第40話【8月23日その2】ボーイミーツガールの定義


 結城先輩は男女の出会いの物語は大人よりも少年少女、いわゆるボーイミーツガールを評価しているという。


「俺はボーイミーツガールが大人の恋愛話よりも優れていると思っている。理由は純粋にストーリーに焦点があたって深い物語になっているからだ。

 成人男女だとどうしてもラブシーンが出てくる。映像作品だとそこが見せ場でもあるしな。べつにプラトニックな恋愛のほうが素晴らしいと言っているんじゃないが、ストーリーだけを考えたら正直無駄な尺だと思う。

 それ以上に問題なのは結末がはっきりし過ぎていることだ。大人の恋愛だとお互いの気持ちが通じれば多少の障害があっても結ばれる。

 ところが少年少女だとそうはいかない。ゴールというものが遠いんだ。「二人は幸せに暮らしました」で終わるボーイミーツガールなんて存在しないだろう?

 これはやっぱり年齢的なものが大きい。だからボーイミーツガールの定義として『少年と少女が出会い、』ということが必然となる。

 エピローグとして成長した二人が再び出会うという展開はあるけれど、そのまま恋が成就したというボーイミーツガールを俺は知らない。

 長期シリーズの小説や漫画は登場人物の成長を描くから例外として、少なくとも一冊限りの小説や映画ではないはずだ。

 この最後には必ず別れがあるということが大人の恋愛物とは一線を画するボーイミーツガールの特徴で、結末に余韻の残る深いものにしていると思うんだ」


 これは難しい。

 まず結城先輩の言ったボーイミーツガールの定義を考えてみる。

 いくつかの作品を思い浮かべたが、たしかにどれも最後には別れている。そうじゃないものもあるが、それは原作があることに気づいた。これは先輩のいうところの例外にあたるだろう。

 しかし、それゆえに結末が深いものになるというのはどうだろうか?

 個人的には大人の恋愛物によくある、困難を乗り越えて結ばれるという王道パターンだって悪くないと思う。

 わたしが正直にそう答えると、結城先輩は座り直して再び口を開いた。


「具体例を出そう『時代を超えた邂逅』だ。あの作品がボーイミーツガールだということに異論はないよな。正確にはガールミーツボーイだが。

 そしてあの結末だが俺は違うものを予想していた。違うというより、もう少し続きがあると思っていた。だからこそ、あそこで終わらせたことに感心したんだ」

 

「続き……ですか?」


 わたしはそんなことを考えなかった。あの結末だって狙って書いたのではない。どちらかといえば何も思い浮かばなかったからああなったのだ。


「あれは主人公が祈るところで終わるけど、俺が予想していたのはこんな結末だ。

『わたしが祈りから目を開けると背後で砂利を踏む音がした。振り返るとそこには中年の男性がこちらを見て立っていた。

 その穏やかな顔にはたったいま見た男の子の面影があった。』

 こんな感じだな。主人公からはアクセスできないが、少年のほうからはそれが可能だ。なにせ場所も日時もはっきりしている」


 たしかにその通りだ。そしてこの結末のほうが断然良いと思う。

 わたしが呆然としていると結城先輩はさらに言葉を続けた。


「さらに踏み込むのならこういう結末もある。

『わたしが祈りから目を開けると背後で砂利を踏む音がした。振り返るとそこには優しい表情でこちらを見ている父がいた。』

 これは二人の年齢差がちょうど親子ぐらいだと気づいて思い浮かんだ」


 わたしはそれを聞いて思わず声をあげた。

 結城先輩のその考えは間違いではない。なにせわたしがこの話を思い付いたのは父との会話がきっかけなのだ。それなのにわたしはこの結末がまったく思い浮かばなかった。

 情けなくて泣きたくなってきた。


「やっぱり結城先輩は凄いです。あの話はわたしと父が同じ年齢の時に、それぞれ改元を体験したことから思い付いたものなんです。それなのにわたしは今の結末が思い浮かびませんでした」


「たしかに選んだ結末ではないのかもしれないが、最初に言ったように俺は有村の書いたものが最良だと思う」


 わたしは信じられない思いで結城先輩を見た。

 個人的には先輩の結末のほうが優れていると思うのだ。


「偉そうなことを言うと最近の作品は親切すぎると思う。それは受け手の理解力不足のせいだろう。間違った解釈をされるぐらいなら断定してしまえということだな。そのせいで想像の余地のない、押しつけがましい作品が増えた。

 しかし『時代を超えた邂逅』は違う。有村の結末なら〈少年と再会することはなかった〉〈大人になった少年と再会した〉〈少年は父親だった〉どの可能性だってある。そこから読み手の想像はさらに広がる。

 俺は少年が主人公に会いに来くる描写がなかったことで、彼の身に何かあったんじゃないかと考えたな。だって普通なら会いに来るだろう? それこそ震災の犠牲になったのかもしれない。となると未来を語らなかった二人のやりとりに悲しさが残る。そこにもドラマがあるわけだ。

 もちろんこれは可能性のひとつだ。しかしエピローグをあえて書かないことでその結末に誘導したと俺は汲み取った。上手いとしか言えない。

 だから俺は有村の結末に感心したんだよ」


「……過大評価です。わたしは先輩が仰ったことをまったく考えていませんでした」


 本当にそうなのだ。わたしは何も考えていなかった。

 だが結城先輩は作者であるわたし以上に、作品の深部まで読み込んでいた。やはりこの人には敵わない。一生追いつけないと思った。

 結城先輩は困ったように頭を掻いた。

 先輩も夏休みに入って髪を切っていないのだろう。伸びた髪が暑そうだった。


「俺があの小説が完璧だといった理由はわかったと思う。さらにテーマも時間を扱っているからな、あれを越える作品を書くのは難しい。スランプになるのも無理もない。だからどうしても書けないというのなら『時代を超えた邂逅』をリライトしたものを寄稿するのもありだと思う」


「それは……」


 個人的にそれはしたくない。

 結城先輩が高く評価してくれる作品を『星霜』に載せられるのは名誉なことだと思う。でもそれは逃げだと思うのだ。


「有村に抵抗があるのは理解できる。だから別の提案もしよう。あえてもう一度ボーイミーツガールを書いてみないか?」


 わたしは驚いて結城先輩を見つめた。


「ボーイミーツガールの定義はもうわかったよな。『少年と少女が出会い、そして別れる』物語だ。そこに時間を絡める。そこまでフォーマットが固まっていれば、少なくとも何を書けばいいかで迷うことはない。どうだ?」


 たしかに登場人物とストーリーの流れは決まっている。残っているのは細かい設定と時間をどう絡めるかだ。

 書けそうな気もするし、やっぱり無理な気もする。


「時間はまだまだあるし最悪の場合には『時代を超えた邂逅』という保険もある。まったく別のアイデアが浮かんだらそっちを書けばいいんだ。あくまでも選択肢として気楽に考えればいい」


 そう言ってもらうと気持ちが楽になった。

 それにもう一度ボーイミーツガールを書いてみたいとも思えてきた。今のわたしには先輩に教えてもらった知識がある。

 やっぱり結城先輩に相談してよかった。


「ありがとうございます。なにか書けるような気がしてきました。ボーイミーツガールに関しても興味が湧いてきたのでプロットを考えてみたいと思います」


 わたしは深々とお辞儀をした。

 ところが結城先輩はそんなわたしを見て、悪戯気な笑みを浮かべた。


「相談に乗っただけじゃあつまらないからな、宿題も出しておこう。俺はボーイミーツガールの定義として『少年と少女が出会い、そして別れる』ことだと言ったが、実はこれだと半分なんだ。有村にはこの続きが何かを考えてもらおう」


 わたしの表情が固まった。

 結城先輩が楽しそうにこちらを見ているので文句のひとつも言いたくなる。


「……感謝の気持ちが消えました。残り半分の定義がわからなければ良い作品が書けないじゃないですか。そうなったら先輩のせいですよ」


 わたしがそう言って睨んでも先輩はどこ吹く風だ。


「楽しみにしていた水着姿を見せてくれなかった仕返しだ。それに言語化はできていなくても、無意識に理解はしているはずだぞ」


「そういう心にもないことを言わないでください。それよりせめてヒントをくれませんか?」


 せっかく見通しが立ったのに、新たな問題で頭を悩ますのはごめんだった。

 結城先輩は苦笑しつつも答えてくれる。


「そうだな、有村は『時代を超えた邂逅』はハッピーエンドだと思うか? それともアンハッピーエンドだと思うか?」


 ヒントの求めに質問で返すのはやめて欲しい。

 それはともかく自作についてだ、これは間違えられない。


「言い切るのは難しいですが、わたしはハッピーエンドだと考えています」

「それがヒントだよ」


 それだけだった。これ以上のヒントはくれないらしい。

 まるで騙された気分だが我慢するしかない。

 結城先輩は本を取って立ち上がるとわたしを見た。


「答えはいつでも受け付けているが、俺から正解を教えることはしない。さっきも言ったけど無意識に理解しているから創作に影響はないぞ。ゆっくり考えてくれ」


 わたしは不満を表すために頬を膨らませると渋々立ち上がった。


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