ばせるからだな」
「つまりお客さんはどんな人が案内人か直前までわからないわけですよね? それだと二の足を踏む人が多そうですが」
結城先輩は第三者のフラットな意見が欲しいと言っていたから、気になったことはどんどん発言しようと思う。
「いや、最初に案内人は登場する。その後にカーテンで仕切って客に見えないようにしてから箱に入るんだ」
「それでもその五人の中に自分好みの人がいなければ、いっしょじゃないですか?」
「そうならないように案内人のタイプを分けている。ざっくりとイケメン、美人、優等生男、優等生女、当たりの五人だ。
同世代の人間ならイケメンと美人がいれば文句はないだろうし、学校見学を兼ねた保護者や地域の住人なんかは、いかにも霧高生という案内人がいれば不満はないはずだ」
なるほど考えてある。ニーズに合う案内人がいれば、運が絡むとはいえ自分が選択したことでもあるし不満は出にくい。
「ちょっと待った、その当たりっていうのはなに?」
やり込められてから不機嫌そうに黙っていた早苗先輩だが、おもしろそうな話題に我慢ができなくなったようで口を挟んできた。
当たりについてはわたしも聞きたかった。
「当たりはサージャント吉田だな」
「……誰それ?」
「吉田祐介のデートボックス専用のスペシャルネームだ」
「だから吉田祐介って誰よ!?」
「うちのクラスの柔道部員だよ。身長百八十五センチ、体重百二十キロ、黒帯。個人戦ならインターハイ出場の猛者で、手乗り文鳥のちーちゃんを愛する心優しき男でもある。そいつがおさげ髪のかつらに、セーラー服を着て案内をしてくれる」
文武両道を謳ってはいるが、スポーツ推薦枠がない霧乃宮高校では基本的に運動部の成績は芳しくない。その中でインターハイ出場とは凄いことだ。
しかし――
「……それって当たりじゃなくてハズレっていうんじゃないの?」
わたしもそう思う。アトラクション性を高めるためにはそういう人がいたほうがおもしろいのかもしれないけれど。
「吉田は当たりだぞ。ユーモアセンスもあるし空気も読める。会話をしていて退屈しない奴だ」
「……お客もそう思ってくれたらいいけどね」
するとそれまで黙って話を聞いていた亜子ちゃんが手を上げた。
「あの、いいですか? お客さんが男性だった場合、女性の案内人さんは怖いと思うのですよね。校内は人の目が多いとはいえ初対面の男性と二人きりというのは」
亜子ちゃんらしい細やかな視点だ。でもそのとおりだと思う。
「ああ、だから監視役の尾行をつける。これは男の案内人にもだ。女の客に痴漢ですと訴えられた時に冤罪を証明しないといけないからな。客にはあらかじめクラスの出し物紹介用のビデオを撮るために人員を付けるとも言っておく」
「それは抑止力にはなりますけれど、突発的なことの対処には難しくないでしょうか?」
「案内人にはコミュニケーション能力の高い奴を選んでいるから、客あしらいは大丈夫だと思うんだが北条の心配はもっともだ。本当に危なそうな客が来たらサージャント吉田をあてるさ、そのためにいるんだからな」
結城先輩の返答を聞いて、わたしたちは目を瞬かせた。先輩の言っていることの意味はひとつだ。
「ひょっとしてやらせなの!?」
「あたりまえだろ。ボックスには表だけでなく裏にも隠し扉がある。ヤバい客がきたら吉田の出番というわけだ」
早苗先輩の詰問に、結城先輩は悪びれる様子も見せずに言い放った。
つまり運営側が完全にコントロールして案内人をつけるわけだ。ボックスを選ばせるのは作為的なものはありませんというアピールらしい。
「ズルいというか、ちゃんと考えているというか。当然、通常のお客に対してもベストの案内人を割り振るわけね」
「そういうことだな。同世代のデート目的の客には美男美女を。文化祭見物の保護者には優等生をってわけだ」
「でもそう上手くニーズ通りにマッチングできる?」
「芹沢博子を知っているか? 彼女が進行役をやるんだが、最初に客のプロフィールや文化祭に来た目的なんかを聞き出すんだ。本人もノリノリだし適任だと思う」
「あー、知ってる。あたしは話したことはないけど有名だよね。良く言えば面倒見が良くてアクティブ、悪く言えばおせっかいで何にでも口を突っ込む。でも裏表のない陽キャだからあたしは嫌いじゃないな」
学年の違うわたしは知らないが、芹沢さんという人は天性のオーガナイザーらしい。
「でもさ、案内人は足りるの? 簡単にイケメン、美人っていうけど、客観的な合格ラインってクラスの上位三人ぐらいじゃない?」
「シビアな意見だが俺も同感だな。というわけでスカウトしている。クラスの出し物が展示だったり、自主制作映画だったりすると当日は暇だろ。そういう人間に声を掛けているんだ。特に三年は自主参加だからな。推薦が決まっている人間は暇を持て余しているし狙い目だ」
わたしは最近知ったのだが、三年生は文化祭が自由参加なのだ。クラスの出し物もそうで、有志の人だけでやる。
もっとも受験勉強の息抜きになるし年に一度のお祭りだ、ほとんどの生徒は参加するらしい。実際、三年生の全クラスで出し物を予定している。
それでも部活も引退しているし当日は暇な人が多いだろう。そういう人たちをスカウトしているらしい。Win-Winの関係といえる。
「案内人に注目が集まりがちだが、この企画の成功には事前の情報収集が大切なんだ。文化祭実行委員は公式企画しか取り上げないからな、有志のゲリラ企画はスルーされている。うちのクラスはそれらもフォローするつもりだ。裏方の人間は企画やタイムスケジュールを完璧に把握するとはりきっているぞ」
なるほど。出し物によっては表方と裏方の格差が問題になるが、どうやらクラス一丸となって企画を進めているらしい。
素晴らしいと思っていたら、結城先輩が衝撃発言をした。
「というのは表向きの企画で、裏ではデートサービスをやる」
わたしたちはしばし硬直して結城先輩を見つめた。
ようやく早苗先輩が声を出す。
「え、どういうこと?」
「いままで話していたのは来場者向けのサービスだ。もちろん霧高生が利用してもいいんだが、生徒向けには裏サービスがある。
たとえば、お互いに意識していて周囲からすると「おまえらさっさと付き合えよ」っていう連中がいるだろ?」
たしかにわたしのクラスにも、まだ付き合ってはいないけれど時間の問題という男女はいる。
「そういうカップルの片方を客に、片方を案内人にして強引にデートをさせるっていうわけだ。この場合は周囲の人間が依頼者だけど、本人が依頼してきてもいい。片想いの相手を教えてくれたら、こっちで手を回して客として連れてくる。依頼者は案内人で登場するわけだ。そこからは本人次第だけどな。
秘密裏に噂を流しているんだがすでに何件か依頼があった。みんなもそれとなく、二年一組でそういうことをやるらしいと広めてくれ。こういうのは女子の方が好きだからな」
感心すればいいのか、呆れたらいいのか。
ただ自分たちだけでなく周りも楽しませようという心意気を感じた。
早苗先輩も称賛している。
「表も裏の企画も斬新だし細かいとろこまで練られているよね。誰が考えたのか知らないけどアイデアマンがいたものね」
「お褒めいただき光栄だよ」
結城先輩が表情を変えずに言ったので、わたしたちは危うくスルーするところだった。
「え!? ひょっとしてこの企画を考えたのって!?」
「俺だ」
わたしたちは目を丸くして結城先輩を見つめた。
「どういう風の吹き回し? 目立つのが嫌いで面倒くさがりのあんたが積極的にクラスの企画に関わるなんて」
早苗先輩の言うとおりだ。結城先輩は頭の回転は早いし行動力もある。ただ必要がなければ自ら動かない人だ。
「条件を付けたんだよ。企画から準備までの責任は持つが、当日の運営にはいっさい関わらないってな」
「なんで?」
「文芸部の売り子があるからな。そういうわけで俺は終日店番ができる。みんなは気にしないでクラスの出し物に集中して、空き時間は文化祭見物をするといい」
わたしは早苗先輩、亜子ちゃんと顔を見合わせた。
そして素早く自分たちのタイムスケジュールを確認する。まだ決定していない部分も多いが、とにかく三人が被らないようにすることを申し合わせた。
可能な限りわたしたちの誰かが文芸部に来られるようにするためだ。
「そんなことを気にしなくていいように、俺が店番をできるようにしたんだけどな」
結城先輩が呆れたようにため息をつくのを、早苗先輩が睨んだ。
「そう言われて「それじゃあ、お願いします」と言えるわけないでしょ! あたしたちが文化祭を楽しむ時間があるとしたら、あんたにも同じだけの時間をやらないとこっちの気が済まないわよ!」
これは早苗先輩の意見に百パーセント同意だ。文集の時もそうだったがひとりで背負い込むのは結城先輩の悪い癖だ。
亜子ちゃんも珍しく憤慨したように頷いている。
「俺は本を読めるから店番に何の不満もないんだが」
「それとこれとは別問題よ!」
まったくだ。この件に関しては結城先輩がズレている。もちろん文芸部とわたしたちのことを考えてくれたことには感謝するけれど。
文化祭まではあと十日だ。
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