第22話【6月21日その1】霧乃宮高校文芸部の汚点


 今日は文芸部で二回目の読み合いがあった。

 このあいだ中間テストが終わったばかりなのに、来週には早くも期末テストが控えている。

 その前にやっておこうということで、一週間ほど前にお題が出されたのだ。

 自己評価では文章は前回より上手く書けたと思う。ただ内容にはまったく自信がなかった。

 やはりというべきか、先輩たちからもお褒めの言葉はいただけなかった。


 先輩たちの作品は引き続き斬新な設定で文章も上手くおもしろかった。そして今回は亜子ちゃんの作品の評価が高かった。

 前回より字数が増えて五千字以内となったことが、丁寧に物語を紡ぐ亜子ちゃんに合っていたのだろう。

 先輩たちに褒められている亜子ちゃんを見ると、羨ましいと同時に悔しくもある。次こそはの想いを強くした。

 合評が終わったところで早苗先輩が手を打った。


「よし、次の読み合いはいつにしようか。七月だと慌ただしいよね、夏休みに入ってからにする?」


 結城先輩が机の上を片付けながらそれに答える。


「夏休みに入ったら文集用の作品に集中したほうがいいんじゃないか。夏期講習もあるし、各自プライベートの予定だってあるだろう」

「それもそっか」


 わたしはその会話を聞いて慌てた。文集についてはまだまだ先のことだと思っていたのである。


「文集用の作品ってそんなに早くから手を付けたほうがいいですか?」


「そうねえ、何をどのくらい書くのかにもよるけど、早めに準備しておいたほうがいいのはたしかよ。印刷所の締め切りは二週間前だから、九月に入ってからだとあっという間だしね」


 霧乃宮高校の文化祭は九月の最終土曜日開催が恒例となっている。そこから逆算すると、たしかに夏休みのうちにある程度は書いておきたい。個人的にはその前にあと一回は読み合いをやりたかった。


「というかさ、今のうちに文集の内容についてある程度決めておいたほうがいいんじゃない? 掲載作品の内訳とかページ数とか」


 早苗先輩の提案はもっともである。

 ところが結城先輩は驚くべきことを言い出した。


「いや、好きなものを好きなだけ書けばいいんじゃないか。ページ数がオーバーしようが気にしなくていい。無理やり予算内に抑えなくても、いざとなったら持ち出しでいいだろう」


「本気で言ってるの? 予算はともかく、それだと全員小説にならない?」


「べつにそれで構わないだろう。たしかに過去の文集で小説オンリーという号はなかったかもしれないが、やりたくもないことを無理にやる必要はないと思う」


 結城先輩が言っているのは詩や俳句、評論などを掲載せず、小説だけで文集を作るということだ。そしてそれは前例がないらしい。


「うーん、それでいいのかなあ」


 早苗先輩はそれについて、やや否定的なようだ。


「有村と北条は小説が書きたいんだろう?」


 結城先輩の問いかけに、わたしと亜子ちゃんは頷いた。


「俺も小説を書こうと思っている。鈴木が小説だけだと体裁が悪いと思うのなら、他の創作をすればいい。もちろん小説も書いて複数作を載せるのだってありだ。

 たださっきも言ったけれど、嫌なことを無理にやることはない」


「そりゃあ、あたしだって去年があんなだったから、今年は自分の好きなものを書きたいけどさ」


 そこで気づいた。わたしは文集というものを読んだことがなく、どんな作品を書けばいいのか悩んでいたのだが、霧乃宮高校文芸部のバックナンバーを参考にすればいいのだ。

 そして去年の文集には当然のことながら先輩たちの作品も載っているはずで、それには個人的興味もある。


「先輩、去年の文集ってありますか? できれば読んでみたいのですが」


 会話の流れとして、わたしの要望は自然なものだったはずだ。

 ところがそれを聞いて、先輩たちはお互いを見たまま動きを止めている。

 わたしと亜子ちゃんは顔を見合わせ首をかしげた。


「うん、まあ、あるにはあるけどね……」


 早苗先輩の返事は何とも煮え切らない。

 すると結城先輩が背後のスチールキャビネットの前に屈むと、一番下の引き戸を開けてそこから一冊を取り出した。


「……見せるの、それ?」

「いい機会だろう。二人にも知っておいてもらったほうがいい」


 先輩たちの口調は深刻だ。とても文集を見せるだけのこととは思えない。

 結城先輩はわたしと亜子ちゃんの前にそれを置いた。


〈平成三十年度『星霜せいそう』第七十二号〉


 『星霜』というのが霧乃宮高校文芸部の文集タイトルらしい。

 年度は紛れもなく去年のものだ。そして平成では最後の文集ということになる。

 そして七十二号ということは――わたしは計算をしてみる。年に一度の発行だとすると戦争が終わった翌年からということになる。長い歴史があるのだ。

 わたしが文集を手に取ろうとしたその時、結城先輩が声をかけてきた。


「その文集を俺と鈴木は霧乃宮高校文芸部の汚点だと思っている。二人にはそのつもりで読んで欲しい」


 思わず伸ばした手が止まった。

 汚点?

 穏やかでない言葉である。

 しかし先輩たちがそう思っているのなら、先程までの態度も納得がいく。

 わたしは一度深呼吸をすると『星霜』を手に取り、自分と亜子ちゃんの間に置いてページを開いた。


 目次を見ると掲載されているのは五作品らしい。ページを繰ると目に飛び込んできたのは『特集!! 今、高校生が読むべき小説二十タイトル!!』というものだった。

 率直に言って面食らったといえる。

 わたしは文芸部の文集がどういうものか知らないが、想像していたものと違ったことはたしかだ。どちらかといえばエンタメ系の雑誌のように感じた。

 なにより結城先輩らしくない。

 他人に本を薦めず、「読むべき本なんてない」という人が、このような特集を組むはずがなかった。

 もちろん結城先輩は一年生だったわけで、発言力が弱かったのかもしれないが。


 ただ、そこに並んでいる小説にも違和感を抱いた。もっともわたしが知らないタイトルも多かったのでたしかなことは言えないのだが。

 しかし亜子ちゃんがわたしの気持ちを代弁してくれた。


「随分と偏っていますね……」


 やはりそうなのだ。

 比較的最近の本が多いのはまだ良いとしても、同じ作家が二作も入っていたりする。国内限定というわけではないようだが海外作品は一作しかない。

 本に詳しくないわたしでも偏っていると感じる。

 そのあとの十ページは各作品の紹介が書かれていた。


 次に掲載されていたのは小説で、タイトルの下には女性の名前があった。

 部活見学の時に今の三年生にも在籍者がいると聞いたからその人か、すでに卒業をしたOGの人だろう。

 ちゃんと読むと時間が掛かるので流し読みだったが、少なくとも文章作法でおかしなところはなかった。文字数的には中編といったところだ。

 その次も小説で、やはり知らない女性の名前があった。こちらも中編で特におかしなところは見られない。


 そして次に結城先輩の名前があった。

 『芥川龍之介はなぜ長編を書かなかったのか』という評論だった。芥川が短編小説ばかりの作家ということはわたしも知っている。

 こちらは少し時間をかけて読んだ。推論で「書かなかった」のか、それとも「書けなかった」のか両方からアプローチをしていて、近代文学に造詣の深くないわたしでもおもしろいと思った。あとでちゃんと読み返したい。


 最後が早苗先輩の作品だった。

 こちらも評論で『ミステリにおける探偵とワトソン役の関係の変化』というものだった。

 ワトソン役というのはミステリにおいて探偵の活躍を伝える、いわゆる記述者のことだ。もちろんその呼称はシャーロック・ホームズに登場する、ワトソン博士からきている。

 初期は記述者としての役割に終始していたものが、時代を経るにつれ相棒バディとして物語で重要な地位を占めるようになり、現代では探偵とワトソン役の性別を分けることによって恋愛物の側面もあるとの内容だった。こちらもおもしろかった。


 ただ気になったことがある。

 わたしは評論というものをちゃんと読んだことがない。だから憶測なのだが、先輩たちの作品は評論というよりも考察という感じがする。

 上手く言えないが興味を引く題材ありきで書いている気がするのだ。

 これは最初の特集と合わせて考えるとわかりやすい。この文集は全体的にエンタメの要素を重視しているのだ。しかしそれが先輩の言うなのだろうか?

 たしかに文芸部の文集らしくはないかもしれないが、本に興味を持ってもらうためにあえて一般受けを狙ったと考えればこれはありだと思う。

 先輩たちはそれを許容できないほど狭量ではないはずだ。


 わたしが考え込んでいると亜子ちゃんが「瑞希ちゃん、ちょっといい」と断って、文集を手元へと引き寄せる。

 何か気になることがあるのかなと見ていると、亜子ちゃんは小説を読み返している。特に最後のページをじっくりと読むと、そこから遡るようにページをめくり、次には最初から読み返して、再び最後のページで時間をかけた。

 そしてもうひとつの小説も同じように見ている。


 わたしはそこで思い付いた。

 ひょっとしてこの小説は盗作ではないのか?

 しかしそれはありえないと思い直す。もし商業小説の盗作ならそれに気がついた時点で先輩たちが文集の発行を許すわけがない。

 投稿サイトなどのアマチュア作品だとした場合、まず気がつくことが難しいが、偶然気がついたとしても、投稿した作者と文集の作者が同一人物の可能性を否定できない。

 さらにいま亜子ちゃんが気づいたということは、この場でわかる何かなのだ。


 調べが済んだのか亜子ちゃんは顔を上げて結城先輩を見ている。

 その表情は硬い。


「先輩、この小説って……」


 結城先輩が小さく頷いた。


「ああ、北条が気づいたとおりだよ。その小説は両方とも


「えっ!?」


 わたしは思わず声を上げると、文集を手元に引き寄せページを繰った。

 亜子ちゃんと同じように最後のページから遡るようにして読んでいく。そしてもう一度最初から読んだ。

 先輩の言う通りだった。

 ブツ切れというわけではないがあきらかに完結していない。おそらく完成作品の半分ほどのところで終わっているのではないだろうか。

 何故こんなことに?

 呆然としているわたしに結城先輩が追い打ちをかけた。


「お粗末な出来の文集だけど、それだけをもってして汚点というわけじゃないんだ。本当の問題はそれが発行される過程にあった」


 このあとわたしは一年前の文芸部でおきた衝撃の出来事を聞くことになる。


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