番外編2【6月10日その3】こんな話もしていました
今日の部活はいつにも増して話に熱を帯びていたと思います。
最初の話題は国内ファンタジーについてでした。瑞希ちゃんが『十二国記』に続いて『守り人シリーズ』を読んでいて、それについて語ったからです。
目を輝かせながら夢中で話す瑞希ちゃんを見ていると、わたしも幸せな気持ちになりました。好きな本がわからないと言っていた二ヶ月前が嘘みたいです。
霧乃宮高校に入学して一番仲良くなったのが瑞希ちゃんです。最初の印象はわたしと同じような大人しくて内気な子でした。
でも付き合っていくうちに芯の強い子なのだと知りました。先輩方にも言うべきことは、はっきりと口にします。それと同じくらい相手を思いやる優しい心を持っています。
恥ずかしいので言えませんが瑞希ちゃんと友達になれて本当に嬉しいです。
その後にわたしの読んでいるファンタジーを聞かれました。
わたしは海外の児童文学ファンタジーが好きなのでそう答えたのですが、興味深かったのはロアルド・ダールが早苗先輩にはミステリ作家と認識されていたことです。
そこから『指輪物語』の話に移ったのですが、ファンタジーを読み込んでいる早苗先輩が最後まで読んでいないというのには驚きました。
そのことで先輩方は言い争いをしていましたが、わたしはどちらかといえば結城先輩と同意見です。あの物語はゆっくりとした展開が世界観に合っている気がするのです。
その後は『氷と炎の歌』から早川書房についての真面目な話になりました。
文芸部の二人の先輩はたくさん本を読んでいて尊敬しています。でもそれ以上に本への愛情が溢れていることが素敵だと思います。
中学生の頃は周りに本を読む同級生はいませんでした。わたしも本が好きなことを隠すようにしていました。でも先輩方は本が好きだということを全肯定してくれます。
瑞希ちゃんと友達になれたのと同じくらい、お二人の後輩になれたことを幸せに思っています。
重い話題でしんみりとした空気になってしまったのを振り払うように、早苗先輩がぎこちなくも明るい声を出しました。
「そういえばさ、いつの間にか早川の棚から『ベルガリアード物語』が消えてたんだよね。調べてみたら絶版になってた。あたし海外ファンタジー初心者に最初に薦める本って『指輪物語』より絶対ベルガリアードのほうがいいと思うんだけどな」
これには驚きました。『ベルガリアード物語』はハヤカワ文庫FTの代表作といってもいいと思います。児童文学以外のファンタジーはあまり読まないわたしでも読んでいました。それが絶版になるとは、やっぱり早川書房の海外ファンタジー部門は厳しいのでしょうか。
それはともかく早苗先輩の言うことは納得できます。設定がライトノベルを読んでいる人にも親しみやすいと思うからです。
「萌えポイントがわかりやすいんだよね、ツンデレ姫に意思ある剣、寝取りを狙うラスボスに、おね×ショタもある。さらには――」
「ちょっと待て!」
そこで結城先輩が鋭い声で早苗先輩をさえぎりました。
「今、おね×ショタって言ったのか?」
「言ったけど? なに、あんたおね×ショタ知らないの?」
「それくらいは知ってる。年上の女性と少年のカップリングのことだろ。ひょっとしてそれはポルガラとガリオンのことを言ってるのか? おかしくないか?」
「まあたしかにポルガラなら、おば×ショタかもね」
それを聞いて結城先輩が憤ったように声を上げました。
「そういうことを言っているんじゃない! どう読んだらあの二人がそんな関係に思えるんだよ! おまえ馬鹿じゃないのか!?」
「はあ!? 眠れないからって髪の毛を握らせて寝かしつけてるのよ! どう考えてもおね×ショタじゃない! あんたこそ想像力がないんじゃないの!?」
今日は先輩方が言い争いをする日のようです。瑞希ちゃんは戸惑いながらも止めようとしています。わたしも仲裁に入りたいのですが困りました。なぜならどちらの言っていることもわかるからです。
ガリオンは物語の主人公でポルガラはその育て親の魔女です。言ってみれば親子ですからそこに恋愛感情はありません。その意味では結城先輩の言うとおりです。
でも早苗先輩の言っているような場面も出てきます。
ポルガラは見た目は永遠の二十五歳ですが、三千年生きているとされています。もちろん美人でグラマラスです。長い黒髪なのですが前髪に一房だけ白髪があり、ガリオンはそれを握りながら眠るのです。そして邪神トラクはポルガラを自分の花嫁にしようとしています。
たしかにいろいろと狙っているシチュエーションかもしれません。そこからそんな――ええと、妄想というのでしょうか、してしまうのもわかるのです。
「そんなことを考えるのは世界中でもおまえだけだよ」
結城先輩は本当に呆れているようです。
それに対して早苗先輩は余裕のある態度で人差し指を振りました。
「残念だったわね。ポルガラとガリオンについては今は亡き水玉螢之丞先生も言及してるんだからね。嘘だと思うならそのイラストの載った本を持ってこようか?」
水玉螢之丞さんはSFやゲーム関係の挿絵を手掛けていた女性イラストレーターです。早逝されましたがポップなイラストでわたしも好きでした。
著名な方を具体例として出されて結城先輩としては苦しいようです。珍しく強引に話を変えました。
「女はそういう妄想が本当に好きだよな。いわゆる腐女子脳っていうのもそうだ。男が二人いればどっちが攻めだ受けだのとすぐに絡ませたがる。信じられん。
俺は女二人が仲良くしているのを見ても、そこから百合を想像しないぞ?」
早苗先輩は鼻を鳴らして、見下げるような目を結城先輩に向けます。
「だったら男は女より想像力がないってことなんじゃないの? あのねえ、現実にそういうことを求めるのと頭の中で想像して楽しむっていうのは別のことなのよ」
「御大層なことを言ってるが、それはおまえみたいな一部の人間だけだろ?」
「あんた『げんしけん』の大野さんの「ホモが嫌いな女子なんかいません!!」っていう名言を知らないの?
さすがにわたしも全女性がそうだとは言わない。だけどね、あたしたちみたいなサブカル系女子は程度の差こそあれ、みんなそうだと思ったほうがいいわよ」
必然的に先輩方がこちらを向きました。
「え? わ、わたしはそんなこと考えてません!」
瑞希ちゃんが激しく首を振って否定しています。
「まあ瑞希はこれからかなあ。大丈夫、あたしがそっちの方のお薦めもバッチリ教えてあげるから」
早苗先輩が怪しい笑みを浮かべながら瑞希ちゃんを
でも素直で順応性のある瑞希ちゃんなら、案外すんなりと楽しめてしまうかもしれません。
「それで亜子はどうなの?」
早苗先輩の言葉にみなさんの視線がわたしに集まりました。
当然次は自分に振られると心の準備はしていました。しかし実際に注目を浴びると、思わず視線を横に逸らしてしまいました。
「え、亜子ちゃん……」
「おい、北条……」
瑞希ちゃんと結城先輩が驚愕してわたしを見つめているのがわかります。
わたしは自分の顔が一瞬で赤くなるのを感じました。
沈黙が落ちた図書準備室で早苗先輩が立ち上がると、悠然と歩いてきてわたしの背後に立ちました。
そして片手をわたしの肩に置くと、宣言するように声を上げます。
「ふはははは。諸君、これが現実というものだよ! 正義は我にあり!」
違います。誓って言いますが、わたしはそういうことにそれほど興味はありません。あくまでも知識として知っているだけです。
「大丈夫よ、亜子。何も恥ずかしがることなんてないんだから。よし、明日からはお互いのお薦め本を持ち寄ってこの愚民共に薫陶を与えようではないか」
早苗先輩が何かとんでもないことを言っています。
繰り返しますがわたしはそういう本なんて持っていません。ちょっと読んでみたいと思ったことはありますが買う勇気がありませんでしたから。
何故こんなことになったのでしょう?
今日は真面目な話をしていたはずなのに……。
早苗先輩の高笑いが響く中、わたしは
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